第23話 奴隷2

「アキラ?」

 僕は最後の一口をフォークで刺し、セキエイの唇にもっていく。

「食べて」

「ありがとう」

「おいしいでしょ」

「ああ」

 彼らは、この味を知っているだろうか。


「あ、じゃあ、あの子、最初はパンだけだったのに、いつのまにやら果物も持ってたのって」

 ああ、とセキエイは頷く、

「誰も彼もが路地裏の子供たちに暴力を振るいたくない。だが、怒らないのも変な話だ。悪いことは悪い、そう教える。だが、気の毒な生まれなのは分かっている。だから、こっそり、食べる分を渡すんだ」

 紅茶を飲み干したセキエイは小さく笑う。

「あの子は最年長なんだろうな。血の繋がらない兄弟のために身体を張っているんだろう」

「その路地裏の子を引き取ることはできない?」

 それも困ったというようにセキエイは笑う。

「酷い話だが、子供だけを奴隷にすることは難しい。子供の更生施設に行けば読み書きなどの一からの教育費がバカにならないんだ。背後の親からなにを言われているのかも分からない」


「困ったね」

「ああ、この国で一番の問題だな」

 明日明後日で変わる話じゃない。

 セキエイのお父さんやお兄さんが、どんな政をしているかしらないが、これを問題として扱っていてくれるといい。

「あ」

 なんとなく思いついて身を乗り出す。

「あの子たちって街から出られないの?」

 えっ、という顔をセキエイはした。

「いや、そんなことは……」

「手癖が悪いなら叱って、どういうことか教えればいい。次の街で、その子たちを奴隷として雇ってもらう人を探す、何かあれば責任は僕たちが負えばいい。親がついてこようとしたら、悪いけど痛い目を見てもらう」

 話しているうちに「犯罪者」なんて言葉はついぞでてこなかったが、

「甘いこと言ってるかもしれないけど、泣いている子供をそのままにしていたら大人はなにをしてあげればいい?」


「……それは」

 甘い。非常に甘い。見通しも悪いし、今後の予定を考えれば遠回りにしかならず、こちら側に得るものがなにひとつない。

 セキエイの顔は渋い。裏路地の子たちのことを考えているのではなく、自分たちのことを考えているのだろう。

 責任を負う、というのは、子供たちがちゃんと奴隷になり、一定の標準を手に入れなければいけない。

 駆け落ちしている自分たちに余裕はないのだから、これは「わがまま」だ。


「あのぅ」

 びくんっと身体が震える。

 二人して言葉を発した人物を見て、胸を撫で下ろす。

 店の中にいた奴隷の子だ。

「ごめんね、長居しちゃって。もう出るよ」

 そう言って立ち上がると、子は首を振って、

「待ってて」と店の中に行ってしまった。


 言われたとおり、待っていると還暦ぐらいだろう。二人が顔を出す。

 は、とレジにいた奴隷と、格好からして調理人みたいな人が現れた。

「ミキルが聞いたと」

 先ほどの話を、このミキルが聞いていたのか、そう思い、目線を合わせようとしたら二人の背に隠れてしまう。さっきは声をかけてくれたのに、本当は引っ込み思案らしい。

「わたしたち奴隷のことを心配してくださってありがとうございます」

 エプロン服の店員が頭を下げ、

「あなたがたの気持ちは、窮地に立たされた奴隷にとっては嬉しいことこの上ない」

 顔を上げて、彼は苦しそうに言う。

「ミキルは路地裏で産まれた子だったんです」

 そして、わたしも裏路地で産まれた子供でした、と。

 ちらりと彼は隣の菓子職人を見て、頭を下げる。

「ハイネッヒ、いつまでも腰が低いままでは商売が甘くなる。背を正せ。おれの場合は、ミキルとハイネッヒがにいたことだ。この二つはな、読み書きや計算など、更生施設のようにたくさんのことを教えてくれる」

 僕はセキエイを見ると、初めて知ったという風に手で口をふさいでいた。

 更生施設だけが彼らを救う手立てではないと言われたのである。

「だが、街ごとじゃあ、金もなにもありゃしねえ。遠くの栄えてる街でもねえかぎりな。子供が一人旅をするなんてありえんし、治安も悪い。だから、子供たちは、この街から出られない」


