第四章 ハッピー・スプリング!!!
第25話 人影と小窓
「お雛様?えー、そんなん言われても僕の家には、弟しかおらんかったし、どこで買うていいかなんてわかりませんよ」
バレンタインからしばらくしたある日、タカヤナギさんが「友人のひな祭りに、小さな飾りをプレゼントしたい」と言い出し、僕は困って返答した。
「またそんなん安請け合いして。ちょっとリサーチするから待っててくださいね、すぐ見つかるかどうか……AIさんに聞くか」
会社のいつもの席。タカヤナギさんは大きな身体をこちらへ向けていて、早くと急かしてくる。
「まぁ待ちなさいて。子どもやないんやから……えっと予算は?」
予算は三千円程度、相手は二歳になったばかりという。
小さい子が家にいるとなると、小さなパーツでは落ちたとき口に入れたらあかんしなぁと、ほどほどに大きめの、子どもが口に入れても大丈夫そうなウサギの縮緬の雛人形を見繕った。
「んー、ありました!こんなんどうでしょ、予算、こんくらいで……と」
出てきたホームページを開いてタカヤナギさんに見せる。
「おお、助かったわー。忘れんうちに、早く決めたくってな。ほなこれで」
と、タカヤナギさんが身体を寄せてきて、ぽちっと購入に進んだ。
「え。そんなアンタ良うも見んと。買っちゃってええんですか」
「ええって、ソウジの目利きに間違いはないやろ」
「はぁ」
タカヤナギさんがひと仕事終えたと、無邪気に煙草を吸いに出て行った。
彼が楽しそうに話す様子を見て、胸の奥が妙にざわつく。
(僕の知らん相手のためなんやな、って思うと、……気に食わんのか?)
(なんやろな、これ)
今回のタカヤナギさんの友人は、高校の頃からの友人とかで、チサトさんのことも良く知っている女性という。
話を聞くと昔の彼氏彼女というわけではなさそう。だからそれに自分が嫉妬しているなども考えられない。
釈然としない何かがあって、引っかかっている。
僕は腕組みをして、考えている。
••✼••
さて。ぼうっと忙しい毎日を過ごして、はっと気がついたら、もう3月じゃないですか、月日が経つのは、ほんまに早いなぁと、夜の街頭を見上げながら呟いた。
昨晩のこと、タカヤナギさんが「ホワイトデーにはテツ&チサが、ソウジをおもてなしする、らしいで?」と言い出した。
「え??」
「せやから、明日荷物まとめといて。俺のウチでのサプライズや、ってな、チサトからの伝言な。ほな伝えたからな。楽しみにしといて」
「えー?」
(それは嬉しいことだが、まだ日にちもあるのに、今日なん?)
「え? ホンマに僕、今日マイハウスに帰るんか?実質、追い出されとるやん……」
バレンタインが過ぎて、その後に何度も深夜の着物散歩をして、呑んだくれて、タカヤナギさんの家へ転がり込んで、もう半分ぐらい居候気分でいたのが悪かった。
追い出された、という言葉が頭に浮かんだ時点で、気分は落ち込んでいく。
玄関で靴を履き、「なんで僕、こんなに荷物増えとんねん…」と、ぼやいた。
リュックの肩紐を引き上げて、はぁ、とため息。会社に向かいながら、しょんぼりと肩を落とした。
タカヤナギさんは早朝から打ち合わせに出掛けていた。
朝の空は澄み渡り、ほのかに香る風がそよぐ。
春の匂いやなぁ……って、そんな爽やかな気分にはならんわ。気持ちの澱みがまとわりつく。
それが今朝のこと。
それから今日の仕事を終えて、たった今、時折帰って寝るだけの、もはや倉庫と化した自宅へひとり、とぼとぼ戻ってきた。
「はー、誰もいてない部屋って……今更でツライな。ただいま」
アパートの階段を上がって鍵を開け、靴を脱ぎながら玄関の灯りをつけると、「おかえり」と人影が返事をした。
僕は誰もいないものと思い込んでいたから、びくっとなって身構えた。
鍵がかけてあっても簡単に外れてしまいそうな適当な扉で、セキュリティーはないも等しいものだったが、いざ知らない人がいたとなると、心臓がきゅっと縮まった。
「え。誰っ」
「よう……」
声の方向には、真っ黒でツヤツヤの肌触りの良さそうなシャツを着て、黒光りする皮の細身のパンツをはいた大柄な浅黒い肌の水商売風イケメンが胡座をかいて座っていた。
長い前髪に隠れた三白眼の双眸が僕をじっと見つめている。
「びっくりしたぁ。なんだ、このひと」
思わず言葉になっていた。
背の高さはタカヤナギさんくらい、でも厚みがない。飛びそうな細さなのに威圧感がある。
喧嘩になったとして身長の差でこっちの分が悪いなと頭のなかを巡らせた。いや、そもそも喧嘩したことないやん、僕、とひとりごちる。
「おかえりって言うた……?」
「窓が、開いていた」
「何? 窓……?」
そういえば少しだけトイレの小窓を開けてあったような気がする。でも、こんな難易度の高い入り方なんて、っていう疑問が湧いてくる。子どもくらいの小ささならくぐり抜けられるけれど……。
思い浮かべても正味60センチ角の小さな窓だ、あの大きさに、この身体が通り抜けられるのだろうか。そんなわけないやん。
嗄れた低い声で答え、ふんわりと根元を立たせたいかにもホストっぽい長い前髪に隠れる黒い瞳でじっと見つめられて、この男は誰だろう、誰かの知り合いで、間違ってここへいるのか、と考えながら視線を返した。
働いて初めての給料で買った小さなシャンデリアのオレンジの灯りに照らされたその男は、黒髪に濃い眉、顔も濃いめ。だけど、この状況でも余裕綽々。
強盗や不審者に対する警戒心や恐怖心は発動して来なかった。
他人の家というのに勝手に上がり込んで、座り込んだまま暗がりにいたのは、何か理由があるんじゃ、なんて思う。
タカヤナギさんに、そんなことを言おうものなら、お前はのんきすぎると怒られるだろう。今すぐ捨ててこい、とも言うだろう。捨て犬や捨て猫を拾ってくるのには、かなりシビアな彼だ。
いや確かに僕は犬でも猫でも鳥でもなんでも餌付けしてしまう。それに拾ってまうけど、眼についてしまうんやから仕方ないやろ。放っておけへんからなぁ。
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