第2話
志岡はアパートの中を軽やかに歩いた。スニーカーは床にほとんど音を立てない。朝の光がカーテン越しにゆったりと差し込んでいるが、それでも気分を和らげることはできなかった。まずは港人。次にタケル。彼らが起きて、少なくともキッチンを燃やさない程度には目を覚ましているか確認しなければならない。
港人の部屋は静かだった。タケルの部屋も同じ。志岡は戸口で立ち止まり、眠る二人の姿をそっと見つめる。小さく吐いたため息は、ほとんど聞こえない程度。そっと手を伸ばし、港人の肩を軽く揺らした。「起きろ」と囁くように言う。港人はうめき声を上げ、枕に顔を埋めた。タケルもすぐに動き、眠そうにまばたきをしながら意味のわからない言葉をつぶやく。志岡は背筋を伸ばし、リュックを肩にかけて部屋を出た。
外はいつも通りの朝の街の息づかい。遠くで車のクラクションが鳴る。人々は画面に目を落としながら足早に歩く。志岡はイヤホンを調整し、かすかなメロディを耳に流す。静かな泡の中にいるような感覚――誰にも触れられない幻想を、彼女は好きだった。
そのとき、かすかで不規則な音が――一歩遅れて自分の後ろから響く。志岡は歩みを止め、バッグに触れながら身を固めた。片方のイヤホンを少し外し、歩道を見渡す。目を細めて確認するが、足音は続く。規則正しく、意図的に。
靴紐を結ぶふりをして身をかがめ、ポケットに隠したナイフに指が触れる。心拍は落ち着き、呼吸も均等。視線を上げた――その瞬間、彼女は悟った。
――誰かに、つけられていた。
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