第8話 昇格試験前談2

 一人の鍛冶師の暴走に巻き込まれる形で、デイルとゴーレムは屋外で対峙していた。

 先に動いたのはゴーレム。大地を踏み砕くような巨体の突進。振り下ろされる石の腕は、岩壁をも粉砕せんばかりの質量を秘めていた。


 空気が悲鳴を上げる。


 デイルは一歩も退かず、斧槍を盾代わりに受け流す。

 刃と石が噛み合った瞬間、爆ぜるような衝撃が腕を襲う。地面が鳴動し、土煙が舞い上がった。


 ――押し返される。

 本来、人間と魔造の巨体では比べるまでもない。だが巨漢の体は微動だにせず踏みとどまった。


 ゴーレムの腕が二度、三度と唸りを上げる。

 受け止める度、地震のように大地が震えた。


「デイルさん!」

 リサの声が上ずる。


「兄さん!すまん無理するな! 武器が触れるのは分かったからよ!」

 ヴァイスも思わず叫んだ。


 幾度目かの衝撃を受け止め、デイルは石を弾き飛ばすように斧槍を払って後方へ跳ぶ。

 着地の瞬間、蹴り割った地面が深く抉れ、砂礫が四散した。


「……ふむ」

 デイルは振り返らず、横合いのエメラダに声を投げる。


「エメラダ、まだデータは必要か?」


「十分だよ。動きの傾向も反応速度も。欲を言えば――耐久限界かな」

 白衣を煤で汚したエルフは落ち着いた声で答えた。


「そうか」

 短い返答と共に、デイルの瞳が鋭く光を帯びる。


「おい、ちょっと待てや……兄さん、まさか」

 ヴァイスが驚愕に目を見開く。


「……気づいてなかったのか。彼は最初から私の実験に付き合ってくれてたんだよ」

 エメラダはニヤつきながら言った。


 デイルは周囲の視線を断ち切るように踏み込む。


 斧槍が風を裂き、横薙ぎに閃く。

 巨岩を裂くように胴へと深々と食い込むが、傷はすぐに埋め戻される。


「やはり小さな損傷は修復するか」


 次の瞬間、ゴーレムが膝を沈めた。全身のバネを使った跳躍――巨岩の質量がデイルを押し潰さんと迫る。


「ぬうっ!」

 斧槍を地に突き立て、全身を反らして衝撃を受け流す。爆風のような土砂が吹き荒れた。


 間髪入れず、横薙ぎの石腕。

 それを潜り抜け、デイルは肩口へ斧槍を叩き込む。巨体がぐらつき、修復の速度が鈍る。


「効いてきたな」


 膝へ振り下ろす。轟音と共に石の脚が半ば粉砕され、もはや欠損は埋め戻されない。


「修復限界か……。いいデータが取れたよ。デイル君、そのゴーレムは破壊してくれて構わない」

 エメラダの声は冷静そのものだった。


 デイルは小さく頷き、斧槍を振りかぶる。腰を捻り、全身の力を刃先に込める。


 振り下ろされた一撃は稲妻のごとく。

 頭部から胴を縦に断ち割り、巨体は地響きを立てて崩れ落ちた。


 砂煙が薄れていく。

 誰も声を発せず、ただ息を呑む音だけが辺りに残った。


「……何、この怪獣決戦」

 リサの呟きが合図となり、ようやく観衆がざわめきを取り戻す。


「お……お、おおお……!」

 ドワーフの武器職人が、恍惚とした笑みを浮かべて肩を震わせた。

 その異様な様子に誰も声をかけられない。


「……もう、昇格試験やらないでいいじゃん」

 リサが疲れ切った目で呟き、場の緊張がようやくほどけた。


 ――


「また頼むよ」等と軽い調子で言うエメラダと別れ、デイルはヴァイスの武具屋に戻ってきた。


「うわっはっは! いや、凄いもん見たぜ! まさかアダマン鉱製の長柄を振っちまうとはな!」


「アダマン鉱……これ全部?」

 リサが愕然とした表情を浮かべる。硬くて重すぎるため、普通は少量を刃先に混ぜる程度の超重金属。実用品としては嫌われ、市場では持て余される金属だった。


「全部アダマン鉱を使ったのなんか……金庫くらいだろう」

 ヴァイスが呆れ笑いを浮かべる。

「そいつを惜しげもなくつぎ込んで作ったのがこいつだ」

 デイルの斧槍を指しながらドヤ顔を決めるヴァイス。


 場がしん……と静まり返った。


 リサは眉間を揉みながら小さく溜息を吐いた。

「――馬鹿なんですか?」

 リサの冷たい突っ込みが、重金属のように場に落ちた。


「安心しろリサ。軽量化のために柄は中空だし、中に芯棒も入ってる。取り回しは悪いが、カウンタウェイトもちゃんと付けてある」


「コンセプトが馬鹿だって言ってるんです。誰が使うんですかこんな頭のおかしい武器」


「いい武器だぞ」


「――デイルさんは黙ってて……」

 リサはトロルに棍棒を与えてしまったかもしれないと頭を抱えた。


「それで、幾らだ?俺の手持ちで払えればいいのこれだが……」

 アダマン鉱製と聞いてデイルが不安気に尋ねる。おそらく高い。


「ああ、値段か。……金貨10枚でいい」


「安すぎないか?」


「いや、正直完全に悪ふざけで作った産物だしな。 売れるとも思わなかったし売る気も無かったもんだ。 足りない分は死ぬ前に良いもの見せてくれた礼だ!とっときな」


「そうか……感謝する。何かあったら言ってくれ!力になる」


「イイ感じて終わりそうなところすいませんが。もうちょっと軽い武器ありますかね。殺傷性を極限まで落としたような」


 ジト目で小さく手を上げたリサが言う。


「武具屋に頼むもんじゃないだろそれ……」


「試験でこんな重量物振り回されたら死にますよ。アレン君……」


 数十キロの鉄の塊が遠心力付きで飛んでくるのだ。悪夢である。ヴァイスも何かを想像したのか難しい顔になる。


「……刃引きしたミスリルソード貸してやる。これならまぁ、間違って当たっても大丈夫だろ……多分」


「いいのか?」


「いいってことよ!でもそいつはちゃんと返せよ」


「もちろんだ」


 その後、鎧一式を揃える。デイルの体格ではオーダーメイドにせざるを得ないので結果的に建設現場の稼ぎを殆ど吐き出す形になってしまった。貸し出しのミスリルソードもその時にと言う話になった。


「防具の受け取りは一週間後か。試験には間に合いそうか?」


「何とかね。間に合わなかったら日程動かすつもりだったけど……」

(アレン君が死んでしまう)

 ギルドでも質のいい高ランク冒険者を失う訳には行かないのだ。


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