第13話

 警察から電話がかかってきたのは、その翌々日のことだった。

 発信元は、●●県警。ユエンの件を調べているとニュースにあった警察署だ。

 麻理は驚きもせず、冷静にその電話に対応した。電話口の相手は、慇懃だが覇気のない口調の警官だった。彼は念の為の確認だと再三告げてから、浜中佑子さんという女性を知っているか、と尋ねた。

 麻理は、知っている、と答えた。「たぶん、オンライン・ゲームで知り合った女性です」

「オンライン、ですか?」相手は胡乱そうな声を出す。

 ええ、と返事をして、麻理は関係性をかいつまんで説明した。

 警官は、思ったとおり、浜中佑子のスマートフォンの履歴を辿り、麻理の番号を知ったのだと話した。ただし、浜中佑子の死については不審な点はなく、あくまで確認のために連絡してきただけだ、という。

 それを聞いて、麻理は訝しんだ。「本当に、不審な点はないんですか?」

 ユエンは死の直前に、麻理とやりとりをしていた。そのほとんどは電話での会話で、内容までは記録されていない。しかし、その後、やりとりはショートメールに移行し、ユエンはその中で侵入者に言及していたはずだ。

「確かに、そういう内容のメールがありましたがね」警官は言った。「実際には、侵入者の痕跡などはなく、異常はまったく見られなかったんですよ」

「そんな――」

「ご家族も、物音などは聞いていない、とのことでね。気のせい、だったんじゃないでしょうか」

 でも、と言いかけた麻理を遮るように、警官は続けた。「それに、こんなことは言いたくないが、浜中さんは心療内科に通われていたそうです。まあ、ご友人ならご存じでしょうが」

「確かに、知っていますが――」麻理は絶句した。

「そうしたことを色々と総合して、判断を下したわけでして。それでも、念の為、あなたからもお話を伺おう、ということになったんです。もし、何か気になることがあるということなら、迎えをやりますのでお話し願えないでしょうか?」

 麻理がためらいながらも、話したいことがあると告げると、それから数時間後に、自宅前にパトカーが横付けされた。麻理はそれに乗り込み、●●県警の所轄署へ向かう運びになった。

 しかし、夜遅く、再びパトカーに送られて自宅へ戻った時、麻理は悔しさに唇を噛み締めていた。大したことは話せないだろう、と覚悟はしていたが、実際はそれ以下だった。麻理に言えたのは、浜中佑子が電話で蒼王子というハンドル・ネームの友人について、別人のようだ、と恐れていた、ということだけだった。それ以上の具体的な事実は、何一つない。警官は真摯に耳を傾けてくれたが、内心、時間の無駄だ、と考えているのは明らかだった。

 ユエンは、蒼王子と電話番号を交換していた。彼の身元は、警察なら簡単に調べがつくはずだ。それでも、彼らの態度に覇気がなかったのは、調べても無駄だと考えているか、あるいはとっくに調査済みか、のいずれかだろう。おそらく、蒼王子が外国にいるとわかった時点で、彼らは興味をなくしたに違いない。

 これだけ幾つも事実が積み上がると、麻理も、浜中佑子の死を自殺と断定した県警の判断は妥当だったのだ、と思わざるを得なくなっていった。麻理は精一杯、声を大にして、彼女の恐怖は本物だったと言い張ったが、そんなものは何の役にも立たなかった。

 ソファに座り、ぐったりと頭を垂れた麻理を見て、夫が声をかけてきたが、今は一人にしてほしい、と取り合わなかった。県警に行ったことだけは、既に知らせてあるので、夫も最低限のことは知っている。彼のことだから、後は勝手に推測してくれるだろう。実際、彼の言ったとおりのことが起きたのだから。

 麻理はゆっくりと風呂に入ると、髪を中途半端に乾かして仕事部屋に向かった。力のない足取りでデスクにつき、PCの電源を入れる。

 自分がろくでもないことをしようとしていることはわかっていたが、最早止める方法はなかった。

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