第一章 死なせすぎ

 輝く二つの太陽。立ち並ぶ流線型の建物。塵一つなく整備された道路を歩くのは、頭に輪っかの付いた天使達。近未来とファンタジーが入り混じったような街並みが、俺の眼前に広がっている。


 此処は、神々や天使の住む神界。そして俺は今、その中心部にある大神殿へと向かっていた。


『よくぞ、異世界アンゴラモティスを救いましたね』『いやいや。当然のことをしたまでっすよ』


 脳内で、女神に褒められている様子をシミュレーションしつつ、ハッと気付く。


 ――『願い事』ハッキリ決めとかねーとな。


 三ヶ月前、日本で交通事故死した筈の俺はこの神界にいて、美しい女神から、異世界アンゴラモティスの救済を命じられた。その時、女神は俺に、もし異世界を救えたら願い事を何でも一つ叶えると告げたのだ。


 急展開に面食らった俺だったが、異世界アンゴラモティスに着いてすぐ、動揺は高揚感へと変わった。俺には世界を救う勇者に相応しい能力が備わっていた。モンスターをバッタバッタとなぎ倒し、無双できたのだ。そして、短期間で異世界アンゴラモティスを救うことができた。


 ――高校の途中で転生しちゃったもんなー。交通事故で死ななかったことにして、もう一回やり直すか。今度はちゃんと大学に行ってキャンパスライフを……待て待て。何でも願いが叶うんだから、もっと欲張っても良いんじゃねーか。


 考えながら、神界の服屋の前で立ち止まり、ショーウインドウに映る自分を眺めた。


 異世界救済帰りの俺は、高価な鎧を身に付けていた。神界にそぐわない中世ヨーロッパ風の格好だが、我ながら似合っていると思う。染めてないので根元が黒くなってきたが、ショートヘアの金髪も気に入っているし、顔だって悪くない。


 こんな感じで、俺は自己肯定感が高い方なのだが……。


 俺はショーウインドウの向こう、お洒落な服をまとったマネキンを見上げた。スラリと伸びた、長い手足を睨みながら。


 俺の唯一の欠点。それは、女子平均と大差のない身長だった。


 ――決めた! 次は日本で高身長アイドルに生まれ変わろう!


 俺は夢を膨らませつつ、早足で大神殿へと歩いた。




久世誠くぜ まことさん。異世界アンゴラモティスの救済、お疲れ様でした」


 純白のドレスをまとった『時の女神』は、初めて会った時と同じ優しい笑顔で俺を出迎えた。整った顔と、モデルのようなルックス。女神と呼ぶに相応しい容姿で、文字通り神々しい。


「いやいや。当然のことをしたまでっすよ」


 俺は、シミュレーション通りの返答をした。彼女は以前、交通事故で死んだばかりの俺に『時の女神』だと名乗った。そして、異世界を救えば、交通事故に遭う前に時を戻すことも可能だと言って、俺を安心させてくれたのだ。初めて会った時は流石にテンパったが、今は学校の先生と話すくらいに慣れている。


 ただ、前回と違うことがあって、俺の視線は時の女神の隣に固定されていた。


 時の女神の傍には、見知らぬ幼女が佇んでいた。同じようにドレスを身につけ、高貴な格好をしているが、幼稚園児っぽいルックスのせいで七五三のようである。


 俺が幼女を眺めていることに気付いたのか、時の女神が言う。


「こちらは時の女神代行のアイラです」

「代行? 何で……ああ、新人教育みたいなもん?」

「そのようなところです。これからの話は、私に代わってアイラが説明します」


 クリクリした大きな目に、パーマがかったクルクルの赤毛。アイラは、ぬいぐるみが良く似合いそうな愛らしい幼女である。


 俺は小さな子に話し掛けるように、膝を屈めて笑顔で言う。


「じゃあ、願い事なんだけどさ。場所は次も日本で、高身長アイドルに――」


 言っている途中で俺は気付く。アイラは愛らしい外見と裏腹に、眉間に激しく皺を寄せて俺を睨んでいた。


「クゼ……マコトォ……!」


 甲高い声で、ゆっくり俺のフルネームを呟く。魔王よりも恐ろしい顔付きで。


「七百七十七……何の数字か分かりますですか?」


 そして突然の質問。俺は感じたままに即答する。


「ラッキーナンバーだろ」

「違うのです!」


 アイラは『だん!』と、小さな足で神殿の床を踏んだ。そして、顔を真っ赤にして大声を出す。


「七百七十七人! お前が異世界アンゴラモティスで犠牲にした人の数なのです!」


 絶句する俺に構わず、アイラは泡を飛ばす勢いで言葉を続ける。


「魔王を魔王城ごと破壊しましたですね? そのせいで、近くで待機していた兵士達の何人かが巻き込まれて犠牲になったのです! それだけではないのです! 強烈すぎる魔法のせいで、今後十数年、あの地では作物が育たなくなりました!」

