第5話 会い

 これぞ牢屋! 石畳に汚い簡易ベッド、薄い囲いがあるトイレ。

 入れられたのはいいのだけれど、感染病とか出そう。

 なんて僕はベッドの上に座ってため息をついた。


 どこもかしこも言わないが、ここはこんな感じの牢屋なのである。

 テンプレで「ここにいろ」的なことを兵士の人たちに言われて入ってはいるが、非常に暇だ。上着を枕に寝ようかと思ったけれど、そしたらシャツが汚れるので却下した。なので簡易ベッドに座って、背を石壁に預けている最中である。


 それにしても最後の夕焼け色でブロンドな白ローブさまの声を思い出す。

 少ししか聞けなかったけど、セキエイの声に似ていた。

 あっちもそう感じとったのか、僕の名前を呼んだし、これはまさしく異世界転移。


喚ばれてしまったのだ。うだつのあがらない僕が喚ばれたのは不思議だが、今、頭の中にあるのは「処刑されるのかな」「死にたくないなあ」「でも仕事しなくてすむか」「どうしたもんかな」と色々。


 ぼーっとしながら「石畳じゃスプーンで土を掘っていけないな」と昔に見た映画を思い出す。

 どこかに行くつもりはない。脱獄しても知識がない。どう見たってあの人たちの服装は現代日本のものじゃなかったからだ。


 魔物とか言われていたし、さすがに僕がお目当てとは思えない。

 いいや、座ったまま寝てしまえ。と思った瞬間に胸ポケットが震える。

 ビクゥッ! と飛び上がり、携帯を持ってきていたのか、とポケットから取り出すと「セキエイ」という字が見えて、こちらもビクッと身体が跳ねた。


 そうだ、約束の日なのに。今は何時だろう。分からないまま連れられてきてしまったし、着信があるということは業務が終わった……だいたい八時ぐらいか。

 僕は恐る恐る通話ボタンを押すと、

「セキエイ?」

 小さく答える。反響しそうな場所だし、誰か来たら嫌だし、できるだけ携帯なんて不思議アイテムを持っていることを知られたくない。

「……」


 電話の相手――セキエイ――は何も答えず、だまったままだ。

「セキエイ、どうしたの。あの、ごめん、仕事が入っちゃって」

 もう一度、名前を呼ぼうとして、はっと気づく。

 恐らく、外に繋がるだろう廊下の角で白ローブさんが、なにか玉のようなものを持って、多分、気づかれてないと思っているのか上半身を少しだして、こちら窺っていた。


 もう、そうこで気がつく。


「……セキエイ、隠れるの下手でしょ」と角にいる、何かしらも持った人を見る。

 そうすればオロオロと手の中にある玉を落としそうになって抱きしめる。

 白ローブさま、セキエイでいいや。セキエイは玉と籠を持って、周りを気にしながら、こちらに来た。


「本当にアキラなのか?」

「……一応、僕の名前はアキラだよ」

 何度も聞いた声。間違いない。目の前にいるのは「セキエイ」だ。

 部下に見せていた顔から、ぱあっと子供が何かを発見した喜びを表す顔になって、僕は、ちょっとだけ後ろに下がる。


 意外にテンション高い。

「アキラ……確証が持てなくて、そちらのケイタイに繋がるか確かめたかったんだ。よかった、本物のアキラなんだな。会いたかった」

 んっと僕は言葉に詰まる。セキエイが可愛い。そして面食いの僕からして、かなりのイケメンだ。身体も鍛えているのかガッチリしているし、僕を押し倒した姿を想像したら身体が熱くなる。


 いやいやいやと顔を振って、牢屋の鍵を使って入ってきたセキエイに顔を向ける。

「ねえ、セキエイ。多分、セキエイは偉い人だよね。平気?」

 こんなところにいるなんて何か言われないか、問うと、

「大丈夫だ。それよりアキラに会えて嬉しい。触ってもいいか?」


 先ほど見たブロンドの髪に夕焼けを思い出す橙色の瞳、陶器のような肌が僕に触れる。

「黒髪で黒曜石の瞳、大きな目に愛らしい唇。何もかもがい」

 蕩けそうな瞳が僕を見る。

 少し恥ずかしくなって瞳をそらすと「俺を見てくれ」と言われて恐る恐る見れば、やはり、美しいセキエイが目に入って鼓動が激しくなる。


 「セキエイ、何しに来たの?」

 何もかもが我慢できなくて、話題をそらすために籠を指を差す。

 おっという形でセキエイは籠の布を取ると、そこにはパンと水。布と包帯が入っていた。


「これは夕飯に食べてくれ。人払いはしてあるから、ゆっくりでいいぞ。俺が一緒に食べてやれなくてすまない。あと、こっちだが首を怪我しているのを知っているか」

 それに痛かった首に手をあてる。ぬめりという感覚が出てきて、最初は軽く切っただけだと思っていたが、予想以上に深い傷であったらしい。

「囚人の怪我の治療をするのは大丈夫なの?」

「ああ、我が国では奴隷が動力だ、宝だ。市井では最上級の職業だぞ」


 あっ、だからと言ってアキラは奴隷ではないぞ、とおろおろと付け加えてくれたが、僕はへぇと思いながら、伸びてくるセキエイの手に身を任せる。布を僕の首に当て、くるりと巻いて結ぶ。

「ありがとう……セキエイ?」

 暗い顔になったセキエイに目線を向けると、

「俺の発言で、アキラがどうなるか分からないんだ」


 ああ、なるほど、とセキエイは召喚することの責任者だったのだ。

 というよりも、

「セキエイ、ここ、どこ?」

「ここはウスマサ帝国の王城だ」

「へえ、え、王城?」

「俺はウスマサ帝国第二王子セキエイ・キス・ミネラル。この国の王子だ」

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