第2話:生放送中の名称変更

### 第2話:生放送中の名称変更


「♪いなせだね 夏を連れてきたひと〜」


ステージ上で、シャネルズが往年のキレキレのステップを踏む。ドゥーワップの軽快なリズムに、ナイジェリアのトーキングドラムとブラジルのパーカッションが絶妙に絡み合い、スタジオのボルテージは最高潮に達していた。


「…いや、格好いいけどさ…本当にいいのか、これ…」


田中は、日本酒をちびちびやりながら、ハラハラした気持ちで画面を見守っていた。彼のスマホには、Xのタイムラインが表示されている。『#南北統一歌合戦』は、当然のようにトレンド1位だ。


『シャネルズ!? マジか!』

『コンプラとは』

『このごちゃ混ぜ感、嫌いじゃないぜ!』

『いやアウトだろ普通にwww』

『でも歌はうめぇんだよな…』


賛否両論、いや、賛と困惑と爆笑が入り乱れ、タイムラインは凄まじい速度で流れていく。

まさにその時だった。


「♪めッ!」


ビシッとポーズを決めたシャネルズの背後で、ステージ袖から慌てた様子のADが飛び出してきた。彼は、何か書かれたカンペを必死で司会のフワちゃんに見せている。

フワちゃんは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに全てを理解したようにニヤッと笑った。


曲が終わり、割れんばかりの拍手がスタジオに響く。

リーダーの鈴木雅之が、クールにサングラスの位置を直した、その瞬間。


「いや〜、シャネルズ最高じゃん! アゲ〜!」

フワちゃんがマイクを持って駆け寄った。

「でもさー、なんか今、局の偉い人からめっちゃ電話かかってきてるっぽくてー」


スタジオの空気が、ピリッと緊張する。デヴィ夫人が「まあ、フワちゃん?」と眉をひそめる。

しかし、フワちゃんは構わず続けた。


「なんか、フランスのすごいオシャレなブランドの人から、『うちと名前似ててまぎらわしいんですけどー?』みたいなクレームが速攻入ったんだって! ヤバくなーい?」


**生放送で、クレームが入ったことをバラした。**


スタジオが、そして日本中のお茶の間が凍りついた。

田中は「言っちゃったよ、こいつ!」と叫び、由美は飲んでいたお茶を吹き出しそうになっている。


ステージ上のシャネルズの面々も、さすがに固まっている。リーダーの鈴木雅之の口元が、わずかに引きつっているように見えた。


空気を読んだのか読んでいないのか、フワちゃんはさらにカンペを覗き込み、悪びれもなく言った。

「ってことで、なんか今この瞬間から、シャネルズじゃなくて『ラッツ&スター』って名前に変えてほしいんだって! 生放送中に改名とか、ウケるんですけどー!」


あまりにもストレートな、そして無慈悲な通告。

デヴィ夫人が「あなたという人は…!」と頭を抱える。

カメラが、リーダーの鈴木雅之の顔をアップで抜いた。サングラスの奥の表情は読めない。日本中が固唾を飲んで、彼の第一声を見守った。


数秒の沈黙。


やがて、彼はふっと息を吐くと、マイクを握り直し、あの甘く低い声で、こう言った。


「…OK。わかったぜ、ベイビー」


そして、彼はくいっとサングラスを上げ、カメラに向かってウインクした。

「今夜から俺たちは、ラッツ&スターだ。よろしくな」


その瞬間、凍りついていたスタジオの空気が爆発した。

「うおおおおおおお!!!」

観客の絶叫と、割れんばかりの拍手。


何だ、この展開は。

生放送中のクレーム。生放送中の改名。

普通なら放送事故レベルの大惨事だ。しかし、この男の、このグループのスター性はどうだ。最大のピンチを、最高のエンターテイメントに変えてしまった。


田中は、思わず拳を握りしめていた。

「か、かっけぇ……」

由美も「なにこれ、ドラマみたい!」と目を輝かせている。


Xのタイムラインは、もはやサーバーが悲鳴を上げるほどの勢いで更新されていた。


『生放送中に改名伝説爆誕www』

『ラッツ&スター、復活の瞬間である』

『フワちゃん、グッジョブすぎるだろ』

『このハプニングすら演出に見える…』

『今年の紅白、いや南北統一、神回決定』


田中は、空になったお猪口に、なみなみと日本酒を注いだ。

「…とんでもない年越しだな、今年は」


コンプライアンスの波を、圧倒的なスター性で乗りこなしていく伝説のグループ。

ただでさえカオスだった歌合戦は、予測不能な生放送ならではのドラマまで加わり、もはや誰にも止められない怪物と化していた。


まだ番組は中盤だというのに、田中はすっかり酔いが回っていた。それは酒のせいだけではない、この奇妙な祭りが放つ、とてつもない熱気のせいだった。

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