青春合心オウカカイザー

さかいひけず

第1話「奪われた平穏」

 鋼鉄の前腕がその持ち主たる巨人から離れ、轟音と炎を吐きながら飛ぶ。突如放たれた一見非合理的な一撃。それは目標である巨大な怪物を激しく打ちのめし、隣接したビル数棟すうむねごと吹き飛ばした。


「……ロケットパンチ?」


 10代半ばと思しき少年は風塵ふうじんを腕で防ぐと、見たそのままを口にする。人々に襲いかかろうとした怪物が空飛ぶ拳にたおされる……まるでレトロなロボットアニメだ。しかし、どんな映像技術をもってしても、この迫力を超えることはできないだろう。


「ショウ! 大丈夫? 怪我けがしてない⁉」


 右上腕を天に向け、戻ってきた前腕を迎える巨大ロボット。その勇姿から聞こえるのは愛らしい少女の声だ。何故ここで彼女の声が聞こえるのか? 疑問が浮かぶ中、ショウと呼ばれた少年は叫ぶ。


「大丈夫‼ マキも無事だったんだな!」


 喜びと戸惑とまどいが同居した奇妙な声色こわいろだが無理もない。

 ……マキと呼ばれた少女は1か月前、東京で亡くなったはずなのだから。





「来週に東京?」


 さかのぼること1か月余り、8月。ショウは顔を上げると、マキの言葉にそう返した。地方に住む人々にとって東京とはテレビやネットを通して見知るもので、実際に行く機会は少ない。


「そう、東京! おじいちゃんが合格のお祝いしてくれるんだ」


 マキは繰り返し、ショウの言葉を肯定こうていする。そして、どこかばつの悪そうな様子でこう続けた。


「ごめんね。お母さんと2人だけで急に……おじいちゃんも忙しくて、どうしても今じゃないといけないらしいの」

「いや、驚きはしたけど大丈夫。それより……」


 ショウはマキの懸念けねんを否定すると、続ける言葉に困った。ストレートな物言いは彼の好むものではない。


「それより?」

「……合格のお祝いは気が早すぎないか? 俺もそうだけど、まだ何も決まってないんだし」

「うっ……」


 その言葉に分かりやすくショックを受けるマキ。彼女の第一志望は東京の進学校。マキの中学3年間の成績に対して合格のハードルはやや高い。


「だ、大丈夫! 前祝まえいわいってやつだよ。合格祈願! みたいな?」

「はいはい、祈願もいいけど、まずはしっかり勉強しような」

「は~い……」


 実のところお祝いというのはマキの祖父が彼女らを呼ぶ口実こうじつなのだろうとショウは考えた。彼は偉人だが同時に変人でもある。

 再び視線を落とし、黙々もくもくじゅくの課題をこなす2人。時々マキが疑問を問いかけ、ショウはそれに丁寧ていねいに答える。集中していると時間が経つのは早く、あっという間に1時間が経った。


「ねえ、ショウ」

「なに?」

「……軍学校に行くのは、お父さんが軍の人だから?」


 マキの父は地球連邦軍ちきゅうれんぽうぐん大佐たいさで日本中を転々とする生活を送っている。家にいる時間は一般家庭の父親に比べ、とても少なかった。


「……いろいろかな。こんな時代だし、士官になればどこでも食っていけるだろ」


 ショウは少し黙ったあと、そう返事をする。細部や状況は違えど、この1年の間に何度もしたやりとりだった。就労先に困らなくて済むという動機は嘘ではないが、それだけではない。しかしショウは上手く言葉にできないでいた。


「……そっか、そうだよね。ごめんね何度も」


 マキは張りのない声で謝罪しゃざいする。集中していたが故の沈黙ちんもくとはまた違う気まずい空気が流れ、耐えかねたショウが口を開いた。


「いやいいよ。俺のほうこそ毎度いい加減な返事でごめん」

「ううん、そんなことないよ」


 困ったように笑いながらショウに非はないと告げるマキ。この笑顔も軍学校に入れば見られなくなる。ショウはそう思うと決意がわずかに揺らぐ気がした。おそらくマキも引き止めたくて何度も聞いているのだろう。

