第29話 「マツリ4」



捜査室に地域課の丸川さんが来ている。


丸川「最近、変な通報が多くてね」


岩崎「変?どんな内容ですか?」


丸川「女の子の幽霊を見たというものだよ」


萩本「幽霊騒ぎで呼び出されるなんて、とんだ迷惑ですね」


丸川「まあね。だが、興味深いこともあるんだよ。みんな口を揃えていうんだ。白いワンピースの女の子がいたって」


アヤ「マツリ……」


萩本「え?何?」


アヤ「いえ、なにも……」


丸川「他にも変わった通報がある。これもオカルト現象みたいなものだけどね、パートナーAIが勝手に話し出したとかいうものだ」


萩本「そういう誤作動じみたものなら、俺のRC7も起きてる。何かしらの大きなアップデートが入ったのかと思っていたんだけど、違うのかな?」


アヤ「マーちゃんと同じだ」


マトン『私用者が疑問に思うことを先回りして答えたほうが、問題の解決を早めます。その機能を好意的に見ていないだけです』


萩本「ああ、まさに今の桐山のAIみたいにね。勝手に話し出す」


アヤ「マーちゃん。パートナーAIは、ARデバイスの補助ツールだよ。勝手に話だしたら誰だって違和感があるの」


マトン『それは相互認識の違いによるものです』


丸川「まあね。同じような状況で気味悪がる人が多いってことだね。何が原因でこうなってるかはわからないけどね」


アヤ「まだ仮説ですが、このAIの変わった挙動は、KNGSが関与しているのではないかと疑っています」


中川「……」


岩崎「KNGSが?どうしてそう思う?」


アヤ「まだはっきりとは答えられません……」


萩本「まあ桐山は最近、KNGSの捜査にかかりっきりなんだし。そう思っても無理はないかもね」


アヤ「ええ……。少し煮詰まってきてしまったかもしれません。多分考えすぎですね」




屋上でコーヒーを片手に中川先輩と二人。


中川「衣笠はお前に接触してきた。次は桐山がターゲットになるかもしれない」


アヤ「そんな気はしています」


中川「そうなる前に衣笠を拘束する」


アヤ「ええ。でも表立っての捜査は経済界にも釘を刺されています。回り道の捜査では逮捕への道のりも遠いし……、どうすれば……」


中川「こっちも手段を選んでいられないんでな。俺に考えがある」




占部「何?まだ何か聞きたいことがあるの?」


中川「お前の言っていた、個人情報を抜き出すアプリについて確認だ。そのアプリはどこまで盗み見れる?」


占部「そうね。年齢、住所、家族構成、勤務先、固定資産、お金の流れ、治療履歴とか、なんでもよ」


中川「なるほどな。住民票、そして、納税、保険、銀行、医療機関の利用履歴などの集合体だな?」


占部「詳しいことは知らないわ。悪いわね」


中川「いいや、十分だよ。それらの大部分は、市民パスに記録されている情報をハッキングしていると見ていい内容だからだ」


アヤ「市民パスのハッキング?」


中川「ああ。だが、そう考えるならおかしい点もある。市民パスの情報漏洩が起きていたのなら、今頃大騒ぎになっているだろうが、未だに問題にもなっていないようだ。なぜだろうな」


占部「もしそれが本当なら、役所の人間が隠ぺいしているんじゃないかしら。そんなことになれば、社会不信が起きて当然だもの」


中川「そうかもしれない。だが、管理している人間も気が付いていないのかもしれない」


アヤ「どういうことです?」


中川「バックドアさ」


アヤ「バックドア?」


中川「最初から仕組まれていたのさ。市民パスの情報をハッキングするようなシステム構築をされて、今も役所で運用されている」


アヤ「そんな……。でも、それはあくまで仮説ですよね?」


中川「各省庁で管理されていた情報システムを、現在の市民パスシステムを通して一元化でまとめたのは知っているだろ?個人情報が市民パスに統合されて、まだ5年ほどだ。システム構築をした企業、関わった人物を洗い出せば、おのずとわかる」


アヤ「そんな大規模なシステムを調べるって、関わった人も膨大なんじゃ……?」


中川「そんなことはない。市民パスのシステムは、各省庁の既存データベースへの橋渡しに過ぎない。疑われるのは、各省庁を繋ぐ部分の開発にかかわった人物だけに絞れるだろう」


