File10 -非確定
いらっしゃい。
しかいまあ、足繁く通うもんだ。
ああ、もちろんわかっているさ。
では話をしよう。
ある意味、心霊に魅入られた男性の話だ。
タイトルは「非確定」としようか。
◇◆◇◆◇◆
彼は幼い頃に心霊体験をしたそうだ。
どういった体験かは不明だが、それから心霊に対し非常に興味を持つようになったようだ。
それは子供から青年へと成長しても変わらない。
だけど、ある1つの事に気づく。
それは、あらゆる心霊現象が結果しか残さない、というものだ。
ドアがひとりでに閉まる、置物が棚から落ちる、物音・足音がする、
と現象は様々だが全て結果でしかない。
どういう思惑があって、どういった存在により、どういった力が働き、
といった結果に至る過程が全て無視されている。
心霊番組や配信もそうだ。
「心霊現象を捉えた!」と謳っていても、その実、結果のみ。
過程が出てきたためしがない。
彼はそれが不満でね。
なぜ結果のみで満足なのか、なぜ過程を観測しないのか、と。
青年から大人になる頃には、過程を観測しようと、その模索に執心していった。
そうして科学の道に進んでいったんだ。
発達した現代の技術であれば、過程の観測など容易だと考えてね。
それからは研究に次ぐ研究だったそうだよ。
観測方法を作り上げては失敗し、その度に心霊に惹かれていく。
やはり研究者には、なぜ、が原動力なのだろうね。
しかし、周りから見たら……。
んー、マイルドに言えば、ちょっとおかしい人って感じかな。
彼は意にも介して居なかったけれど。
まぁ、そんな状態だから周りは離れていく。
研究費用をどうやって捻出しているのかすらわからないほどに、
周りから人が消え、孤立したある時。
――作り上げたようだ。
――心霊現象の過程を観測できる機械を。
その機械を引っ提げ、意気揚々と封鎖された心霊スポットに向かったようでね。
観測を始めたよ。
そしてついに、過程と思わしきモノを捉えることが出来たのさ。
それは、"ゆらぎ"のようなモノで、心霊現象が起きる寸前に発生したらしい。
私から見れば素晴らしい内容だと思うが、彼は満足出来なかった。
"ゆらぎ"という曖昧なモノではなく、確定的に観測できる過程を求めたんだ。
そうして彼はこう考えた。
「自分は確定された個であるから観測ができない。
不確定なモノを観測するには自分の存在を不確定にしなければいけない。」
……天才にしか出来ない発想なのか、狂人の戯言なのか。
彼からしたら前者なのだろう。
科学の道を進んだ事が幸か不幸か、彼は不確定になる方法を知っていた。
シュレディンガーの猫さ。
創作やSFで雑に擦られる量子論の1つ。
封鎖された環境、社会から隔絶した自己。
人間の思考には当てはめられるか不明瞭な理論を、彼は躊躇いもなく実行した。
彼自身を観測するものが何も無い中、生と死が重なる不確定な状態に持っていったそうだ。
……理解に苦しむがね。
さて、彼は望む物を得られたのだろうか……。
◇◆◇◆◇◆◇
今回の話はどうだったかな?
彼はどうなったか?
それはわからない。だって観測していないんだならね。
おそらくは不確定の中で楽しんでいんじゃないかな。
量子論は観測できる第三者がいて初めて状態が確定する、という理屈なんだがなぁ……。
タイトルの意味かい?
ふむ。それじゃあ、漢字のお勉強といこう。
『不』は状態や性質に対する否定。
では『非』は?行為や価値に対する否定だ。
君はどう思うか。
彼の行動に価値があったのか、それともなかったのか。
確かな物でない事に心躍らせることはあるが、詳らかにされるとネタバレされたように
一気につまらなくなることがある。
あえて触れない事も、楽しむエッセンスさ。
観測されていない話を何故話せるのか?
それこそネタバレ、蛇足だよ。
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