森に迷い込んだ少年 エピローグ
森の奥、古樹の陰で、ヴェルハルトは片手に懐中時計を持ち、もう片方の手でマントの縁を弄っていた。金の瞳が怪しく光る。遠見の魔術だ。
「さて……あの人間、どうなったかねぇ」
大森林を縫うように建国している国の情報は、時折耳に入る。戦乱の兆しはあったものの、若い王は見事に国内を統治し、人心を落ち着けていたらしい。
ヴェルハルトは鼻で笑った。
「ふむ、人間の国も意外と手堅くまとめられるもんだな……俺的には、もう少しドロドロしてくれてる方が面白いんだが」
彼は木の枝に腰をかけ、空を仰ぎ見る。
「あの枝と草冠……国を纏めるのに、本当に効果あったのかぁ?」
肩に止まった小鳥の鳴き声を聞きながら、ヴェルハルトは指先で枝を撫でた。
「いや、どっちかというと、あの人間が変わったのは、小僧自身の力と判断だろうな。森の加護が手助けしたのは……まぁ、ちょっとだけ、ってところか」
森の奥に漂う魔力を感じながら、ヴェルハルトは楽しげにため息をつく。
「でも、森に来る前と後では、明らかに雰囲気が違ってた。あの小僧、随分としっかりして……うーん、悪くない」
ふと、森の奥からかすかに草を揺らす音がした。
木漏れ日の中に、エリオーンが静かに姿を現し、ヴェルハルトに向かって微笑む。
「観察してるのかい?」
ヴェルハルトは肩をすくめ、皮肉混じりに答えた。
「まあな。森の加護がどれほど効いてるか、悪魔的好奇心ってやつだ」
エリオーンは小鳥を肩に止まらせ、柔らかく笑った。
この悪魔は、結構好奇心が強い。
そして、エリオーンなんかよりも余程人間を気にかけているように感じた。
「君は、相変わらず楽しそうだね」
ヴェルハルトは懐中時計の鎖を弄りながら、空を見上げる。
「そりゃそうだ。ななんせ俺は悪魔の中の悪魔だぞ。人間の弱い心を揺さぶり、世を乱し、夜を恐怖に浸す……そのためには、生態を知ることこそが大切だろう?」
森の加護を受けたあの国は、周辺国と比べても揺るぎない存在になっていた。
そういう未来に向けて希望に満ちている人間の塊にこそ手を出したくなるのは、悪魔としての習性だ。
だが、さすがにエリオーンが加護したものを壊すわけにはいかない――ヴェルハルトはすんっと冷静になった。
いや、どうなのだろう。あの若い王の周りの人間を、ちょっとだけ堕落させるくらいなら……セーフか?
まあ、手を出すのは果実が熟れてから。
暫くは遠くから観察しつつ、森と若い王の成長を楽しむことにした。
ヴェルハルトはにやりと笑い、木の枝に腰をかけたまま、微かな風に揺れる葉を眺める。
その目には、悪魔らしい好奇心と、どこか穏やかな満足が入り混じっていた。
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