青い空に赤い花
ぬまのまぬる
前編
通っている美大が休みのある昼下がり、僕はトモと一緒に手毬島という小さな島を訪れていた。
少し肌寒い空気の中、道端に咲いている彼岸花が青い空によく映えている。
かすかな風が髪を揺らした。
島を回るためにレンタサイクルに立ち寄ることにした。受付の男性が少し不思議そうな顔をする。服が少し汚れているからかもしれない。
秋空の下自転車を走らせる。頬にあたる風が心地よい。
――トモは、僕のルームシェアの相手だ。予備校からの知り合いで、同じ大学に進学することになったから一緒に暮らそうという話になり、もう1年以上同じマンションで暮らしている。
僕がデザイン科でトモは洋画科だから学内でそんなに交流はないけれど、家では一緒に作品制作をすることが多かった。
キャンバスに向かっているトモの横顔は、オレンジ色の前髪が白い鼻筋にかかってとてもきれいだと僕は思っていた。
向こうはただのルームメイトだと思っているはずだけど、予備校時代から気づけば時折彼を目で追ってしまっていた。
予備校時代、僕の志望校は全学部共通した試験が出されるからということで、トモとは同じ教室の、近くの席で課題に取り組んでいた。
白い教室の中で彼の姿はとてもくっきり浮かび上がって見えた。鮮やかな絵の具の色よりもずっと。
予備校内の展示会で、自由作品を提出することになった時は、トモにモデルを頼んでみたけれど
『描くのは好きだけど書かれるのは嫌』
なんてあっさり断られて、結局トモが立っていた壁だけを描いた。僕の絵は誰も目を留めることがなく、大勢の人に素通りされて、終わった。
もうすぐ学内での展示会があるが同じような感じだ。トモを描くことなんて一生できない。
この島には様々なアーティストの作品がいたるところに展示されている。
今は使われていないホテルの窓ガラスに設置されたモビールのようなキラキラ光るオブジェ、シャッターに描かれたスプレーアート、海岸沿いには人体をデフォルメした彫刻。
それらの前でトモと一緒に写真を撮った。人通りはほとんどないから、誰かの目を気にする必要もない。――トモのオレンジ色の髪は少し汚れていた。それが残念だ。
一通りの展示物を見て回った後、坂の下にあるカフェを訪れた。入り口は蔦で覆われ、花壇では野草が生き生きと伸びて、童話に出てくる家のような不思議な雰囲気を醸し出している。
ケーキとコーヒーを二つずつ頼むと、緑色のエプロンを身に着けた店員が首を傾げた。
――ああそうか。すっかり忘れていた――
ケーキはドライフルーツがたくさん入っていて、コーヒーはしっかりした苦みがあっておいしかった。
「ごちそうさまでした」
3200円。少し高いけど大学の近くにあればまた来たい。
僕はカフェを後にした。
*
自転車に乗ろうとすると、背後からの視線を感じた。
――誰もいるはずがない。
僕がここにいることは誰も知らないはずだから。
レンタサイクルの受付にたどり着いて自転車を返した頃には、空は朱く染まり始めていた。道端で揺れる、燃えるように鮮やかな彼岸花の群れがとてもきれいだ。澄み切った空気の中、このままどこへでも行けそうだった。
でも、もう最終の船が出てしまう。帰らなきゃ。
赤色に汚れた、あの部屋に。
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