合コンに行ったら初恋の幼馴染と再会した話
水嶋陸
第1話
「あれっ? もしかして蒼大じゃない!?」
「……! まさか、美月か……?」
大学二年生の夏休み。
友人にしつこく誘われ、人数合わせで参加した合コン。
ミルクティーベージュのロングヘアに、長い睫毛に覆われた大きな琥珀色の瞳。整った鼻梁に形の良い桜色の唇。
夏でも日焼けを知らない肌は透明感に溢れ、一点の曇りもなかった。さらにスタイル抜群で手足がすらりと長く、アイドルのような華がある。
子どもの頃から親しかったものの、とあるきっかけで仲をこじらせ、疎遠になってしまった幼馴染。
美月との出会いは、十年前に遡る――――
「はじめまして!
小学五年生の夏休み。同じマンションの隣の部屋に引っ越してきた美月と出会った瞬間、一目で恋に落ちた。
彼女は近寄り難いほど綺麗な顔立ちをしているのに、笑顔はとても愛らしく、笑うと向日葵が咲いたようだった。
誇張でなく、美月は誰もが振り向くとびきりの美少女だった。
本人もそれを自覚していてあざとい一面があったが、明るく活発で、男女問わず分け隔てなく接する人懐っこい性格だった。
無愛想な蒼大が素っ気ない態度を取っても全然気にせず、気軽に声を掛けてくる彼女と親しくなるのに時間はかからなかった。
夏休みが明けて美月が転校してくると、『最上級に可愛い美少女が来た!』と瞬く間に噂が広まった。美月に屈託のない笑顔を向けられた男子達は漏れなくノックアウトされ、本人非公認のファンクラブが作成されるほどだった。
だからこそ――取り立てて目立つ要素のない蒼大と美月が頻繁に交流している姿は、自然と注目された。
特に中学に進学してからは反応が顕著で、美月の話題を振られない日はなかった。
「蒼大ってさ、自分から女子と関わらないのに、白瀬さんとだけは仲良いよな。白瀬さんって人当たりいいけど意外にガード堅いじゃん? どうやって距離縮めたん??」
美月に関心を寄せる同性の友人たちに囲まれ、内緒話をする体で肩を組まれることは珍しくなかった。
「普通に接してるだけだけど。下心丸出して近付くから警戒されるんじゃない?」
「ぐはっ! 辛辣! 抉ってくるねぇ~っ」
「美月が嫌がるし、間取り持ってほしいとかそういう話なら無理だから。仲良くなりたいなら自分で頑張って」
「無慈悲っ!! お前それでも友達かっ!? 俺とお前の仲だろ!?」
「同じクラスになって三カ月の仲だな」
花に蜜蜂が吸い寄せられるように、美月は常に男子達の注目の的だった。
誰それに告白された、振ったとかいう噂は当日中に校内を駆け巡った。彼女の前で膝から崩れ落ち、失恋に涙した男たちのエピソードには枚挙に暇がない。
だからあの日――当時中三だった美月の放った何気ない一言に度肝を抜かれた。
「あ~、私も彼氏ほしいなぁ~」
いつものように、蒼大の部屋で図々しくも寛いでいた美月は、一番上等で座り心地の良いクッションを独占し胸に抱き込んでいた。
大きめのビーズクッションの感触を手で楽しみつつ、顎をのせてむむっと唇を引き結ぶ彼女に呆れ、思わず皮肉を言った。
「美月ならいつでも彼氏できるだろ。いないのは理想が高過ぎるんじゃないか?」
「ちょっと! 勝手に決めつけないでくーだーさーいー。告白を断ってるのは、好きな人がいるからです~!」
予想外の返答に面食らった。美月に好きな男がいたこともそうだし、どう考えても恋愛強者の立場にある彼女が想いを告げずに隠していること自体が信じがたかった。
「そんなに好きなら告白すれば。十中八九いけるだろ」
「1%でも振られる可能性があるから怖くて言えないんだよ~。でも奥手な蒼大には複雑な乙女心なんて理解できないよね~♡」
あからさまな挑発にイラっとした。普段なら黙殺して受け流す場面だったが、この時は珍しく反論した。
「そっちこそ勝手に決めつけるなよ。俺だって好きな女くらいいる」
「……え?」
(しまった。失言した)
好奇心で目を輝かせ、絶対にからかってくるだろう。そう身構えたのに、美月は意外にも動揺を見せた。けれどそれは一瞬のことで、ぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「そうなんだ~! へえ~、そっかそっか。ちなみにどんな子?」
「そこまで話すつもりはない」
「え~~~~!? いいじゃんちょっとくらい教えてよ! 可愛い幼馴染のお願いが聞けないのっ?」
「自分で可愛いとか言い始めたら終わりだな」
「客観的事実じゃん! で、実際どうなの? 素直に白状しちゃいなよっ!」
「絶対嫌。この話はもう終わり」
取り付く島も与えず、本棚から本を取り出して座り込み、わざと背を向ける。強制的に会話を中断された美月は、振り向くまでもなくむくれていた。
(機嫌悪くしたな。このまま帰るか?)