「じゃあ」

「言っちまえば、子供たちだけを連れ出して、学校と教会がある街につれていけば、あとはとんとんよ。一応、後見人が必要だから、あんたらがいないといけないけどな」

 店主は鼻で息をしながら、一気に言うと僕たちを見る。

「確かにそうですが、更生施設と違って学校と教会は子供たちを守ってくれるのですか。話を聞いていると学校と教会について知らないもので」

 セキエイが言うと、

「……守っちゃくれねえ。親が迎えにきたら帰らなきゃなんねえ、けどよ。親だってこの街から出て旅にできるかと言ったら無理に決まってる」

 店主は鋭い目つきで僕たちを見た。

「アンタら門兵のギャフルに聞いたがイイトコの商人って聞いたぜ」

 話が通っていて鼓動が大きくなる。

「だからよ。みんな連れて行ってくれよ。そっちが明日、出発だって聞いた。他の大人には、子供たちを連れていってくれる人がいるって言うから必要なモンはこっちで仕度する」

 店主は、ははっと枯れた笑い声で目を潤ませていた。

 そうだ、ここの住人たちは、子供たちを哀れだと思っている。

「両親を止めて……」

 堂々と言ってしまえばいいのではないか。セキエイを見ると思案しているのか、指であごを撫でて、きっとどうするべきか考えていはずだ。

 ぱちっとセキエイと目が合う。

「……セキエイ、僕の考えは甘いし、こんなことをしている場合じゃないのも分かっているんだけど、あの子は殴られても文句一つも言わなかった。殴られても仕方ないことをしているって分かっていたからだ。そんな子が、一生、路地裏で生きられないとしたら、僕は「なんであの時」て思う」

 そう思うように「なんでオレがこんな目に合うのか」と子供たちは思っているかもしれない。

 ただ、親がそうだっただけで、人生の大部分を決められてしまう。

 誰かに「そんなことないよ、大丈夫だよ」と言われる人生にさせてあげたい。


「分かった」

 ミキルとハイネッヒは嬉しそうに笑う。

「進めちまったが大変だぜ?」

「店主さんは顔がきくのでは? こんな提案をしてくれたんですから」

 セキエイは、にやりと笑って店主を見ている。それに店主は胸を張って「まあな」と口にした。

「俺たちも急ぐ身なので馬車の用意や街に行くには、準備が」

「あーあー、それな。朝ぐらいには準備ができてんじゃねえかな。馬とかもってっか?」

「飛馬が二頭いますが」

 事情聴取に答えていくと、ふむふむと店長は考えて、

「こういうの一時しのぎだと言ってもよ。やっぱり、やらないよりやる後悔ってやつだよな」

 それにセキエイは「実行役は俺たちですよ」と突っ込む。

「あと俺たちの進路的にはフルクスに行く予定だったんですが」

「道、外れちまうな」

 店主は、少しだけ困った顔をするが、バッと頭を下げた。

「ひでぇこと言ってるのは分かってる。だが、子供たちを連れてってくれねえか。場所は精霊都市ソウロウ、そこに学校と教会がある」

 お願いだ、と店主が頭を下げているとハイネッヒとミキルも頭を下げる。

「あぶないな」

 セキエイが呟くのが聞こえて唇を噛む。

 ミキルと目が合って、この子にも聞こえてしまったのかと思い、一応、困り顔で、顔を見る。


「アキラ」

「なに?」

「昨日、今日より大変なことになる。とくにアキラ、おまえは護身術も呪術も会得していない。ただの人間だ。危ないのは分かるな」

「うん」

「もしかしたら子供たちを置いて逃げるはめになるかもしれないぞ」

 言われて、ぐっと気持ちを抑えつける。

 すう、はあと息を整えて、

「……子供たちを連れて逃げる」

 セキエイが目を閉じて、少しだけ唇を噛んだのが分かった。

「店主、朝までに用意できると言いましたね」

「おう」

「子供たちへの説得は俺たちに任せてはくれませんか」

「そりゃあ……」

 真剣な表情でセキエイは店主に詰め寄る。

「攫うような真似はしたくないんです」

 それは誠実で生意気な街の外からきた不明瞭な人間の言葉だけど、透明人間だからこそ、親の目は届かない。

「わぁった。やるぞ、兄ちゃん」

「はい」

 セキエイと僕の声に、店主の顔が引き締まった。

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