第9話 夜の錦なりけり
「どちらにしろ、この化粧、女子力高いな」と、タカヤナギさん。
感心している場合ちゃいますよ。
「タカやんセンパイ、これヤバいっすね。なんなんやろ、男子とわかってても隣にくっついて来られたらバグってどきどきしますわ」
僕は動揺しているときの癖で、めちゃくちゃ早口で捲し立てた。
「ん? くっついてみる? ほれほれ。触ってみる? こっちは作り物ですが、私のはナチュラルですよー」
リノちゃんに促され、手を取られて、触ってみました。うう。
最近は彼女もいないので比べようもありませんが、強いて言うならチサトさんくらいで、まあそれはともかくとして、あったかいし、ふわふわのやわやわしたお椀型です。
きもちいいですね!
(いやいや。こんなんで満足していては、彼女できません、僕。そしてミニーちゃんのナチュラルなものは自分にもついてます、想像してみると脳が、バグる。タカヤナギさんも、心なしかデレてませんか。彼女いるのに、何やっとんねん)
「ねえねえ、ソウたんさぁ。化粧したら似合いそう〜」
リノちゃんが小首を傾げて僕に向かって言う。
「僕!? いやいや」
「あ〜! ね!? 唇小さめで形いいもんね。それに二重でしょ?」
「肌の色はねえ。ブルベだから、青みの強いピンクとか緑が似合いそう!」
「え? ブルベ?」
(青みの強いピンク、わかる。それに緑が合うってのもわかる。ブルベ、わからない。何かな、それは)
「2パターンに分かれてる肌の色味のことなんだけどね。ブルーベース、私もブルベだから黒合わせてる」
「へえ。それは服にも関わってくるんだ?」
言いつつ興味が出て「調べさせて〜」とスマホで検索する。
検索して出てきたページには、今どき女子のイラストと服の色や肌の色の説明があって、服の組み合わせやサイト作りに使えそうだった。
「そうそう。肌に映える色味があるんだよね。ミニーのこの肌色、ソウたんと近いでしょ? 紺色も合うよ」
「おおー。紺色も合うんやな」
(そう説明するリノちゃんの顔を、にやけて見ているタカヤナギさん)
斜めに一瞥してチリッと気持ちが波立つのを感じて、僕はそれが訳もわからず腹立たしい。
そんなふうに一瞬思ったけど、リノちゃんミニーちゃんの肌の色談義を聞いているうちに、そのモヤモヤ気分は紛れてしまった。
••✼••
思えば。
結局年を越してもたいした説明もなく、僕はちゅうぶらりんな状態で、タカヤナギさんの指示のもと、馬車馬のように働いているわけですよ。
そらまあ仕事のほうが優先順位高いですし、楽しいですからね。
そんでお年始はというと、秋葉原の職場から、地元の明神様への初詣ですわ。
仕事の納品がてら行きましたよ、タカヤナギさんと。
納品というのは、神社で販売するお守りのキーホルダーと看板の納品。
12月中旬に依頼があり、アクリルでできたキーホルダーにシルバーのキツネや月のチャームを組み合わせてデザインした。
厚手の中の台紙にもイラストを施し、3種類作った。近年はかわいいチャームも色々増えているので、営業をかけて新しいデザインをと、発注があったのだった。
キーホルダーの入った箱を持って社務所へ向かう途中、鳥居が見えるあたりから何故か3匹の猫がついてきた。
いつも餌をやっている猫たちだったのだが、正月だから腹を空かせているのか、足元に付きまとい、尻尾を振り寄ってきて思わず躓きそうになる。
「おーい、ちびさんたち、危ないって、そっちで待っててくれえ」
白猫、アメショー、白タビのハチワレ。声をかけると「ニャア」と返事をして、一旦下がった。が、その後ろにゾロゾロと10匹ほどの猫たちが現れた。大きいのも子猫もいる。
「なんやなんや。またたびでも食べたんか? えらい呼び寄せたなあ」
「何言うてるんですか、朝からなんも食べてないの知ってるやん」
猫たちは、その箱を持っている間、じりじりと近付いてきて、納品した途端に跡形もなくいなくなった。
(何だったのか。まるで、箱の中に何か、ものすごく魅力的なものが入っているのを知っていたみたいに、気配がすうっと消えた。)
で、殺人的な人ごみを抜けて、裏手から階段を上がって、手水舎へ辿り着くのさえも長蛇の列。人の波に押されて、肩をぶつけたり足を踏まれたりしながら進む。
ふと横を見ると、タカヤナギさんの腕が軽く僕の肩のあたりに伸びていて、ぎりぎりのところで人混みをガードしてくれているみたいだった。
コレなんだろうな。僕は女の子じゃないんやけど、とモヤモヤしながらも、しっかりおみくじだけは引きました。
僕は小吉。
引いたおみくじの紙は、なぜか手のひらで微かに熱を持っていた。太陽光ではない、内側から発光しているような、透けるほどの強い白さだ。
── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ──
見る人もなく散りぬる奥山のもみぢは夜の錦なりけり。
── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ──
長い人生の間他人を意識せず世のため人のために
ささやかな努力を試みたなら、
不幸続きの時でも心の平安は保たれる。
── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ──
ですって。
今現在、仕事三昧で恋人もなく、上司にからかわれ翻弄されて絶賛モヤっとしつつ過ごしていますが、何か?
夜の錦って、無駄とか、ぱっとせえへんってことやん?
(いや、タカヤナギさんは、このおみくじを見たとき、一瞬だけ酷く真剣な顔をした。まるで、とんでもない宝物を見たみたいな……)
ともかく、僕の人生そんな評価なん?
もーちょい希望とか光とか、そういうポジティブな言葉をください神様。
何そんなに静観されてるんでしょうね?
ちょっと頑張ってる僕に、お手柔らかに、是非とも心の平安を与えてください。
とりあえず世のため人のために、ささやかな努力をしていきたいと思います。
……ってことで、仕事はまだまだ続きそうだからと新年会に誘われたのは、男の娘カフェでした。
どっちかというと、タカヤナギさんの趣味ですよね。
僕、関係ないやないの……。
サービスで触らせてもろたんはええけど、元は女の子ちゃいますやん……。
僕の癒しは
••✼••
……えっ。ちょっと、タカやんセンパイ、なんか口説いてませんか?
「この着物、お店の?」
「あ、一応自前ですー」
「そっか、残念、ペラッペラやんな?もうちっとええの着てみたい思わへん? 俺んち近くやけど、着物な、女物もあるで。着てみる?」
「わあ。おっさん、何言ってんの!?」
僕は慌ててタカヤナギさんの袖口を掴んだ。
「良い着物って格別やでー」
(タカヤナギさんは、にやりと笑顔を僕に返して、リノちゃんに本物の着物の魅力を熱く語り始め、にこにこして聞いていた男の娘たちの同意を得た)
「いいですね! 私たち夜の11時まで仕事だから、そのあとどうですか」
(何か僕と同じような思考回路をしていたらしいことはわかりましたが、自宅に着物が沢山あるとか、どんなウチやねん!
そもそもどこにそんなん置いてあったんですか。
それに着付けできるんすか、アナタ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます