第6話 実戦の開幕
「影の守護隊」の活動は、もはや子供の遊びではなかった。俺たちの名は「ゴースト」として裏社会に轟き、小規模な山賊団なら名前を聞いただけで逃げ出すほどになっていた。報奨金はうなぎのぼりで、俺たちの隠れ家には金貨と、そして俺が作らせた最新型のライフルが溢れていた。
「レン、また新しいの作ったのか?」
カイが、新品のライフルの銃身を感心したように撫でながら言う。
「ああ。これで、必要なら一個中隊規模でライフルを持てるな」
俺は満足げに呟いた。一個中隊規模。その言葉に、俺自身少し驚く。いつの間にか、俺たちの「ごっこ遊び」は、本物の軍隊と遜色ない規模にまで膨れ上がっていたのだ。だが、その事実に何の不安も感じなかった。むしろ、この力をどこで試そうかと、心が逸るばかりだった。FPSで最強のクランを作り上げた時のような、万能感にも似た高揚感が俺を支配していた。
だが、そんな俺たちの知らないところで、巨大な悪意が牙を剥こうとしていた。
その日の夕暮れ時、俺は斥候役のメンバーから緊急の報告を受けた。
『レン! やばい! 見たこともない数の山賊が、こっちに向かってる!』
魔法の小石から聞こえる声は、恐怖に上ずっていた。俺はすぐにいつもの狙撃ポイントである崖の上に向かい、スコープで街道を覗いた。そして、息を呑んだ。
眼下の街道を、黒い大河のような行列が埋め尽くしている。その数、ざっと見て数百は下らない。掲げられた旗印は、この地域一帯を支配するという、あの大山賊団のものだ。チンピラや傭兵崩れとは違う、王国の正規軍ですら手を焼いている統率の取れた本物の軍隊。その威圧感に、俺の背筋を冷たい汗が伝った。
「……嘘だろ」
これは、ゲームじゃない。俺たちの手に余る。すぐに、町中に警鐘が鳴り響き、人々はパニックに陥った。隠れ家に集まった「影の守護隊」のメンバーたちも、かつてない脅威を前に、恐怖で顔を青くしていた。
「れ、レン……どうするんだよ……。あんなの、勝てるわけない……」
「逃げよう、レン! 街を捨てて、みんなで……」
いつもは威勢のいいカイでさえ、震える声で逃走を口にする。他のメンバーも、泣き出す者、ただ呆然と立ち尽くす者、様々だった。俺たちの築き上げた自信は、圧倒的な現実の前に、砂上の楼閣のように崩れ去ろうとしていた。
俺は、唇を強く噛みしめた。逃げる? どこへ? この町は、俺が初めて「居場所」だと感じられた場所だ。こいつらは、俺が初めて守りたいと思った「仲間」だ。前世で何もかも失った俺が、この世界でようやく手に入れたものだ。それを、こんな理不尽な暴力に、みすみす明け渡してたまるか。
「……まだだ」
俺は、震える声で呟いた。
「まだ、終わっちゃいない」
俺は顔を上げ、仲間たちを見回した。
「いいか、よく聞け。これは、俺たちが今までやってきたことの、総決算だ。俺たちの力を、この町を、そして俺たち自身を、あのクソったれな山賊どもに証明してやるんだ。俺の指示に従えば、必ず勝てる。俺を信じろ!」
俺の言葉に、絶望に沈んでいた仲間たちの目に、わずかな光が宿った。俺は、ミアに市民の避難誘導を、カイに強襲部隊の指揮を任せると、一人隠れ家を飛び出した。向かう先は、アルバート家の屋敷。俺のもう一つの、忌まわしいはずの居場所だ。
この戦いに勝つには、「影の守護隊」の力だけでは足りない。アルバート家の兵士、そして、あの男の力が必要不可欠だった。
屋敷に駆け込むと、ちょうど自室から慌てて出てきたガロウと鉢合わせた。彼は、鳴り響く警鐘と屋敷内の混乱に、どうすべきか決めかねているようだった。
「坊っちゃん! こんな時にどこへ! 危ないから部屋の中に…」
アルバート家は辺境に位置し、王都からの支援も期待できない。兵力も少なく、まともな防衛策がないことは、レナードの記憶からも明らかだった。