「い、いやだって、魔王を滅ぼすには、あのくらいしねーと……」

「魔王戦だけではないのです! 通常戦闘でも、お前のせいで犠牲になった人が沢山いたのです!」


 言われて、アンゴラモティスでのバトルを思い返す。剣より魔法の才能があった俺は、独自に開発した破壊魔法を使い、魔王軍を蹴散らしていった。そして、俺が敵とバトルした後は大抵、その場は焼け野原となっていた。


「お前が巻き込んだ人達のことも顧みず、ヘラヘラして何が『高身長アイドル』ですか! ふざけるのも、いい加減にしろなのです!」

「ぐっ!」


 俺が歯噛みすると、時の女神がこほんと咳払いした。


「アイラ。『お前』ではなく『マコト』です」


 時の女神に軽くたしなめられて、ようやくアイラは口を閉ざした。一方、俺のこめかみは、さっきからヒクヒクしっぱなしだ。


 ――何だ、コイツ! 俺だって、困った人達を救うって気持ちで頑張ってたのによー!


 俺は自分の力を誇示する為に破壊魔法を使っていた訳ではない。楽に魔王を倒せはしたが、それは強力な破壊魔法があったから。剣技だけでは、どうなっていたか分からない。


 好き放題言われてムカついていたが、外見は幼女のアイラに対して怒鳴り散らすことはしなかった。俺は逆に落ち着いた態度で、小馬鹿にするような目をアイラに向けてやる。


「見かけ通り、ガキンチョだな」

「はぁっ!? 誰がガキンチョなのです!!」

「お前だよ。戦争を見てみろ。誰も死なねーで、勝つなんてありえねー。多少の犠牲は仕方ねーだろが。大体、俺が魔王を倒さなきゃ、何百万って人間が死んでた筈だ」

「許せないのです! 全く反省がないのです! マコトは最低の勇者なのです! いや、マコトなんか勇者じゃないのです! アイラはマコトが大嫌いなのです!」

「こ、このガキ……!」


 平静を装っていたが、畳みかけられるように罵倒され、流石にブチ切れ寸前になった。だが、またも時の女神が間に入ってくる。


「落ち着きなさい、アイラ。マコトも『ガキ』ではなく『アイラ』と呼んであげてください」


 俺は自分を落ち着かせる為に大きく深呼吸し、無理矢理に笑顔を繕った。


「はいはい。アイラね。うん。異世界の奴らの方が、アイラよりずっと大人だったわ。皆、俺が魔王を倒したら、喜んでたからな」

「喜んでた……? これを見ても、そんなことが言えますですか!」


 アイラは何処からか大きな水晶玉を取り出すと、俺の目の前にズイと突き出す。


 大きめの水晶玉は、モニターのように風景を映していた。見慣れた異世界アンゴラモティスの町の風景だ。広場には鎧をまとった俺がいて、その周りを沢山の人々が囲っている。


「お。これって、俺が魔王を倒して『始まりの町』に凱旋した時の映像か」


 こういうことができるのも、時の女神の力なのだろう。それはさておき、俺はにやりと笑って、水晶玉を指さした。


「ほら、見ろ。拍手して喜んでるだろ」

「どこがなのです! 皆、し目がちなのです!」

「え。伏し目がち……?」


 アイラに言われて、水晶玉に映った老若男女をまじまじと眺める。あの時は浮かれていて気付かなかったが、確かに皆、挙動不審。俯いていたり、俺から目を逸らしていた。聞こえる拍手もまばらだし、ほぼ全員が、ぎこちない笑みを浮かべている。