 2人とも軍人が生半なまなかな覚悟で務まるものではないと同じ父を見て知っていた。マキにとって実父じっぷである彼はショウにとっては義父にあたる。

 ショウの両親は6年前、テロの犠牲ぎせいとなってこの世を去っていた。


「ショウ……?」


 マキが心配そうな声をらす。彼女の笑顔をながめるうちに、ついつい考え込んでしまったらしい。


「……ごめん。試験のこと考えてた」


 笑顔を惜しんでいた、などとはとても言えず適当にごまかすショウ。幸いマキは信じてくれたようで、こくこくとうなずいた。


「来週だもんね……緊張する?」

「ちょっとね」


 軍学校の試験は早い。学ぶ内容の特異性であったり全寮制であることから、学校側の準備を十分に整えるためとされていた。が、それにしても早い。

 マキは再び頷くと、そっとショウの右手を両手で包んだ。


「あっ……」

「大丈夫だよ。ショウなら絶対合格だって」


 2人の仲とはいえ流石にこれは恥ずかしい。ショウは頬をわずかに染めるが、平然をよそおい言い返す。


「マキ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺たちもう中3なんだから……」

「あはは。そうだね、ごめんね」


 マキは謝るものの手は離さない。ショウも無理に振りほどくようなことはしない。

 ……この時、2人はまったく想像していなかった。こうして触れ合えることが、どれだけ貴重で壊れやすいものなのかを。





 それから1週間後。ショウは無事に試験を終え、会場をあとにする。……が、どうも周囲が騒がしい。嫌な予感がしたショウがスマートフォンの電源を入れると、アプリがすさまじい数の通知を表示した。


「東京で大規模テロ発生。死傷者多数」

「テロリストの目的はPM(ピースメーカーの略称。巨大ロボット兵器の意)の強奪か。桜木工学研究所にも被害」


 青ざめ、その情報の真偽しんぎを確かめるべく通知を遡るショウ。すると彼のチャットアプリに1つの動画ファイルが送信されているのが分かった。送り主は「桜木真紀奈」。ショウは震える指で再生ボタンをタップする。

 停電した室内らしき、とても暗い画面が映る。苦しげな呼吸音も聞こえた。


「ショウ……聞こえる? 私は無事だよ。ちょっと怪我しちゃったけど、すぐに助けがくると思う……」


 画面は暗いままだ。アウトカメラで撮影されていることに気づいていないのだろう。それはつまり……彼女の目がほとんど見えていないことを意味していた。


「……ショウのことだから心配してると思って動画を撮りました。私は平気だからね……にぃ~」


 彼女の笑顔をショウは想像する。精一杯の強がりと、それをもってしても隠せない苦痛と恐怖がにじんだ笑顔を。


「電池切れちゃうから……またね、ショウ」

「あ……」

「……大好き」


 動画はその言葉を最後に終わった。ショウは深く息をしようとしたが、き込み片膝をつく。力が入らない。膝が笑い、それでも動こうとする意思はいたずらに全身の筋肉を緊張させる。周囲の数人が彼の異変に気づき声をかけた。


「君、立てるか? 救急車を呼ぶから待っていなさい」


 ショウはなんとか首を横に振るが、彼らに連れられ道の隅へ移動させられる。


「(……なんで俺が助けてもらっているんだろう。誰よりも助けが必要なのはマキのはずなのに)」


 怒り、悲しみ、悔しさ。それらすべてがショウをさいなみ、収まらない。良心ある周りの大人の気遣きづかいが痛い。


「(……あぁ、そうか)」


 思考に黒いもやがかかる中、ショウは思い至る。なぜ軍人になりたいと思ったのか。その動機に。


「(勇気がなかったからだ。自分や家族の安全を他人に預ける、その勇気が)」


 あまりに卑屈ひくつな考え。しかし今の彼にとってはそうとしか思えなかった。

 それから先のことについてショウはあまり覚えていない。ただ気づけば雨の中、義父が運転する車の助手席に乗っていた。

 ショウは黙々と運転する彼に目をやると、その目尻が濡れていることに気づく。……口には出さない。後にも先にも、義父の涙を見たのはその時だけだった。


 マキこと桜木真紀奈さくらぎまきな、その母・桜木よしの、祖父・桜木真造しんぞう、死去。葬儀そうぎはこのテロで亡くなった多くの市民たちと共同で行われた。


 1か月後、9月。ショウこと車翔一くるましょういちはまだ失意の底を抜け出せていない。

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