第2話 神の審判

異様な光景だった。


怒鳴っているのはふたり、どうも身なりからすると神殿関係者で、慌てて顔を凝視したが依頼主ではなくてほっとする。

だが、奴らが怒鳴っている相手が普通じゃなかった。


数えて10人の集団で、うち5人は白地に赤の模様が入ったローブ姿、4人はサッシュの戦士だ。その前に出て怒声を浴びているのは、白いローブをすっぽりと被り、さらには仮面で顔を隠した不審な人物だった。

仮面は白塗りで赤い蔦模様が施されていて、両目のところだけ細く穴が空いていた。ローブは古臭いが金糸で複雑な文様を刺しゅうされ、肩回りに金属の飾りのようなものが垂れている。ヘッドが複雑な彫りと色石が埋まったロッドを手にして――明らかに、普通なら話しかけようと思わない、村で立派な地位に就いていそうな者だ。

サッシュの4人は表情はよく見えないが、その仮面の後ろで剣の柄に手を置いているので、一触即発だ。


「……いいか、貴様がこんな場所、で、我が物顔でいられるのは唯一尊き……神のお目溢しなのだ!」


怒鳴り散らす神殿関係者は酔っ払っているらしい。声は調子っ外れで、時折噛む。顔も赤い。指を正面の村のおえらいさん(だろう)に差しながら、自慢げに、


「邪教徒め、このような……悪しき風習が、あってはならん!神のその寛容さに勘違いも甚だしい!強欲と悪徳のはびこるこの場所はぁ!滅びるべきた!貴様とともに!」

「マイナイ様に、何ということを」


さすがに仮面の近くにいた、一人だけ頭に小さな冠をつけた男が一歩前出ようとしたが、それを仮面がさっとロッドを傾けて阻止した。これだけの人数で言われっぱなしでおかしいとは思っていたが、どうやら仮面が配下を抑えていたようだ。なぜか。

ますます調子に乗った酔っ払いは、笑い声を上げる。


「言葉もなくしたか!そうであろうな!しょせん神などと騙る邪悪を崇める邪教徒が、人間の言葉を、」

「我が神を、この神聖なる御所で侮辱するなら、それなりの覚悟があろうな」


凛とした低い声が、がなる酔っ払いを遮った。

仮面の白ローブが、カンッ、と持っていたロッドを地に打ち付ける。それを合図に爆発寸前だったサッシュの戦士たちや、赤白のローブたちも全員、膝を折り頭を垂れた。


ぎょっとしたらしい酔っ払いの神殿関係者は口を閉ざす。


「この地は我らが神エメテークのものである。この地、木に花、水、風、いしつぶて、獣に虫、見えぬ命、全てがエメテークに捧げられたもの……我ら民はその意志と恵みを預かり生き永らえるもの」

「ば、な、それ、」


きっぱりと言われたせいか、あわあわとうろたえ始める男と、もうひとりは拳を固めているようだ。

ヒュッと、風を切る音を立ててロッドが真っ直ぐに神殿関係者たちに向けられた。


「それらを、神々のもとに向かわれる同志に分け与えるのは我らの意思だ。我らが神も良しとされた。だが、その恵みを何たるか、享受しておきながら理解もせぬ愚か者は、我らには到底許すことはできぬ」


言葉とともに仮面から一瞬放たれたのは――ぞっとするような覇気だ。


(なに!?)


歴戦の猛者と――ラグヴィルと同等だ。

ほとんどがその気配に圧倒され、しんと静まり返る。

仮面はロッドを下ろし、もう一度カンッと音を立てる。


「汝ら、神のご意思を、その審判を受けるであろう」

「邪悪が!この村だろうがなんだろうが、すべては唯一尊き神のものだ!」


拳を固めていた男が、急に走り出して腕を振り上げる。殴るつもりか。


だがそれより早く、ロッドの合図で立ち上がっていたサッシュたちがその男を取り押さえ、さっきから立ち尽くしていたもうひとりの腕も取り、引っ立てていく。野次馬たちもざっと道を空けて……連れて行かれるのはどうも村の外ではないだろうか。さっきラグヴィルがおそれていた出禁である。しかも荷物も没収だろう、あの様子なら。


「道を開けたもう。我らが神の伴侶、マイナイ様のお通りである。静かに見守りくだされ」


顔が四角い老齢に差し掛かった、冠をかぶった男がさっと腕を上げると、野次馬たち全員がそそくさと道の端に寄る。


マイナイ、というのが仮面白ローブの名前、らしい。神の伴侶とはどういったことか、あまり村自体には興味がなかったラグヴィルにはおかしな単語に聞こえた。ともかく、偉い人間には間違いないようだが。

静まり返ったその場から、ゆっくりとマイナイたちは去っていった。村の外に行くのか、よく見ると明かりをこれでもかと持っている。


(ふん?)


マイナイはやたら仰々しく言い回したが、「宿に飯までもらっておいて文句言うな」といったところか。全くもって常識であるので、神がどうのというのは単に相手に合わせた、もしくはそれらしい人間がそれらしいことを言うのだという外向けのパフォーマンスかもしれない。酔っ払いに言わせるだけ言わせたのも、見せしめか。迷惑をかけるなら叩き出すぞ、という。


ちらほらと神殿の人間がいたが、さすがにあの馬鹿たちをかばうつもりはないらしく、一部始終を見届けたあと逃げるように去っていった。たしかに同じには見られたくないだろう。


「あれ、ラグヴィル、お前も見てたのか」


近く呼ばれたので振り向くと、同じ雇い主の傭兵4人がぞろぞろといた。

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