第40話 花の王都
窓からガラガラと馬車が走って行く。
後ろにカンロとアムリタを連れて、遠くに消えるまで見ていた。
その日から二日間、僕は屋敷の手伝いをし、暮らしている。
掃除は多岐にわたるが、困っている人がいれば助けるし、脚立を持つ、物をどける。草刈りを手伝う。
ここにいたらハーレッドという人が来るのだろうか。
そう思いながら、庭仕事を終わらせる。ここに来てから使用人のように働き、衣食住に不便はない。
「アキラさん」
もう罪人の扱いなんて、最初から受けずに使用人の仕事ばっかりしていたなあ、と思いつつ、呼ばれた名前に、玄関へ足早に走る。
「フーギリアさん」
そこにいたのは飛馬を駆るフーギリアだった。
「どうして」
「……やっぱ、ガキどもが泣くとなにかしなくちゃって思うんですよ」
見ていると「アキラさん来てください」と他の使用人に連れられて、自室に戻ると上着を金糸が入ったジェケット風に替えて、ジャボらしきものをつけられる。
また外に出されると「ご武運を」と家の使用人たちが手を振って、飛馬に乗る僕を見送ってくれた。
「あり、ありがとう! ありがとうございます!」
ここでやっとアリステアが言っていた「なにもないのですよ、手に入れるべき」といいう言葉を思い出す。僕は屋敷の住人たちの信頼を得たのだ。
「いくぞ、アキラ。結婚式に間に合うよう休みなく、全速力で行く」
フーギリアの飛馬が浮かび、だんっと空中を蹴る。
早い。
カンロとアムリタのときも思ったが、飛馬という種類は名前の通り飛ぶ馬なのだ。
アリステア殿から連絡が来て、出立した二日後にアキラを連れてくるよう、という手紙で、自分たちは結婚式をあげているかもしれないが、
「できるな」と書かれていた。
「女傑と言って差し支えないな」
速度で声は出せないが「うん」とアリステアの顔が浮かぶ。
手に入れるよ、アリステア。
目を瞑りながらセキエイを思い出す。もう少しだけ待ってて。そして、諦めないでいて。今すぐ行くから。
飛ぶ飛馬は、見てきた街を越えていく。一週間もかけた道程も、ヴェスタも越え、二日もかかった道をどんどん進む。
「もうすぐ王都だ!」
フーギリアが声をあげる。城下街はなにかの祝いか花が散り、みな嬉しそうに「祝いだ、祝いだ」と叫んでいた。
怒りとは違う、はち切れんばかりの傷が、じくじくと痛む。
僕は今まで人より劣っていると思い続けていた。でも、こんな僕でも必要だと言ってくれる人がいて、そんな人と旅をして、色んな人を見てきた。
そして、これでいいんだと思わせてくれた人がいる。
飛馬が城門さえも越えて、開かれていた白の入り口に辿り着く、フーギリアが手を貸してくれて下りると、目の前にはアリステアとセキエイが、今にも結婚するという状況だった。
僕は足が速い。速いから群がってくる兵士たちの間を縫って長い階段の下で、
「セキエイ!」と叫ぶ。
「アキ、ラ」
「迎えに来たよ! セキエイは凄い人だよ! ずっと耐えて生きてきたけど、やろうとしたことはしてきたんだ、僕のために、凄いことなんだよ。だって、僕はこんなに幸せなんだもの!」
白の服を着たセキエイは、一歩、一歩と階段を下りていく。
「不安だったら、僕を見て、僕の全てがセキエイだよ!」
はあ、とため息をついたのは誰だったか。
ぱんっと音がして、アリステアがセキエイを叩いた。
「なにもない貴男には失望しましたわ。結婚などつまらないこと終わりに致します。だって一つしか持ってるなんて、たった一つですもの」
セキエイの背中を押して、そのままセキエイは階段を下りて抱きしめてくれる。
彼は自分で行動できるのだ。
「セキエイ!」
怒号が聞こえて、金髪の、きっとあれがユエリフなのだろう、顔を真っ赤にして、僕たちを怒鳴りつける。
「兄上、俺はなにもできない俺じゃありません。ただ一人、幸せにできる人間です」
ユエリフが口を開こうとしたとき、その後ろから老年の人物が現れて、
「セキエイ、おまえは今日から廃嫡である」
そう一言、告げると、奥の椅子に座り、なにも言わない。
「父上っ」
怒り心頭の兄を残して、還暦は迎えるだろう女性がカンロとアムリタを連れて、荷物を渡してきた。
「ばあや」
この人が、ばあやさんであると、頭を下げる。
「好きにいきな」
セキエイと顔を合わせて笑う。
僕たちは、ここから幸せになるんだ。
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