絶滅危惧種の花嫁
@5mooN-RaIN
第1話
「では確かに頂戴いたしました」
支払いと商品の受け渡しをする為の部屋で、オークションの最高責任者が異形の買い手がサインを終えた書類を受け取る。
無作法に会場に入り、誰もが競り上げる言葉を失わせる値を出した異形の買い手は自身が競り落とした少女を見る。
「人種は日本人。歳は十五で、大人しい気性ですが少々珍しいモノを持っているので取り扱いには少し注意が必要です。まあ貴方なら心配する様な事にはならないと思いますが」
少女に向ける視線を外さないままでいる異形を最高責任者は気にする事無く、言葉を続けた。その態度に、サポート役のスタッフは少しイラつくが、何をすればそこまで積めるのか想像も出来ない額を出した買い手にそれを悟らせない様に務める。
「しかし驚きましたよ。貴方がここに顔を出すことは、年に一度あるか無いかですからね。ですが、最低限のルールは守って頂かないとこちらとしても困ります。いきなり会場に入るなり...」
「小言は要らない。それよりもあの目隠しを外して」
「分かりました。君外してあげなさい」
目の機能を封ずるための模様が描かれた目隠しをスタッフが外すと、少女は数日ぶりの光に目が眩んだ。
少しずつ目を慣らしていくと、その視界には自分相手に丁寧に接してくれた
「自己紹介は後でするとして、まずはこんにちはだね。私が君を買ったという事だけ今は知っておけばいいよ」
「普段なら出口まで案内する所ですが、貴方には不要でしたね。代わりになる場所は向かいの部屋にしたので、お帰りはご自由に」
「分かった。じゃあ君行くよ」
無感情に引っ張られる鎖に抵抗せず、少女は部屋を出る異形に追随する。二人が向かいの部屋に入るのを見届けると、スタッフの男はようやく張っていた身体をほぐせた。最高責任者のシズはそれを微笑ましいと思い労いの言葉をかける。
「お疲れ様です。本物を見るのは、そういえば初めてでしたね。何か感想はありますか?」
「......何にも縛られない化け物に見えました。アレが、あんなモノが今の時代に生きているんですね」
「まあ絶滅寸前らしいと、前にあの方が言ってましたがそれでも、一番若い者がその寿命を尽くすより君の孫の孫の世代が死ぬ方が早いと思いますが」
人の身では至れない場所に命を置く生命など、先ほどの希少価値に溢れる少女以上に珍しいのではないのだろうか。そう男が考えると、それを見透かしたシズは少し補足を入れる。
「あの方も希少種ではありますが、真贋問わずなら見かける機会は多いですよ。彼女の場合は、希少性の高すぎる性質に加えて素晴らしい眼を持っていましたからね。カタログが完成した後に発覚したので記載出来なかったのが残念です」
そろそろ異形と少女がこの施設から去った頃合いだと思い、自分たちも部屋から出る。思わぬ乱入者のお陰で、用意しなければならない報告書が増えたのだ。
「さて仕事に戻りますか」
少女の行く末に幸あれと思いながらも、それ以上の情を出さずに仕事部屋に向かった。
「——それじゃあ私の家に帰ろうか」
「かえ...ここから、ですか?」
「そうだよ。いつもは私一人で飛んでるけど、君もいるし今回は手軽かもね」
自分を買った人が何を言ってるのか全く分かってない少女を置いて、異形は杖を取り出す。年季の入った木製の杖。一見質素に見えるが、相当丁寧に作られたのが分かるほど細かな細工が施されていた。
「”契りの下に繋がれ 千切れた血”」
(呪文...?)
少女と異形の足元が赤い円陣が生まれ輝き始める。それは徐々に生きてるかのように、光る雫たちが二人の周囲を廻り始め、少女の目には雨が逆再生になった様に見えた。
見慣れない光景を見続ける少女の視界は、突如遮られる。それが異形の手だと気付くのに時間は要らなかった。
「慣れてないうちは眼を閉じた方が良いよ。情報の波にやられる」
水に浮いた様にも、地に足が付かない様にも思える浮遊感に襲われた瞬間、少女は異形の言葉に直ぐに従った。何が起きているか分からないが、今の自分に出来る事は意識をはっきりとして目を閉ざす事だけなのだから。
(...匂いが変わった?)
浮遊感は十秒とせずに感じなくなった。
目を閉ざしていた少女に最初に状況の変化を伝えたのは嗅覚。自分が立っている場所が無臭に近い部屋から、生活してる家特有の匂いとハーブの匂いに満ちた部屋に変わったのだ。
「もう眼を開いて大丈夫。ここは私の家だ」
恐る恐る目を開けると、和風——いつの時代か分からない日本の屋敷の一室に部屋が変わっていた。
「違うよ。ここは私の家と言っただろ。君の力も借りて、私たちは一緒にロンドンのオークション会場から日本まで移動したんだよ」
「......はぃ?」
「君はここで魔法使いとして生きることになったんだ」
言い終えると同時に、異形の手は少女の枷を花びらへと散らした。
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