第八章 破壊の剣

 痴漢獣人ガルフは頭をダイアモンド・タートルに向けて、全速力で滑り込んでくる。なのに、アホ女グレースは、俺に偶然、胸を触られたことで守備を忘れてウットリし、ガキンチョアイラは、ただただアタフタしている。加えて、周囲には心配げに見守る獣人達。俺得意の破壊魔法は範囲が広すぎて使えない。


 俺は、前の異世界アンゴラモティスで一度も経験しなかった苦境に陥っていた。剣でダイアモンド・タートルの甲羅を叩き割るのは不可能に近い。かといって、ガルフを叩き殺すことも出来ない。


 ――アレを、やるしかねーな。


 俺は鎖に縛られたダイアモンド・タートルに視線を向け、剣を大上段に構えた。危険を感じたのか、ダイアモンド・タートルが更に手足と頭部を深く甲羅に引っ込める。


「あっ!! これだと、ガルフが突っ込んで来ても、食べられないのでは!?」


 アイラが叫ぶが、ヘッドスライディングしながらガルフが哄笑する。


「甘いわ!! 穴の部分を狙って、頭部を突っ込みッ!! 自殺してやるゥゥゥッ!!」

「ガルフの奴、あんなこと言ってるぜ、マコト!」


 ガルフをブッ殺したい気持ちを抑えつつ、俺は掲げた剣に集中する。頭の中でイメージするのは、破壊の魔力を込めた黒球こっきゅうではなく、剣を覆う破壊のオーラだ。


 そう。俺は『魔法剣』を発動しようとしていた。ただの魔法剣ではない。破壊魔法と合わせた『破壊魔法剣』だ。前の世界で何度か試したが、一度も成功したことはない。それでも、やらなければならない。ガルフの為ではなく、俺の未来の為に。


 黒き破壊のオーラが、掲げた俺の剣を包み始めた。魔法剣で重要なのは、付与する魔法の比率である。高ければ高いほど良いという、単純なものではない。100%の破壊のオーラを送り込めば、剣は瞬時に壊れてしまう。かといって、比率が低ければ、ダイアモンド・タートルを倒す威力が得られない。魔法剣の発動には、剣の耐久度を推し量る武器知識、敵の防御力を推察する戦闘経験、更には、ハイレベルな魔法調整力が必要なのだ。


 ――破壊オーラは40%! これで、いく!


 ダイアの甲羅を叩き割れるラインと、前の異世界攻略終盤で手に入れた剣の耐久度を瞬時に推し量り、そう決めた。迫るガルフを視界に入れつつ、俺は冷静かつ急速に、剣を破壊のオーラでコーティングしていく。


 35%……36%……。魔法調整の代償で、俺の腕がビキビキと痛む。その時、不意に『ピシッ』と、剣から微かな音がした。俺は破壊のオーラを送るのを即時中止する。


 ――39%! ここが限界か!


 40%に僅かに満たなかったが、俺の予測では充分、ダイアの甲羅を破壊できるオーラを送り込めたと思う。もし仮に、40%にこだわっていれば、剣は壊れていただろう。それ程のギリギリの調整なのだ。自分でいうのも何だが、こんなことが出来るのは俺くらいだろう。


 そして、気付けばガルフは目前。またしても「うおおおお!! いっけえええええええ!!」とアホみたいに叫んでいる。


 こんな奴の為に、前回の魔王戦でも見せなかったハイレベルな技を使うことに腹立たしさを覚える。このまま魔法剣を、ガルフに叩き付けてやりたい。だが、ガルフが死ねば、元も子もないので、俺はグッと堪えて振り返り、ダイアモンド・タートルに視線を向けた。


「破壊魔法剣『デストラ・ソード』!」


 叫びながら、破壊のオーラでコーティングされた剣を、ダイアの甲羅に全力で叩き付ける。剣戟けんげきの音とは異なるガラスを壊すような破砕音が鳴り響いた。破壊魔法の力を宿した一撃によって、ダイアモンド・タートルは甲羅ごとドット化して分散。空気に溶けるようにして消えた。


 グレースが感嘆の声をあげた。


「たった一撃で跡形も無く、消えちまったぜ!」

「す、すごいのです……!」


 アイラもまた、素直に俺の魔法剣を称賛するが、俺は剣を杖にしていた。両腕の痛みと精神疲労で、立っているのも、やっとだったのだ。


 一方、ガルフは何もない空間に『ズザザザ』と、ヘッドスライディングしていた。しばらく、そのままの状態で地面に顔を伏せていたガルフは、ダイアモンド・タートルが消えたことに気付くと、悔しそうに歯噛みした。