 アイラが俺を睨みながら、大声で叫ぶ。


「マコトがやらかした被害や犠牲者が多くて、素直に喜べないのです! だから皆、伏し目がちなのです!」


 図星を突かれて焦りながらも、俺は反論する。


「ふ、伏し目がちでも喜んでたっ!」

「伏し目がちで心の底から喜ぶ人間なんていないのです! あと、伏し目がち伏し目がちって何回言うですか!」

「お前が言い出したんだろ!!」


 互いにガルルと睨み合うと、時の女神が「こほん」と咳払いした。


 俺は軽く頭を振ってからアイラを無視して、時の女神に話し掛けた。


「もういいや。とにかく言われた通り、異世界救ったろ。願い、叶えてくれよ」

「無論、世界を救った功績は認めます。しかし、アナタの願いは叶えられません」

「ええっ!? 何で!?」

「アイラの言う通り、巻き込んだ犠牲者が多くて、それが神の法に触れているのです」


「フッ」と薄い笑い声が聞こえて、俺は振り返る。アイラは『ざまぁ』を、100%的確に具現化した表情を浮かべていた。


 俺は時の女神に向き直る。


「結果として、俺は百万人以上救ってる筈だ! それに比べりゃ、たかが七百人くらい何だってんだ! 簡単な算数だろ!」


 アイラが何か言おうとしたが、女神は制止するように手を差し伸べてから言う。


「世界を救った点は確かにプラス要素。しかし、犠牲者を出したことはマイナス要素として、公正に考えております。故に、願いは叶えられませんが、転生自体は滞りなく行われます」

「じゃあ、日本に戻るだけってことかよ。頑張って世界、救ったってのに……」


 結局は元通りの高校生活。努力と結果が見合わないと、ふて腐れる俺。だが、時の女神は衝撃的なことを言う。


「ハッキリ言います。アナタは人間に転生できません」

「……は?」

「アナタの次の転生は生物でなく、鉱物でもありません。人工物です」

「じ、じ、じ、人工物!? おいおい!! まさか自販機とか言うんじゃねーだろな!!」


 日本にいた時、そんな異世界ものがあったことを思い出して、半ば冗談めかしてそう言ったが、女神は真剣な顔付きで言う。


「久世誠さん。アナタは、空き缶のフタとして転生します」

「自販機どころか、中身だった!! しかもプルタブ!?」

「厳密に言えば、切り離しタイプのプルタブです」

「それ、最近見なくない!?」


 狼狽しまくりの俺と対照的に、アイラはニヤニヤしていた。


「自分がどれ程のことをしでかしたか、これで分かりましたですか?」

「お前は黙ってろ! ってか、いくら何でもマイナス要素、多すぎだろ! プラス要素は何処行ったんだよ!」

「話は最後まで聞いてください。世界を救ったという事実を鑑みて、アナタには恩赦があります」

「恩赦ってとこが、もう犯罪者扱いなんだが……!」

「もう一度、別の異世界を救って頂きたいのです。そうすればプルタブ転生は免除いたします」

「また!? 帰ってきたばっかなのに!!」

「恩赦はまだあります。次の異世界リヴァサイスは、救世難度の高い異世界なので、現在の能力を引き継いだままでOKです」

「エッ。マジで? レベルMAXのままってこと? じゃあ楽勝じゃん」

「ただ、前回には無かった条件もあります。異世界リヴァサイスではアナタの目の前で決して『人を死なせないこと』。その為に、こちらのアイラが監視役兼、時の女神代行として付き添います」

「えー!? ヤだよ、こんなガキと!! 俺一人でいいって!!」

「アイラだってイヤなのです!! でも、監視役だから仕方ないのです!!」

「どうしてもお嫌ならば、プルタブ転生が確定になりますが……」

「ま、待て待て待て! やらないとは言ってねーだろ!」


 全然、納得はいかないが、選択肢は一つしかない。来世がプルタブになりたい奴など何処にいる。


 大きな溜め息を吐いて、俺は時の女神に尋ねる。


「成功したら、今度こそ願い、叶えてくれるんだろーな?」

「はい。アナタの願い『日本で高身長アイドル』を叶えましょう」

「クソみたいな願いなのです」

「うっせー。クソガキ」

「なっ!? クソなんて汚い言葉使うな、なのです!」

「だから、お前が先に言ったんだろが!」


 こうして、誰も死なせられない俺の異世界救済(二回目。クソガキ付き)が、始まるのであった。

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