10年ぶりの扉の外はよく見知ったゲームの世界でした
kamo_f
第1話 招待状
「お疲れ様でした!」
一日が終わる合図は、俺の世界でいちばん甘い呪文だ。ウキウキでタイムカードに打刻し、スキップで駐輪場へ走る。
「う、さみぃ」
かじかんだ指をこすり合わせ、ギアを六まで上げる。いつもはだらだら走る通勤路を、今日は逃走劇みたいに飛ばす。冷たい風が頬を何度も引っかく。チェーンが外れそうでも気にしない。ペダルを強く、早く、さらに踏む。
理由はひとつ。
昼休み、食堂でいつものかけうどんを啜っていたときに通知が鳴った。何気なく画面を見るとそこには見慣れた紋章。そして、信じられない一文。
――プレイヤー名 ギーク 様。
――あなたは『神話対戦2』のβテスターに選ばれました(開発中につき他言無用)。
午後の業務は正直なんも手につかなかった。
これで急がずにいられるかっての。
(全部捧げてきて、本当に良かった)
きっかけは高二。ネットの友達に誘われて始めた『フェアリーオンライン』。みんなが恋や部活や受験で忙しい間、俺はひたすら“ヌル”の海に潜った。卒業後も「早くログインしたい」ただそれだけの理由で、家から近い工場に就職。仕事とゲームの二刀流、そのまま十年。
いっしょに始めた連中はもういないけど、俺はまだここにいる。後悔? 一度もない。
そもそも、『神話対戦』とは――七つの国が浮かぶ世界“ヌル”を舞台に、自由を競うMMORPG。
初回ログインで、中立国家である”ボーダーコモンズ”を除く六国家からランダムで所属が決まり、それに付随して使える能力も固定される。リセマラ禁止、厳格な身分確認。叩かれていたこの仕様は、あるプレイヤーのひと言で神話になった。
「生まれも環境もガチャなんて、人生そのものじゃないか」
その瞬間、国家は“誇り”に変わり、戦いは過熱した。この世界を第二の人生と捉える人間も少なくなかった。
もちろん俺も第二の人生を満喫した。顔も知らない誰かに恋をし、命まで差し出したこともあった。けれど長く続くことはなかった。本来は楽しむはずのゲームが、だんだん義務みたいに感じたからだ。結局は国を抜けボーダーコモンズが管理する冒険者ギルドに加入する。そこからは、個人のレベリングと実績解除、冒険者ランク上げにしか興味がなくなった。
――そして今日。あのメールが届いた。嬉しいなんてもんじゃない。
天国にエレベーターで直行する感覚。テンションが上がりすぎて、父さんにだけはこっそり打ち明けた。返ってきたのは「なんだそれ?」という素朴すぎる返信。いい。分からなくていい。この天国は俺だけのものだ。
だから今日は最速で帰る。“向こう側”が俺を待っている。
「ガチャン」
(やべ、チェーン――)
足元が急に軽い。視界の端で光がにじむ。
目と鼻の先、トラックのヘッドライトが白い壁みたいに広がった。
「プーーーーーーーー!」
「うわああああああああ!」
キィイイイイイ――。
道路にブレーキの悲鳴が突き刺さる。
運転手の横田は血の気が引いた。いま、青年を轢いた――そう思って飛び降りる。
「大丈夫か!」
ぺしゃんこになった自転車。冷や汗が背中を伝う。トラックの下をのぞいても、青年の姿はない。あたりを見回しても、どこにもいない。
遠くでサイレン。一部始終を見ていた誰かが通報したらしい。
それから、警察は夜が白むまで探した。ドラレコも監視カメラも洗った。映っていたのは、青年が“ひゅん”と消える瞬間。
この事件はやがて、都市伝説の棚にしまわれる。
――けれど、それはまた別の話。
――――――――――――――――――
世界“ヌル”の七国家
多民族が混ざり合う最も自由な国:シードレン
職人が多く在籍する創造国家:ルーンガード
水と樹の学園都市を擁する連邦:ニンフロス
独自の武具と結界で戦う少数精鋭:八百万町
霧と沼が守る難攻不落の要塞:ボグホールド
三王家が統べる契約国家:ジン・トリクラ
すべての中立連合、冒険者協会の大本:ボーダーコモンズ
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