「ぐうっ! これではもう『いっけええええ』出来ぬ!!」

「すんな、二度と!! ボケ!!」


 俺はガルフに大声で叫ぶ。それでもガルフは俯いたまま、ずっと何かブツブツ言っている。


 コイツ、マジで気持ち悪りーな、と思っていると、アイラが何処からか、水の入った大きなタライをヨタヨタと歩きながら持ってきた。


「これでガルフを正気に戻すです」


 古風だが、冷水を浴びせるのは効果的だと思った。しかしアイラは、ガルフの頭部に、水の入ったタライごと叩き付ける。「うがぁ」とガルフが声を上げた。


「タライごと、いくのかよ。お前、結構ムチャしやがんな……」


 俺は呟くが、アイラは悪びれもなく、淡々とガルフに話し掛ける。


「どうですか、ガルフ?」

「はっ!? わ、我は一体、何を……!?」


 タライの衝撃と水の冷たさで、ようやくガルフは正気に戻ったようだ。申し訳なさげに、俺達に頭を下げてくる。


「申し訳ない。取り乱してしまったようだ」

「ガルフ。どうして自殺なんかしようとしたです?」


 すると、ガルフは俺の方をチラチラ見ながら言う。


「勇者殿に嫌われたと思ったら、何もかもが一気に嫌になって……生きる気力を失ってしまったのだ……」


 俯くガルフ。俺の隣では、グレースが腕組みをして「うんうん」と頷いていた。


「ガルフの気持ち、分かるぜ。それで、亀に頭から行っちまったんだな?」

「ああ。亀頭でイッてしまった」

「それじゃ意味、変わってくんだろ。やめろ」


 俺はぼそりと呟くようにツッコむ。本当は大声で怒鳴りたいが、また面倒なことになったらイヤだからだ。


 その後、静かに黙りこくるガルフ。気まずい時間が流れた。やがて、グレースが俺に耳打ちする。


「なぁ、マコト。仲間にしねえとガルフの奴、きっとまた自殺するぜ」


 同類のグレースが言うなら、その通りなのかも知れない。しかし……。


 俺はアイラを手招きして、ガルフに聞こえないようにコソコソ喋る。


「あのさ。このまま俺達と別れた後、ガルフが勝手に自殺しても大丈夫だよな?」


 アイラは水晶玉を取り出し、電話するように時の女神と通信し始めた。しばらくしてから、首を横に振る。


「自殺の原因にマコトが大きく関わっている以上、ダメみたいなのです」

「じゃあ、仲間にするしかねーのか……!」


 鉛を飲み込んだように重い気分だった。グレースは基本的に、ただの死にたがりだが、ガルフはBLびえろうとする上、死にたがり。それに戦闘力もある。


 ――コイツが一番、厄介じゃねーか!


 一番頼りになると思った仲間は、一番面倒な奴だった。そう思った瞬間、ガルフは、いきなり面倒くさいところを存分に見せてくる。


「微かに話が聞こえたのだが……我が自殺すると、勇者殿に何かあるのか?」


 コソコソ話していたのだが、獣人なので耳が良く、聞こえてしまったらしい。俺は、はぐらかそうとしたが、


「ああ。それはさあ――」


 グレースが口を滑らせた。俺が額を手で押さえている間に、ガルフは話を聞き終わって、にやりと笑う。


「ほう。我らが自殺したら、勇者殿が酷い目に遭う訳か」


 そして、自信を回復したかのように胸を張って俺に近付いてきた。


「我は、勇者殿の仲間! それはつまり、付き合ってくれるということだな?」

「んな訳ねーだろ。ただの仲間だ。ソレ以下でもソレ以上でもねー」

「へー。そうなんだ。だったらわれ、死んじゃおっかなー?」

「コ、コイツ……!」


 ――弱み握った感じになりやがって!


 怒りで俺は拳を握り締める。だが、思いも寄らない助け船が突然やってくる。


「おい! いい加減にしろよ、ガルフ!」


 ガルフも、そして俺もアイラも驚いて、グレースを見た。腕組みしながら、グレースは鋭い目をガルフに向けている。


「マコトが困ってるだろ! ホントにマコトのことが好きだったら、そういうことしちゃダメだ!」


 グレースがガルフを叱るという、まさかの展開。ガルフもグレースの正論に面食らったのか、初めて出会った時の真面目な顔付きに戻っていた。


「た、確かに、グレース殿の仰る通りだ。だ、だが、我は我の気持ちを抑えられん! 勇者殿と付き合いたいし、勇者殿のイチモツが触りたいのだッ!」

「アタシらは世界を救う勇者のパーティなんだぜ? そういう個人的な気持ちは抑えなきゃ。アタシだって、触ってみたいけどさ」


 ガルフが押し黙る。そして、俺はグレースをほんの少しだけ見直していた。最後の方、変なこと言ったような気もするが。


 ガルフは、眉間に皺を寄せて俯いている。理性的に理解できるが、感情的に納得できないようだ。


 グレースが俺の肩に手を置いて、ニコッと明るく笑う。


「なあ、マコト。ガルフと二人きりで、喋っていいか?」

「そりゃー、全然良いけどよ」

「マコト。グレースさんに任せてみるのです」


 アイラも俺に目配せした。俺はグレースに頷き、アイラと一緒にテントを出る。


 テントから少し離れたところで、アイラが明るい声を出す。


「きっとグレースさんなら、ガルフの気持ちが分かるのです!」

「ま、似たもの同士だからな」


 すぐ自殺する二人である。感覚的に近いものがあるのは間違いない。俺が耳を澄ますと、テントでは何かボソボソ喋っている声が聞こえる。グレースがガルフを説得しているのだろう。


「グレースの奴、弱いけど、こういう時は使えるなー」


 俺は本心から、そう呟いた。実際は、当初の予定と逆。死にたがりのグレースを、大人っぽいガルフがどうにかしてくれると思っていたのだが。


 俺が呆れていると、アイラが楽しげに言う。


「マコト! テントが静かになったのです!」

「うまくいったみてーだな」

「行ってみるのです!」

「ああ」


 俺はテントに入り――そして、絶句する。


 テントのはりの部分に、グレースのモーニング・スターが巻き付けられていた。長い鎖の部分を使い、ガルフとグレースは二人仲良く首を吊り、ブラブラと揺れている。


「なんでェ!?」


 俺は前の異世界で一度も出さなかった奇声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る