「父さんたちは、どうするつもりなんだ?」
「それが……。旦那様は王都に援軍を要請すると仰っているが、間に合うかどうか。兄上方は、領民を見捨ててでも、屋敷の防衛を優先すべきだと主張している。全く、意見がまとまらん」
ガロウは苛立たしげに頭を掻いた。家族会議の様子が目に浮かぶようだ。俺は、かつてのレナードであれば、この手の話には一切関わろうとしなかっただろう。自分には関係ない、とばかりに部屋に引きこもっていたはずだ。
だが、今の俺は違う。リシアの優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。ガロウの忠義深い眼差しが俺の心を揺さぶる。そして、この没落寸前のアルバート家が、俺の新しい「ホーム」なのだ。
(このままじゃ、リシアも、ガロウも、そしてこの家も、全部失っちまう)
現代で、何もかも失ったあの絶望を、もう二度と味わいたくなかった。今度こそ、自分の手で、大切なものを守り抜く。そのためなら、どんな困難にも立ち向かう覚悟があった。
俺は静かに立ち上がった。窓の外には、不気味なほど静まり返った夜の闇が広がっている。その闇の向こうで、山賊たちが牙を研いでいるのが見えるようだった。
「ガロウ、話がある」
俺は、彼の言葉を遮った。その声は、もはや「役立たずの三男レナード」のものではなかった。俺の瞳に宿る光を見て、ガロウは息を呑む。
「今まで見たことも無い数の山賊が来ている。このままじゃ、町も、この屋敷も終わりだ」
「そ、それは分かっております! しかし、旦那様は籠城の一手で…」
「籠城したって、じり貧になるだけだ! 俺に、兵の指揮権をくれ」
俺の言葉に、ガロウは絶句した。
「坊っちゃん、あなた様が、何を…」
彼の戸惑いはもっともだ。だが、時間がない。
「お前も聞いたことがあるはずだ。『ゴースト』の噂を」
「ええ、もちろん聞いたことはありますが一体なんだと……まさか、あれは…」
「ああ、俺だ」
ガロウの目が見開く、一瞬、いま何を聞いたのか理解が追いつかないようだった。
「そしてこの領地で山賊の被害がなくなったのは、俺たち『影の守護隊』が秘密裏に退治していたからだ」
俺は、矢継ぎ早に告白した。ガロウは、信じられないといった顔で俺を見ている。
「俺には、勝つための戦術がある。だが、それにはガロウの力と、兵士たちが必要だ。このまま、父上の言いなりになって、犬死にするか。それとも、俺に賭けて、この町を守るか。選んでくれ、ガロウ」
俺はまっすぐに彼の目を見つめた。彼の瞳には、驚き、混乱、そして「期待」の光が入り混じっていた。彼は、俺の中に眠る何かに、気づき始めていた。
長い、長い沈黙の後、ガロウはごくりと唾を飲み込み、そして、深く、深く頭を下げた。
「……承知、いたしました。このガロウ、坊ちゃんに、全てを賭けましょう」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心に、かつてプロゲーマーを目指していた頃のような、熱く、そして純粋な炎が、再び燃え上がった。これは、リベンジマッチだ。夢破れたゲーマーの、人生を賭けたリベンジマッチ。今度こそ、この手で、仲間と共に、勝利を掴んでやる。俺の本当の戦いが、今、始まるんだ。
「ガロウ、俺は、この家を守る。そして、この領地を守り抜く」
俺の瞳には、かつてプロゲーマーを目指していた頃の、あの鋭い光が宿っていた。それは、勝利への渇望と、未来への確かな決意の光だった。
「今度こそ、俺が主役になってやる」
俺の心の中で、リロードの音が響いた。
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