触らぬ神に祟りなし、不機嫌な美月に関わることなしだ。彼女が諦めて部屋を出て行くのを待っていたが、次の瞬間、息を呑んだ。
「――まだ話終わってないんだけど。寂しいから無視しないでよ」
「!?」
いつのまにか四つん這いで背後に迫っていた美月に、本を奪われた。彼女はさらに距離を詰め、顔を覗き込んでくる。
「……さっき言ってた好きな子ってさ。実はもう付き合ってたりする?」
「分かってて聞くなよ」
突然の至近距離に動揺したが、どうにか平静を装った。
蒼大は慎重な性格で、恋愛に関してはかなり奥手な部類だ。美月への想いを自覚したところで伝えるつもりはなかったし、今後もその予定はない。
幸いポーカーフェイスは得意な方だ。平然とした顔で冷ややかに告げると、なぜか美月はほっと胸を撫で下ろした。
「よかった~~~~。それならまだチャンスあるよね?」
「なんの」
彼女の発言の意図が読めずに眉根を寄せる。すると、いつになく真剣な表情で彼女がその場に正座する。
「私、好きな人がいるんだよね」
「それはもう聞いた」
「誰だと思う?」
「知らないよ。俺の知り合いなわけ?」
「違うけど」
「じゃあ話振るなよ。相談されてもどうもしてやれないだろ」
「相談なんかするつもりないよ! っていうか蒼大にだけは絶対しない。ていうかできない」
「そうかよ。頼りない幼馴染で悪かったな」
悪態を吐いて立ち上がる。だが、急に手を掴まれて困惑した。
「なあ。今日なんか変だぞ?」
眉根を寄せて見下ろすと、気まずそうに俯き、黙り込む美月。珍しくしおらしい態度に驚いた。何かあったのかと心配になり、彼女の傍らにそっと片膝をついた。
「――美月。悩みがあるならちゃんと聞く。誰にも言わない。だから、一人で抱え込むなよ」
真摯な面持ちで告げ、彼女の肩に掌をのせる。安心させるように優しく力を込めると、美月が顔を上げた。
「……そういうとこだよ」
何かを囁かれたが、あまりに小さな声で聞き漏らしてしまった。もう一度確かめるように眼差しで問いかけると、美月は躊躇いの末、唇を開いた。
「ねえ。……誰だったら嬉しい?」
「ん?」
「だから。私の好きな人!」
勢いに圧されて言葉に詰まる。こちらをじっと見つめる美月の眼差しは熱く、表情も余裕がない。
何も言えずに目を丸くしていると、美月は気を取り直してコホンと咳払いした。
「明日の放課後、三角公園で待ってるから。来るまで待ってるから。絶対来てね? ――その時、私の好きな人教えてあげる」
「!!」
頬を赤く染めた美月はきゅっと唇を結び、勢いよく立ち上がった。そのまま荷物を引っ掴んでバタバタと部屋を出て行き、ほどなくして玄関の閉まる派手な音が響いた。
(は? 今の何? まさか……美月の好きな人って……)
とある可能性に思い至り、痛いほど心臓が脈打った。顔に熱が集まってありえないほど呼吸が浅くなり、その日は夕飯も喉を通らなかった。部屋の灯りを消してベッドに横になってからも、なかなか寝付けなかった。
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