第44話 会いたい

 誠の家を出てから、僕は瑠々を送るために家とは反対方向に歩いていく。

 決意が揺らいでいた。

 小学生の頃からずっと一緒にいた誠が傍にいなくなってしまった。

 どこかわからないところに消えてしまった。

 しかも、それはきっと自分のせいで。

 彼のお母さんもそのことで憔悴しきっている。

 すべて、僕のせいで。

 あの時あんなことを聞かなければ、彼は僕の傍にいてくれたのだろうか。

 僕の自分本位な想いと言葉が、彼のことを傷つけてしまったのかもしれない。

 彼の秘めた部分を僕が無意識のうちに、無遠慮に荒らしてしまったのかもしれない。

 だから彼は、僕の目の前からいなくなってしまったのかもしれない。

 そう思うと、彼と会う資格なんて僕にはないことは明白だった。

 つい先日の決意が、あっという間に揺らいでいく。

 臆病になっていく。

 踏み込むと決めたばかりの僕の心は、誠という存在の前に軸を失っていく。

「行こう、薫君」

 そんな僕の鬱々とした考えを慮るつもりはないとばかりに、隣を歩く瑠々が言葉を僕に渡してきた。

「行くってどこに?」

「もちろん、誠のところに決まってるじゃない」

「でも居場所がわからないし、それに誠はお母さんに誰も来ないでほしいって言ってたみたいだし……」

「後悔、したんでしょ?」

 僕の心を見透かす様な瞳をこちらに向ける彼女。

「もう少し早く来れていれば誠と会えたのにって。そしたら、彼と話をすることができたのにって」

「それは、そうだけどでも……」

「親にも言えないことを誠が友達に言うはずもないし、逆に言われたこちらも困る可能性だってある。これが、私と誠だけの関係だったらしばらく放っておいた方がいいかもなと思う。でも、目の前で愛する人が困ってる。会いたがっている人がいる。私にしてみればそれだけで誠を探す理由になるの」

「瑠々……」

「ほら、探しに行こう? 薫君も誠と向き合うって決めたばっかりじゃん。誠のお母さんの辛そうな顔見て落ち込むのはわかるけど、だからこそあいつを連れ戻してあげに行こう? あいつだって案外薫ちゃんを待ってるかもしれないよ」

「う、うん。ありがとね」

「ほら、しゃんとする」

 瑠々は僕の背中をぱしんと叩く。

 心地よい痛みが僕を未来へと進めてくれる気がした。


 けれど、現実はそう甘くはなかった。

 親戚の家、ということはわかったけど、それ以上のことは手掛かりなし。

 誠のお母さんの話を聞いた後は、不思議な万能感があり、何とかなるかもしれないと思ったけど、決してそんなことはなかった。

「親戚の家ってどこよー」

 僕の目の前で瑠々がテーブルに突っ伏した。

 両手と共に。

 現在地、僕の部屋。

 瑠々と誠の行き先に関して手掛かりがないかを話し合うために、瑠々に来てもらった。

 もちろん、これまでも話し合ってきたけれど、全く進まないため、少しでも手掛かりになればということで、昔のアルバムやらなんやらを引っ張り出して二人で見ていた。

「誠のお母さんと話した後はなんとかなるって思ったんだけどー」

 テーブルに上半身を預けたまま顔だけを横に向け、瑠々は唇を尖らせる。

 瑠々も僕と同じことを思っていたみたいだ。

「そうだね。僕もあの時は何とかなるはずって思ってたけど……」

 数日前の記憶は、既に遠い昔のことのように感じる。

 あの時二人で感じた万能感は、僕らの中にも、僕らの間にも、微かにも残らず消え去ってしまっていた。

 変わりに現れたのは、改めての焦燥感。日に日に、誠が遠くなるような感覚に陥る。これまで飽きるほど傍にいた彼が傍にいない。そのことが僕の心をどうしようもなく、締め上げてくる。

 すると、そんな僕の心を察したのか、瑠々がそっと僕の手に指を伸ばす。

「大丈夫。まだまだここからだよ」

「うん」

 彼女の手の暖かさに、僕の心は少しだけ張りを弛める。

 ここで諦めるつもりなんてないけれど、そんな気持ちになりそうになっていた。

 僕はとりあえずまだ見ていないアルバムに手を伸ばす。

 はらりと捲られていくアルバムの中の彼は、どれも笑顔だった。

 小学生の時に知り合い、苦楽を共にしてきた優しい彼は、その優しさを俺に余すことなく与えてくれた。

 僕は思わず笑みを零す。

 ガタイに似合わず、繊細な優しさを持っている奴だな、と。

 同時に、胸に痛みが走る。

 僕は、誠のどこを知らないのだろうと。

 ずっと見てきたはずの彼。

 どんな些細な仕草からも、彼の機微を読み取ることができたはずだった。

 どんな些細な声色の変化からも、彼の想いを汲み取ることができるはずだった。

 それなのに、僕の知らない彼があの時、見えてしまった。

 でもだからこそ、会いに行かないといけない。

 もしかすると、彼の気持ちに何らかの折り合いが付けば、彼の方からまた戻ってきてくれるかもしれない。

 そう考えることもあるし、実際、そうなるかもしれない。

 けれど、それは嫌だった。

 だって、その時に帰ってきた誠は、きっと僕の知らないところで気持ちを整理してしまった彼だから。

 それは嫌だ。

 それだけは嫌だ。

 そこに僕の入り込む余地はきっとない。

 僕が、彼の知らない何かを知ることはきっと永遠にできなくなってしまう。

 会いに行くのはもちろん怖い。

 だからこそ、会いに行かないといけない。

 瑠々が勇気を振り絞って僕に打ち明けてくれたからこそ、彼女の心をこれまで以上に知っていきたい、感じていきたいと思えた。

 そうであるのなら、きっと誠だってそう。

 僕は、誠の事を知りたい。

 知って、もっと誠と繋がりたい。

 そこに、痛みがあったとしても。

 彼がそれを許してくれるかなんてわからない。

 瑠々のように、自身から僕に問いかけてくれたわけじゃない。

 この先に痛みしかなかったとしても、僕は彼に会いに行きたい。

 嫌われてもいい。

 このまま、彼に続く道を失ってしまうくらいなら、彼に会いたい。

 そんな想いを抱えて、何度も何度も、彼との記憶を丁寧に捲っていった。

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