第2話 告白
「清美って、なんだかミステリアスだよね」
なんてことない放課後に、美鈴は私に話題をパスしてきた。今教室には誰もいない。
「そうかな? 分かりやすいほうだと思うけど」
ミステリアス、って言葉がちょっと素敵で嬉しかったけど、とりあえず謙遜しておいた。謙遜は、集団の中で生きていくために必須のスキルだ。どんなに小さな集団でも、我が強すぎるやつは嫌われる。よっぽど魅力的な人間でない限りは。
「そういうとこだよ」
「え?」
「分かりやすいふりをしてるところ。清美はさ、秘密が全部バレちゃう前に、一番大事な秘密がバレないように、秘密のバレていいところだけ先にバラすでしょ? そういうの、すごいな、って思うよ」
買いかぶりすぎだ。そう返せばいいのに、何故か私はそう言えなかった。そう言いたくなかった。そう言ってしまうことが、美鈴の言葉を肯定してしまうような気がして。
美鈴は、私が貝のように黙ってしまうのを、ニヤニヤしながら見ている。
「図星だった?」
「違うって言っても、あんた信じないでしょ」
「信じるよー。ほら、あたしって単純だから」
白々しい。美鈴はこういうところがある。大抵の相手には聞き役に徹して、うまくその
場のコミュニケーションの潤滑油になるのに、私と話す時にはいじわるな猫になる。さしずめ私はネズミか? でも、悔しいことに、それを嬉しく思う自分もいる。
美鈴の本当の顔を私だけが知っている。
そんな優越感のせいだろうか。今目の前にいる美鈴も、美鈴の被っているたくさんの仮面の一つかもしれないのに、それが美鈴の素顔だと信じ込みたい自分がいる。
「美鈴はさ、ないの?」
「なにが?」
「秘密とか」
「あるよー、そりゃ」
そりゃそうだ、人間十七年も生きてれば、秘密なんてたくさん抱えるものだから。
「教えようか?」
「え?」
「清美にだけ、あたしの秘密」
美鈴がグイッと顔を近づける。私は反射的にのけぞるが、美鈴の細い手が私の肩を掴んで離さない。美鈴の桜色の唇が私にせまる。私は思わず目をつぶった。
耳元で甘い声がささやく。
「あたしには好きな人がいます」
肩から美鈴の手が離れる。私は目を開けた。そこには、窓から差し込む夕日に照らされた、妹そっくりの美鈴の笑顔があった。
「誰だと思う?」
心臓がうるさい。頭がうまく回らない。その問いの答えを聞くのがひどく怖い。それを聞いてしまうと、今みたいな関係には戻れなくなりそうで。
「み、身近な人?」
「うん、すっごく近く」
なんだこれ、陳腐な少女漫画みたいだ。妙に冷めた自分が、浮足立つ私に冷笑を浴びせる。それでもこの胸の高鳴りが止まらない。ワクワクする、ソワソワする、ドキドキする。
でも、違ったら? そんな恐れがどんどん小さくなっていくのを感じる。間違いない、絶対に。絶対なんてないとさんざん思い知ってきたけれど、私は今確かに、絶対を感じていた。
「な、名前は」
「うん」
「清美?」
「……」
「つまり、私?」
「……」
終わった。私と美鈴の一年半の友情はここに幕を下ろした。明日からは他人、いや、もっと遠くの気持ちの悪い存在に成り下がる。残念だ、もっと近くで美鈴を見ていたかった。
いや、まだ間に合う。ごまかせ、取り繕うんだ、脳みそが必死に私の心に命令する。期末試験の時よりもずっと速く頭が回転する。ごまかす? 笑い飛ばす? 別の話題に移行する? どれ? どれが正解? 誰か、誰か教えて!
美鈴の細い腕がまた私の肩を掴む。
「正解」
美鈴の唇が私の唇に重なる。美鈴は目を閉じている。私は目を開いている。
私の目には、妹そっくりな美鈴の顔がゼロ距離に映っていた。
ずいぶん長い間そうしてから、唇が離れる。お互いの唇と唇の間に、唾液の細い橋が架かる。
「いや、だった?」
「その、突然、だったから」
「ごめんね」
明らかに気落ちしたように、美鈴はうなだれる。
「そ、そうじゃなくて! その、もっとこう、前段階があると思ってたから。いや、漫画とかドラマでしかそういうの知らないんだけど」
私は、ネットや現実で笑いものにされている童貞達の気持ちがよく分かった。そりゃこんな状況になったら、テンパるよね。
「好き」
「え?」
「清美のことが大好き」
「……」
人生で二度目だった、人から大好きだと言われたのは。
「私も、美鈴が好きだよ」
「本当?」
「本当」
「あたしの目を見て言って」
私は美鈴の目をしっかりと見る。綺麗な目だ、その目に私の全てを映したくなる。でも、それでもどうしても、美鈴の中に私は妹を見てしまう。
「好きだよ」
「本当?」
「大好きだよ」
「……」
嘘はついていない。私は美鈴が好きだ、そこに嘘はひとつもない。
それに、本当の秘密をバレないようにするのがうまい私を褒めたのは美鈴じゃないか。何故だか、私はそう自分に言い聞かせた。
「嬉しい!」
美鈴は私の手を握り、ブンブンと振る。本当に無邪気に笑う子だな、今更ながら思った。まるで、花が開くように笑う子。花が揺れるように笑う妹、由美とは違う。でも、どうして美鈴に、私は由美を見るのだろう。外見が似ているから、それだけだ。そう自分に言い聞かせて、私はもう一度、求められるままに美鈴にキスをした。
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