第20話 この世界、米もあるってさ!

 久しぶりの廊下だなあ、と思いつつ、カウンターまで行き、女主人に頭を下げる。

 そうすると彼女は目を細めて、

「歩けるのかい?」とからかう。


「うっ、大丈夫です!」

 小さく叫んで威嚇するとケラケラと笑われて、ぐぬぬと頬を膨らませながら外に出る。

「な?」

 セキエイが、少しばかりうんざりしていた気分が分かり、ふんっと腕を組む。

 確かに自分たちのせいなのだが、他人のネタになるのは、ちょっといただけない。いや、自分たちがいけないだけだったのだが。


 後悔はないので「女将さんいじわるだ」と口にする。

「そうだな」と同意を得て、まあ、こんな奥に店を構えているんだ。面白いものは面白いとからかっているんだろう。

そういえば自分たち以外に客の姿を見てないな、とセキエイに言葉をかけた。


「ああ、鉢合わせしないようにしているらしい」

「できるの?」

「魔術でな」

 あの女主人は、かなりのやり手らしく、この宿屋は逃げ場でもあり隠れ家でもあり、結ばれない恋人同士の宿でもあるらしい。

 その人気度は女主人の魔術で、出会う瞬間を変えるらしい。


 んー、と理解できないできないでいるとセキエイは、とりあえず誰にも会わないよう調整できる、と締めた。

 便利だな、と思うだけにとどめ、宿の扉を開くと青空が広がっているではないか。


「いい天気」

 道は暗くてもでも空は平等だ。

「暑くもなく寒くもなく、いい天気だな」

 そうだ。季節ってどうなんだろう。今のセリフから暑い時も寒い時もあるように言っている。

「季節ってのある?」

「季節?」

 こりゃないのかな。でも、市場のイメージが果実が売ってたり野菜があったり、色とりどりの季節ごとの食べものがあると思っているのでセキエイの顔を見ながら口にしてみた。

「暖かい日が続く、暑い日が続くってな感じに、肌寒く感じる日、寒い日、そんな日々が、あることなんだけど」

 聞いて、ふむ、とセキエイが考える。

「刻み四季のことか?」


「きざみしき」

 繰り返して「しき」だけ「四季」かもと感じて、さらに突っ込む。

「雨も雪もある?」

「アキラの世界での名称と、こちらでは違うのかもしれないな。水が降ってくることを水振り、氷が降ってくることを氷振りという」

 そんな話をしながら小道を抜けて通りに出た。

「暑いと寒いを別けた言葉はないな。麦が取れる日は麦の日々、塩がとれる日をさすなら、塩の日々になる」

「へえ」

 自然に基づいて名前がついてるのかと理解して、

「じゃあ、暑い日は、ただ暑い日なんだ」

「そうだな。それが続くのを一節と刻む。だから刻み四季なんだ」


 そんな話をしながら通りを抜ける。 市場には遠いみたいで、自分たちが偽装した商人や子供が行き来する道路に出た。

 来た時より生活感があって活気がいい。

 ここからさらに市場に行くのかと思えば楽しみは倍になる。


「いい街だね。セキエイは来たことある?」

「いや、初めてだ。王都から出るとしたら貴族たちのパーティや領地の視察だ。そう思うと意外と俺は自分の国を知らないな」

 商人設定で入ってきたのだから、あまりキョロキョロしない方がいいけれど建物も人々も、久しぶりの騒がしさに喜びが増す。


「あ、テントがある」

 見えてきた店らしきものを見つけてセキエイの手を握る。

 だんだんと声も聞こえてきて、腰の痛みも忘れ、早くとセキエイにせがむと笑われた。

「初の世界なんだから当たり前でしょ」

 口を尖らすと「すまないすまない」と手を握り返される。

 見えてきた露店に、心の中が高揚してきて、やらないぞ、と思っていた田舎者の行動をしてしまった。

 思えば商人と言ったのは門兵だけなのだから、身を構えることはない、はずなのである。


 知らないものがたくさん売っていた。


「セ、セキエイ」

 色々と教えてもらいたいのだが、田舎者まっしぐらは、やはりいけないような気がして、都市暮らしに目線を送る。

「果物でも買うか」

 口に出さずとも応えてくれて、果物屋に足を向けた。

 見たことのない形もあるし、りんごみたいな見たことがある果実もある。

「店主、いい品が揃っているな」

「まいど! 嬉しいこと言ってくれるねえ」

「この子は俺のでな。初めて、この街に来たんだ。なにか新鮮なものはないか」


 奴隷!?

 言われて顔をあげる。

「おう、偉いなァ、坊主」

「えっ、あっはいっ」

 坊主という歳に見えるか!? と口に出したいのを我慢する。それよりも、にやにやと笑っているセキエイに抗議の目線を送る。

「そうだなあ、ここいらのだとー、これだな。シーナ。甘くて柔らかいから美味いぞ」

 見た目は洋梨のような果実を渡され、横でセキエイが紙幣を一枚渡している。

「食べてみな」

 店主に言われて歯をたてた。

 感触は桃で、味が梨。口の中で溶けて、全体に甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

「ん」


 美味しい。


「お、坊主、気に入ったか」

「おいひいれふっ」


 その言葉に店主が笑う。

「刻み四季の降りがよくてなあ、果物も野菜も麦や米もいい感じだ」

「ほう、それは。難しい米も実ったのであれば祭りをする街もありそうだ」

 米ッ!? という言葉に顔を上げる。

 この世界、米あるの!? と聞きたいが、今は店主とセキエイが話し込んでいるので、横から聞けないし、第一「米あるの!?」というのは物知らずだ。

 奴隷って言われたとしても、あまりに知らなすぎると怪しまれる。


 聞きたい、聞きたい、聞きたいと渡されたシーナをもぐもぐしながら、こちらの視線に気づかないかとセキエイをちらちら見るが、セキエイは、

「近頃、この辺りはどうだ? こちらに着たばかりで山賊や物盗り事情を知らなくて、少し困っているんだ」

「あー、最近なァ、山賊は近くの街の自警団が一掃したって聞くぜ。フ、フラ、フーギリア? なんて名前の隊長で。物盗りはなァ、先に謝っておくんだが、うちの街にいるんだよ。服がボロいから、周りと違ってすぐに分かる。気をつけろよ」

 セキエイの瞳が鋭くなって「助かる」と言って紙幣を一枚渡した。

 オイオイ、いいんだぜ、というが店主の顔はにやけている。情報量として有益だし、セキエイが渡すのだからいいのだろう。


「坊主、ここいらは、色んな店があっから、たくさん見ていってくれよな」

 芯までペロリと平らげていると、店主が芯の先を持ってゴミ入れと思われるものに入れてくれる。

「ありがとう、店主さん! ねえ、行きましょう、ご主人様!」

 こんにゃろうという気持ちを込めて「ご主人様」と言えば、セキエイの顔が変わって、おろおろし始めた。

 セキエイが始めたご主人様と奴隷ごっこじゃないかと、にやりと笑って、

「わー、あっちも面白そうー」と駆ける。


 そして「うっ」と止まり、

「ご、ご主人様、行きましょう……」と小声で言う。

 腰が痛い。忘れていた。


「じゃあなー」

 果物屋の店主に見送られ、僕はセキエイに介護されながら行くことになったのである。

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