第21話 理解するまで時間を置く

 放課後。


 桃瀬さんの言いつけ通りに屋上への階段を登る。


 後ろから数人の男子が着いてこようとする気配はあったけど、階段を登る音は聞こえない。「盗み聞きすんなら勉強しろ!」という声が聞こえたので、他の女子達、たぶん桃瀬さんと仲良しの女子達が止めてくれたようだ。


 足取りは重たい。


 というかぎこちない。


 だって桃瀬さんがあんな圧を出してるのに身に覚えがないから。


(俺、デートの約束なんてしたのか……?)


 記憶を探ろうとするが、今までに思い当たる部分は見つけられない。

 昨日も朝に駅のホームで出会ったくらいだ。

 その後は――教室に行った記憶しかない。


 あれ。


(……駅の後、すぐ教室に行ったっけ?)


 思い出す中で本当にそうだったかと頭が違和感を訴える。

 電車から駅に降りる時、桃瀬さんはたしか怪我をしていたはずだ。

 小さな怪我だったけど、保健室に向かうよう言ったのではなかったか?


 最近、何度かある現象だ。


 記憶にもやが掛かっていたり、欠けていたりする。


 俺の認識に間違いがあるような気がする。


(……まさか?)


 屋上へ辿り着いた。

 桃瀬さんがいつもの場所で手を振っている。


「ほなみん。呼び出してごめんね」

「いや謝らないで……たぶんこっちが悪いから……」


 桃瀬さんは俺の言い分に少し安堵したような顔で、スマホを見せてきた。

 映っているのは俺とのメッセージの履歴だ。


「これ、ほなみんが送ったやつ?」

「……違うね」


 書かれていたのは『ごめん。予定があってデートには行けなくなった』という謝罪。

 もちろん、俺は全く身に覚えがない。自分のスマホを見ても、そんな痕跡は残っていない。答えに窮している俺を見て桃瀬さんは頷いた。


「……やっぱり、ほなみんじゃないよね」


 その通り、俺ではなかった。

 俺じゃないという事が判明すると、一つの疑問が浮かぶ。


 じゃあ、誰がやったの?


(……おいおい)


 半ば以上、犯人の目星はついてしまっていた。

 もう非常に気が重い。


「……ごめん。ちなみにこのデート、いつの予定だった?」

「テスト終わった後の日曜日だよ」

「……そうかぁ」


 だいぶ頭を抱えたかった。

 その日の予定を組んだのは、ここにはいない幼馴染である。

 いや、実際には組んでないのかもしれないけど。


(お前、マジで何してんだ……)


 思わずため息が漏れてしまう。

 今回は間違いなくライン越えである。


 俺は基本的にはミオに甘い。

 その自覚はある。あいつが俺に何かをする分には、まだ許せると思う。


(でも人に迷惑をかけるのはだめだろ……)


「……ほなみん」


 沈んだ気持ちになっていたところに、桃瀬さんの声が掛かった。


「わたしは、犯人が誰かとかはどうでもいいんだ。ほなみんの意思じゃないってことだけわかれば別に」

「……うん。俺の意思ではない」

「じゃあ……改めて、わたしとデートしてくれますか?」


 手が差し伸べられる。申し訳ない気持ちでその手を取った。


「……ごめん。行こう」

「日にちどうする? 別の日でもわたしは大丈夫だけど」

「いや……同じ日で大丈夫」

「りょーかい」


 桃瀬さんは普段通りの雰囲気で笑ってくれる。

 優しい人だ。

 しかも断られてから俺に真っすぐ聞きに来るなんて強さもある。

 同時にミオへの疑問も浮かんだ。


 ……ミオはなんでこんなことしたんだ?


 元々、他人に迷惑をかけるなんてする奴じゃないのに。



 ……というか、どうやってやった?



 ◇



 家に帰る。

 今日はミオの家ではなくて、自分の家に帰った。

 本当なら面と向かって問いただしたいわけだが、そうもできない事情がある。


(何されてるかわかんないんだよな……)


 ここまでの事件はかなり珍しい部類だ。前に『えっちな気分になる音波を出すアプリ』を発明品として使ってきた時は消せと言ったが、その時よりも効力が強そうに思う。


(俺に何をしたんだ?)


 今回、『桃瀬さんとのデート』の記憶が『ミオとのデート』に置き換わっていた。

 単純に予定表をいじったわけじゃない。

 俺の認識自体も変わっている。


 そんな頭の中をいじるような事が本当にできるんだろうか?

 普通は無理だ。

 けどミオなら……どうなんだろう。

 できないとは言い切れない。


 今日、東雲家に行かないことについてミオにはメッセージを送る。



『ミオ。お前、俺に何かやってるだろ』

『俺にならまだ構わないけど、他の人に迷惑をかけるのはだめだ』

『何されてるかわからないから、しばらくお前の家に行かないことにした』

『具体的なことは今度聞いて叱るから覚悟しておくように』

『出前は頼んでおくからご飯は食べること』

『あと風呂入れ。夜更かしはやめろ』

『以上』



「ふう……」


 送り切ってから、既読が付いた。

 すぐに通話が飛んでくる。でも出ない。

 メッセージもめっちゃ来るが、ひとまずはスルーする。


 無いとは思うが、音声やら文字列やらで何かされてる可能性がある。

 少しの間、ミオと一切の連絡を絶つべきだ。


(頼むぞマジで)


 正直、ミオと離れるのは結構な不安がある。

 あいつ生活能力ないし。

 家を出ることもできないし。


 数か月前、俺と一緒に家を出れるか試して、玄関前で吐き散らかしていたのを覚えている。


 あいつは何かを作ることに関して天才だけど、それ以外は全てポンコツ以下だ。


(一応、母さんには様子を見に行ってもらおう)


 ミオには反省を望んでいる。

 見捨てる選択肢は俺の中にはない。

 中学時代の後悔があるから、ミオから離れることは考えていない。


(頼む……これで反省してくれ)


 呆れと祈るような気持ちで、ミオのアカウントをブロックする。

 そうして頭の中が散らかった気分のまま、ベッドに身を投げ出した。











◆『東雲ミオ』



 薄暗い部屋でベッドの隅に体を丸めるようにして座っている。


(私が悪い)

(私が悪い)

(私が悪い)


 傍には画面が開いたままのスマートフォンが落ちている。

 返信の来ない幼馴染との一方的なメッセージのやり取りが映っている。

 虚空を見つめて自罰的な思考をループさせながら、微動だにせず座っている。


(私が悪い……)


 しばらくずっとそうしたままでいて。


 深夜近くにようやく、流れるままにしていた涙を指の腹で拭った。


(でも……まだ、終わりじゃない)


 傍らに落ちていたスマートフォンを、もう一度手に取る。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る