三章 募るはずのなかった想い
第20話 最悪の選択
翌日。
瑠々はこれまで通りの笑顔で僕に話しかけてきた。
でも、すぐ近くにいる誠の顔は一切見なかったし、声もかけない。
誠も、意識的に瑠々のことを見ないようにしているのがわかる。
僕は、昨日瑠々から言われたように誠には話しかけていない。
けれど、目では追っている。
誠は、もちろん僕にも話しかけてはこない。
昨日まで三人でうまくやれていたのに、その関係はあっさりと壊れてしまった。
すべては、僕の決意の曖昧さが招いた悲劇以外の何ものでもなかった。
心が、苦しかった。
せっかく元の三人に戻れたと思っていたのに。
いや、それこそ思い違いだったのかもしれない。
僕が曖昧な心のままに二人との関係を築いてしまったことがいけなかった。
僕がまた三人の関係を壊してしまったんだ。
けれど、後悔しても遅い。
今の僕には瑠々と向き合う以外の選択肢はない。
瑠々は僕のことを想ってくれている。
僕も瑠々を想っている。
誠は僕と瑠々の関係を想ってくれている。
そうであるのなら、そこに集中するべきだと思う。
けれど、僕は誠のことを気にかけてしまう。
友人である誠を無視しているわけじゃない。
誠は瑠々だけじゃなくて、僕もあえて視界に入らないようにしている。
それはきっと、僕が誠を無視しているという構図を作らないため。
僕らとの関係を断っているはずなのに、誠の優しさが滲んでしまう関係に僕は申し訳なさを感じる。
僕の心は身勝手な感情に抑圧されて、どうしようもなくなっていた。
それからしばらくしての放課後。
僕は瑠々と下校途中、忘れ物をしたことに気づき、教室へと戻った。
瑠々は先に帰った。
いや、帰ってもらった。
彼女も一緒に戻るとは言ってくれたけど、今日は一か月に一度、瑠々の両親が彼女のもとを訪れる日。
詳しい事情は知らないが、瑠々は父母とは住んでおらず、今現在、叔母さんと暮らしている。
けれど、家族仲が悪いというわけではないらしい。
瑠々は家族を大事にしていて、僕にもよく家族のことを話してくれる。
家族の話をするときの瑠々の笑顔はとても素敵だ。
だからこそ、僕は家族の時間を大切にしてほしくて彼女の帰宅を促した。
少しだけ、僕に尾を引かれるように唇をきゅっと結んだ瑠々は可愛かった。
瑠々のことを思いながら、やや頬を緩めつつ教室の扉を開けた。
そんな僕の目に人影が入り込んでくる。
そこにいたのは誠だった。
特段何をしている感じでもなく、彼は自席に座っていた。
部活の時間なはずなのに、休んだのだろうか?
ドアを開けた音に気づいた誠は、こちらに視線を向ける。
しかし、僕だとわかるとすぐに視線を逸らした。
「ま、誠……」
思わず声をかけてしまった。
いや、声が漏れてしまったと言った方がいいのかもしれない。
抑えられていた想いが、彼の姿によってあっさりと心を抜け出してしまった。
これまで彼が作り出してくれていた『無視をしなくていい構図』を僕が破いてしまったのだ。
「……どうした?」
ここで無視することはできないと判断したのだろう。
誠は少しだけ嘆息しつつ、こちらに視線を向ける。
彼の苦悩に満ちた声色に、僕の心は微かに痛みを覚える。
「いや、その、なんというか、いろいろごめん」
「なんで薫が謝んだよ」
「だって、僕のせいで三人で一緒にいられなくなったし、何より二人の仲を悪くしちゃったから」
「そんなこと気にすんな。瑠々だって、今は過敏になってるだけだろ。薫が女の子になってようやく付き合えたんだ。横やりが入るのを怖がって当然だ」
「そう、かもだけど」
「しばらくは俺に関わるな。ほとぼりが冷めたら、きっといつものようになるさ」
それって、いつになるのかな、と言いそうになったけれど、結局口から出すことはしなかった。
―――もしかして、女の子になった薫ちゃんのことでも好きになったの?
あの時の、瑠々の言葉が過ぎったからだ。
もし、本当に誠が女の子になった僕を好きであるのなら、きっと僕が女の子を選択すれば、誠とはずっとこのままの関係でいなくてはいけなくなる。
でも、男の子を選択すれば瑠々とは付き合えなくなる。
どちらを選んでも、どちらかを手放さなければいけない可能性に、僕は何も言えなかった。
そんな僕を見て、すっと、再び視線を逸らそうとする誠。
僕はこのまま彼が遠くに行ってしまいそうな気がして、何か言わなくちゃと思って、何か言って彼を引き留めなきゃと思って、
「あ、あのさ、生理が、いつ来るかわからなくて怖いんだ」
最悪の選択をしてしまった。
いや、何言ってんだ僕。
たしかに、女の子の体である以上生理は避けて通れない。
既に女の子の体になって一か月ほど経っているが、今のところ来てはいない。
僕はあまり血を見るのが得意じゃないし、何より生理の時の痛みは酷いと聞く。
人によるらしいけども。考えただけどぞっとする。
このまま来ないなら来ないでほしいけど、きっといつか来る。
確実に来る恐怖ほど怖いものはない。
そんなことを最近考えてもいたせいか、咄嗟に出たのがまさかの生理話。
誠も逸らしかけた視線をこちらに戻し、頬を微かに引くつかせる。
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