第29話 ナイトコカトリス(闇の鳥竜)
焚き火はすっかり灰になり夜の静けさが濃く降りていた。
森は眠り風は息を潜め、空だけが冷たく澄んでいる。
ガサ、ガサガサ、ガサッ!!
遠方の茂みが突然揺れた。
俺たちの視線が一斉に音のなった方へ向く。
「ブヒィイイ!」
「ブフウウゥウ!」
複数の影が一斉に森の茂みから飛び出してきた。
月明かりに照らされた毛並み―――ってあれは……
「レッドボアだわ……」
レイナが声を殺して、小さく呟いた。
たしかに彼女の言う通り、今日倒した魔物と同種だ。
「ブヒビィイイイ!」
「様子がおかしいですね。ワタクシたちには気付いていないようです」
ロメリーが聖杖をグッと握りながら呟く。
俺たちを襲うために飛びだしてきたんじゃないことは一目瞭然だった。やつらは一斉に街道の反対側に走り抜けようとしている。それも、尻尾を巻いて命からがらという感じだ。
それに、俺たちが感じた気配はこいつらのものじゃない。
とすれば……
「――――――キュアァアアアア!」
耳をつんざくような強烈な鳴き声があたりに響いた。レイナとロメリーは咄嗟に耳に手を当てる。
森の奥から、バサッバサッ……と地を吹くような音。
空気がひと息で重くなる。
そして―――闇を切り裂くように、巨大な影が姿を現した。
「あ、あれは……」
ロメリーの声が少し震えた。
巨大な鳥のようであり、竜のようでもある。
あたまにおおきなとさかをつけて、黒曜のような羽根に鋭い鉤爪。
そして蛇が生きているかのように蠢く尻尾。
そのくちばしが、ギィと軋むような声を漏らす。
「ナイト……コカトリス……!」
レイナが小さく息を呑む。
「こ、これは危険度S級の魔物。鳥のドラゴンとも言われていますよ……!」
ロメリーの言葉にレイナも無言で頷く。赤い瞳が強くその魔物に向けられていた。
俺はというと、すでに別の感情が飛び出そうになっている。
――――――最高だ。
まさかこいつに出会えるなんてな。
「レッドボアたちはあいつに追われてたのね」
「ええ、そのようですね。いまのうちに魔力を練り込んでおきます」
2人はいつでも戦闘に入れるよう、武器のチェックと心の準備を整える。
ナイトコカトリスは、俺たちをまったく見ていない。
その禍々しい視線は逃げ惑うレッドボアたちへ向けられていた。
そして―――
ブォオオ!!
そのドデカイ翼をひと振りしただけで、強烈な衝撃波が生まれる。
必死に逃げるレッドボア数体が、まとめて宙に舞った。
「す、凄まじい威力です……」
ロメリーが小さく息を漏らす。
振り下ろされた鉤爪が、簡単にレッドボアの胴体を裂く。獰猛なくちばしが頭蓋をかみ砕く。
大地がどんどんレッドボアの血で染まっていく。
捕食……ではない。
噛みちぎっても飲み込む気配がない。
ただ、殺している。
「なによあれ……」
レイナが震える声で呟く。
「殺戮が目的ってこと……?」
「その通りだ。」
俺は低く答えた。
ナイトコカトリスは、強者であることを誇示するために殺している。
人でも、魔物でも、動物でも、そんなことは関係ない。これぞ魔物の本性であり存在理由だ。
ナイトコカトリスの猛攻は続く。蛇の尻尾がブーんと振り回される。
その先端にあるヘビの頭に噛まれたレッドボアは、一瞬で黒く腐った。
「毒……!」
ロメリーが目を見開く。
再び大きな翼を広げて、月を遮った瞬間―――
――――――ドドォォオオン!!
翼だけで大地を叩く衝撃波が生まれ、周囲の草木が吹き飛んだ。
これがS級とやらのパワーか。
レッドボアたちは残ったわずかな体力で逃げる。
だが、その先には……
レイナの肩がぴくりと動く。
「……ちょっと待って。前方……もう一匹いるわ。」
「う、うそ……S級の魔物が……二匹……?」
ロメリーの顔が青ざめる。
その「もう一匹」は、逃げるレッドボアたちの進路上に突如として現れ、立ち塞がっていた。
その頭上にあるとさかが怪しく輝きを放つ。
「――――――ギャァアアァァッ!!」
怪しい光―――それがレッドボアたちの全てを照らした。
ボアたちの体表が、一瞬で石色に染まっていく。
「あ、あれは……石化の邪光……!」
ロメリーの声が震える。
完全に石となったレッドボアたち。
そして次の瞬間。
ナイトコカトリスは、石像となったレッドボアたちに鉤爪を振り下ろす。
ガラン! ガラァン!
石は粉々に砕け散る。
まるで、砕くためにわざわざ石化させたかのように。
「キェエエ~~~~~ッ!」
「ギュギュッ……! キュエエエエエ!」
悦に濡れた声。
まさに、強さを誇示する殺戮の獣。
俺はゆっくり息を吐く。
「なるほど。証拠が残らない理由はこれか」
レイナとロメリーが俺を見る。
これじゃ現場にはただの石ころしか残らない。討伐対象が特定できなかった理由はそれだ。
ひとしきり蹂躙してようやく満足したのか、二匹のナイトコカトリスがこちらに視線を向けた。
「……キュエエェエエ」
「ギュッギュッエエェエ」
その目は笑っていた。
くちばしの奥から「ぬちゃぁ……」と粘つく音が聞こえる気がする。
現場にいる生物はすべて蹂躙してきたのだろう。
俺は肩の力を抜き、レイナとロメリーに視線を向けた。
「さて、敵はS級の魔物だ。しかも夜間戦闘ときた。俺が一匹やる。もう一匹は2人に任せていいか?」
レイナとロメリーは、迷わなかった。
「もちろんよ!」
「はいっ、任せてください!」
よっしゃ。
いい返事だ。
俺はにやりと笑う。
「ちなみにこいつら―――激うまだからな。」
「「じゅるっ……!!」」
今日一番の音が、夜の森に響いた。
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