アヤ「なるほど……」


中川「目星はつけていた。既に書類も調べてある。その開発に携わったのは、クラウドネット開発企業、INRシステムズ。そして、その筆頭株主はKNGSさ」


アヤ「そんな!」


占部「へえ、面白そう。あなたの考えが当たっていたなら、私にも教えてくれないかしら?」


中川「職務上それは出来ない。という所だが、なぜ知りたがる?」


占部「シャーデンフロイデよ。私を裏切った男たちに不幸が近づくのを笑いたいの」


中川「ふっ、いいだろう。お前が協力的な態度を示している限りな。期待して待っていろ」




INRシステムズの駐車場から、黒塗りの車が出てくる。

運転する稲荷。


助手席にピエロのようなアバターが現れる。


稲荷「衣笠さんからの連絡ですか?トイメーカー」


トイメーカー『いつもの店に来てほしいと言っているけど?』


稲荷「わかりました。いつも連絡が急ですね。まったく衣笠さんは人が悪い」


赤信号で停止しようと、速度を緩めた直後。

後部から強い衝撃。

激しい追突事故で、車内が揺れる。


稲荷「な、なんだ!?」


稲荷が後部へ振り返る。

衝突している中川の自家用車。

中川の笑み。


稲荷「あの男、奈古南の刑事か!」


車を降りる。

中川も運転席から降り、向かい合う。


中川「悪いな。ぼーっとしていたよ」


稲荷「刑事らしくもないですね。どういうつもりでしょうか?」


中川「初めましてのはずだがな。俺を知っているのか?」


稲荷「情報収集には長けていますのでね。それにしても警察関係者が事故を起こすとは、どういう用件でしょうか?」


中川「刑事も人だ。事故も起こすさ」


稲荷「困りますね。急いでいるんですよ」


中川「悪いな。しかし事故の当事者が現場を離れる訳にもいかないだろう?今、警察を呼んだよ。少しの間、取り調べに付き合ってくれ」


稲荷「面倒ですね。今の事故はあなたに重度の過失があるのは明らかかと思いますが、現場検証が必要でしょうか?」


中川「ああ、それは認めるよ。すぐに警官が来る。検証には時間はかからないだろうさ」


稲荷「……何が狙いですか?」


中川「なんでもないさ。ただの追突事故だ」


稲荷が中川を睨む。

パトカーのサイレンが近づいてくる。




地域課の丸川さんたちが稲荷と中川の車を調べる。

稲荷の車のリアトランクはひしゃげて開いている。


丸川「派手にやったね。どうしてこうなったの?」


中川「距離を見合いあまっただけです」


丸川「それにしても、すごいスピードだったように思うけど。前の車のリアがペシャンコじゃないか」


中川「法定速度は守っていましたけどね」


稲荷「もうよろしいですか?急いでいますので、失礼させて頂きたいのですけどね」


中川「丸川さん、彼の車のリアトランクの中を調べてもらえませんか?」


丸川「え?」


中川「どれぐらいの衝撃だったか、詳しく調べる必要があるでしょう」


稲荷「おい、いい加減にしてくれないか」


丸川「まあ、まあ、もう少し御辛抱ください」


丸川がひしゃげたトランクのふたを覗き込む。

近づく中川。


中川「おやおや、どうやら、これを見られたくなかったから、早めに切り上げようとしていたんじゃないか?」


中川がトランクから小さい透明のビニール袋を取り出す。

白い粉末がわずかに入っている。


稲荷「なんだそれは?」


丸川「これは……。鑑識に見てもらおうか」


稲荷「一体何を言っている!?その袋はなんだ?」


中川「しらばっくれないでほしいな。これは薬物じゃないのか?」


稲荷「ふざけるな!そんなものを入れていた覚えはない!」


丸川「しかしね……。現物にあるとなったらね……。調べさせてもらいますよ」


花井「お、お待たせしました!」


鑑識の花井さんが検査キットを持ってくる。


稲荷「なんだ?ここで調べるのか!?」


丸川「お時間は取らせません。疑惑はすぐに晴らしたほうがいいでしょう?」


花井さんが粉末を調べる。


花井「こ、これ、高純度のMDMAです!」


稲荷「は!?」


中川「どうやら、薬物所持の現行犯らしいな」


稲荷「何を言っている!俺は知らないぞ!」


丸川「まあ、まあ、詳しい話は署で聞きますから、ね?」


稲荷「ふ、ふざけるな!!こんな茶番に付き合っていられるか!!おい、離せ!!」


警官に両肩を押さえられて、稲荷がパトカーに入れられる。

中川が口角の端を持ち上げる。

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