その4 神様はやっぱり神様
真っ黒いトンネルの入り口に飛び込んだ途端、背後から追ってきていた気配はぴたりと消えた。
その代わり、入口も消えた。
「Oh?」
私の口から困惑の言葉が、なぜか英語で漏れた。
真っ暗ではあるが、なぜか早穂の姿は良く見える。
--流石は神様
感心しながら、息を整えバッグから懐中電灯を取り出し、そして点けた。
周囲はトンネルだった。
「当たり前よね。トンネルに入ったんだから」
そう声を出してみるが、その声は周囲に反響して消えて行く。答えを返すものは居ない。
「居たら怖いわ」
と、独りでツッコミとボケを演じてみる。
早穂は、と見れば険しい顔でトンネルの一方を見つめている。
--おかしい
私は疑問に思った。さっきと言い今と言い……
「早穂、あんた私や凛子さんを襲った時の『強キャラ』感はどこやったのよ?」
早穂は何のことだと言うように私を見る。
「これってあれ? 敵の強キャラが味方になった途端に、かませキャラになるってパターン?」
早穂は少しムッとした顔をした。
--怒ったかな?
少し言い過ぎたかと思ったが、この状況では自然な感想だ。気にしないことにして、私は早穂の睨んでいた方角へ向かってスマホのシャッターを切る。
フラッシュがたかれて、周囲が懐中電灯の範囲を超えて一瞬だけ明るくなった。
トンネルの壁に、無数の顔があった。
「ぎゃあ!」
私は悲鳴をあげた。早穂も私のその声には驚いたらしい。一瞬たじろいだが、すぐに私の腕を取り、引っ張る。そして屈ませた。
「なになに?」
屈んだとたんに、頭上を何かが掠めていく。
一瞬だが目をあげた私が見たのは、顔の崩れた女の姿だった。
悲鳴をあげる間もなく、早穂が私の腕を掴み、再び走り出す。
「また走るの!?」
懐中電灯に照らされた視界が揺れる。斜め掛けのバッグも揺れる。
私の手を左手で引き、右手で2Kgの米を抱えて走る早穂の姿が頼もしく映った。
--『かませ』って言ってごめん。カッコイイよ早穂
できるだけ背後の事は考えないようにしながら私は走った。いつの間にか背後の気配が増えていることには気が付かないふりをしながら。
トンネルは右手に大きくカーブをしていた。本来であればこんなに長いトンネルではないはずだ。明らかに怪異に巻き込まれている。
できるだけ冷静になろうと頭の中で物語調に、「不思議なことに延々とそのトンネルが続くんですよ……」と、呟きながら、おっとこれじゃあ怪談の語り口じゃん、怖くなるだけじゃん、と一人でツッコミながら、それでも息の続く限り走るしかなかった。
急に早穂が立ち止まり、私はつんのめった。
早穂を見ると、壁の一点を凝視している。その壁だけなぜか不自然に崩れかけている。
--わかった!
早穂の意図が分かった私は足元の石を拾い、その壁を叩いた。近づいてくる気配の方を見ると、工夫の姿をした男たちが近づいてくる。そして顔の崩れた女が睨んでいる。
私は力いっぱいに壁を叩いた。
突然、壁が崩れ、そしてなにかが飛び出してきた。
飛び出してきたものを思わず掴んだ私の手にあったのは…… 頭蓋骨だった。
早穂がご丁寧に懐中電灯で照らしてくれていた。
「!!!」
悲鳴は声にならなかったが、背後の気配は急に静まった。
私は恐る恐る先ほどの方向を見る。
工夫たちは消えていた。
顔の崩れた女だけが、一人睨んで立っている。
--うわ、なんか怒ってる
私にもそれはわかった。だがその時、すぐ真横に突然光が溢れた。
トンネルの出口だった。早穂が私の手を取り飛び出す。顔の崩れた女が追いかけてきた。
出口から出た途端、目の前には崖崩れの跡があり、道が埋まっていた。駄目じゃん!
「逃げられないわ!」
私はそう叫んだが、早穂はそのまま崩れた崖の下、廃道の下へ飛び降りちゃう。
「ち、ちょっと!何考えてるの!」
一緒に落ちながら、私は頭に浮かぶ走馬灯を見ようとした。
……が、見えてこない。
--あれ?
私は空中で何かに抱かれていた。
白い着物を着た髪の長い女だった。
「えっ? なにこれ?」
足もとには半分以上埋もれて、元々が何であったかもわからないような地面が見えた。わずかに稲のようなものが生えている。
--『使っていなかった田んぼが埋まったくらいで』
お米をくれたおばさんの言葉が蘇った。
--田んぼだ
私を抱く女から強い光が溢れた。私たちを追ってきた顔の崩れた女は驚いた顔だったが、すぐにその光にかき消えて行った。
--ああ、この女(ひと)、知ってる。
直接に顔を合わせたことはなかったが、私は彼女を知っていた。
--ヒルマモチだ
気が付くとトンネルの出口の前だった。早穂が「超」の付くどや顔で私を見ていた。
私は変身を解いた早穂に手を合わせ拝んだ。
「圧倒的な強キャラでした。申し訳ありませんでした」
帰路もトンネルを使わなければならなかったが、普通に工夫の男たちが立っているだけで、ごくごく「普通」の心霊スポットだった。
何枚か写真を撮りながら、私は今回の顛末を、どう記事にしようかと考えるのだった。
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