第10話
情事の合間に、ラジオを取り出して周波数を弄ってみたが繋がらなかった。それを見かねた薫さんがラジオを取り上げて代わりに周波数を弄ってくれた……78.8?
するとおじいちゃんの家でよく聞いていたFM局の放送が流れ始めたので、僕は周波数を間違えていたのだと思い直した。そうしてしばらくラジオに耳を傾けていると、いつかどこかで聞いていたあの歌が聞こえてきた。
「僕、この曲が好きだった気がする」
「なんていう曲名なの?」
「分からない……もう忘れちゃったのかも」
その曲の名前を知りたいと強く願ったけれど、ここでは調べることは出来なさそうだ。
「じゃあ私のことは、好き?」
「うん、好きだよ」
「私も好き。死ぬまで離さない」
それは間違いのない唯一つの真実だった。情事だけが終わらない夏を紡いでいた。死が二人を分つまでの、永遠の夏だ。
だがある時ふと、異変に気がついた。例え夏が永遠だとしても、変わらないものはないかのように、"それ"は大きく膨らんでいた。僕は"それ"を指差して薫さんに尋ねてみた。
薫さんはにっこりと笑ってこう言った。
「男と女の違いは分かる?」
僕は少し悩んだ後で首を横に振った。
「女の子はね、お腹が大きくなるんだよ」
薫さんは僕を抱き寄せて、口付けて、服を脱がせて乗り掛かってきた。覆い被さってきた大人の異性は真暗闇のように、僕というちっぽけな存在を完璧に包み込んだ。
僕の肩を掴むがっちりとした手つきや、視界いっぱいに広がる肩幅の逞しさ、ぎらぎらと光るように引き締まった腹筋、獰猛な目つき、耳元でこだまする荒々しい吐息……それらの全てが残虐なまでに僕を隅々まで蹂躙し尽くして、中で弾けて、粉々に割れた花瓶のように動けなくなってしまった。
その時、僕の目に光はなくなり、僕の耳には、蝉の鳴き声と、耳元で喘ぐ薫さんの声以外は何も聞こえなくなってしまって、脳裏を掠めるあの「攫われたい夏」という歌のフレーズがずっと頭の中で鳴り響いていた。
うっすらとラジオの音が聞こえていた気がしたけれど、僕には届かなかったんだ。
「八月XX日午後九時半過ぎ、XX県XX市で、夜になっても孫が帰らないと祖父祖母から110番通報がありました。警察によりますと、行方不明になっている少女は……」
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