青春合心オウカカイザー
さかいひけず
第1話「奪われた平穏」
鋼鉄の前腕がその持ち主たる巨人から離れ、轟音と炎を吐きながら飛ぶ。突如放たれた一見非合理的な一撃。それは目標である巨大な怪物を激しく打ちのめし、隣接したビル
「……ロケットパンチ?」
10代半ばと思しき少年は
「ショウ! 大丈夫?
右上腕を天に向け、戻ってきた前腕を迎える巨大ロボット。その勇姿から聞こえるのは愛らしい少女の声だ。何故ここで彼女の声が聞こえるのか? 疑問が浮かぶ中、ショウと呼ばれた少年は叫ぶ。
「大丈夫‼ マキも無事だったんだな!」
喜びと
……マキと呼ばれた少女は1か月前、東京で亡くなったはずなのだから。
「来週に東京?」
「そう、東京! おじいちゃんが合格のお祝いしてくれるんだ」
マキは繰り返し、ショウの言葉を
「ごめんね。お母さんと2人だけで急に……おじいちゃんも忙しくて、どうしても今じゃないといけないらしいの」
「いや、驚きはしたけど大丈夫。それより……」
ショウはマキの
「それより?」
「……合格のお祝いは気が早すぎないか? 俺もそうだけど、まだ何も決まってないんだし」
「うっ……」
その言葉に分かりやすくショックを受けるマキ。彼女の第一志望は東京の進学校。マキの中学3年間の成績に対して合格のハードルはやや高い。
「だ、大丈夫!
「はいはい、祈願もいいけど、まずはしっかり勉強しような」
「は~い……」
実のところお祝いというのはマキの祖父が彼女らを呼ぶ
再び視線を落とし、
「ねえ、ショウ」
「なに?」
「……軍学校に行くのは、お父さんが軍の人だから?」
マキの父は
「……いろいろかな。こんな時代だし、士官になればどこでも食っていけるだろ」
ショウは少し黙ったあと、そう返事をする。細部や状況は違えど、この1年の間に何度もしたやりとりだった。就労先に困らなくて済むという動機は嘘ではないが、それだけではない。しかしショウは上手く言葉にできないでいた。
「……そっか、そうだよね。ごめんね何度も」
マキは張りのない声で
「いやいいよ。俺のほうこそ毎度いい加減な返事でごめん」
「ううん、そんなことないよ」
困ったように笑いながらショウに非はないと告げるマキ。この笑顔も軍学校に入れば見られなくなる。ショウはそう思うと決意がわずかに揺らぐ気がした。おそらくマキも引き止めたくて何度も聞いているのだろう。
2人とも軍人が
ショウの両親は6年前、テロの
「ショウ……?」
マキが心配そうな声を
「……ごめん。試験のこと考えてた」
笑顔を惜しんでいた、などとはとても言えず適当にごまかすショウ。幸いマキは信じてくれたようで、こくこくと
「来週だもんね……緊張する?」
「ちょっとね」
軍学校の試験は早い。学ぶ内容の特異性であったり全寮制であることから、学校側の準備を十分に整えるためとされていた。が、それにしても早い。
マキは再び頷くと、そっとショウの右手を両手で包んだ。
「あっ……」
「大丈夫だよ。ショウなら絶対合格だって」
2人の仲とはいえ流石にこれは恥ずかしい。ショウは頬をわずかに染めるが、平然を
「マキ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺たちもう中3なんだから……」
「あはは。そうだね、ごめんね」
マキは謝るものの手は離さない。ショウも無理に振りほどくようなことはしない。
……この時、2人はまったく想像していなかった。こうして触れ合えることが、どれだけ貴重で壊れやすいものなのかを。
それから1週間後。ショウは無事に試験を終え、会場をあとにする。……が、どうも周囲が騒がしい。嫌な予感がしたショウがスマートフォンの電源を入れると、アプリがすさまじい数の通知を表示した。
「東京で大規模テロ発生。死傷者多数」
「テロリストの目的はPM(ピースメーカーの略称。巨大ロボット兵器の意)の強奪か。桜木工学研究所にも被害」
青ざめ、その情報の
停電した室内らしき、とても暗い画面が映る。苦しげな呼吸音も聞こえた。
「ショウ……聞こえる? 私は無事だよ。ちょっと怪我しちゃったけど、すぐに助けがくると思う……」
画面は暗いままだ。アウトカメラで撮影されていることに気づいていないのだろう。それはつまり……彼女の目がほとんど見えていないことを意味していた。
「……ショウのことだから心配してると思って動画を撮りました。私は平気だからね……にぃ~」
彼女の笑顔をショウは想像する。精一杯の強がりと、それをもってしても隠せない苦痛と恐怖が
「電池切れちゃうから……またね、ショウ」
「あ……」
「……大好き」
動画はその言葉を最後に終わった。ショウは深く息をしようとしたが、
「君、立てるか? 救急車を呼ぶから待っていなさい」
ショウはなんとか首を横に振るが、彼らに連れられ道の隅へ移動させられる。
「(……なんで俺が助けてもらっているんだろう。誰よりも助けが必要なのはマキのはずなのに)」
怒り、悲しみ、悔しさ。それらすべてがショウを
「(……あぁ、そうか)」
思考に黒いもやがかかる中、ショウは思い至る。なぜ軍人になりたいと思ったのか。その動機に。
「(勇気がなかったからだ。自分や家族の安全を他人に預ける、その勇気が)」
あまりに
それから先のことについてショウはあまり覚えていない。ただ気づけば雨の中、義父が運転する車の助手席に乗っていた。
ショウは黙々と運転する彼に目をやると、その目尻が濡れていることに気づく。……口には出さない。後にも先にも、義父の涙を見たのはその時だけだった。
マキこと
1か月後、9月。ショウこと
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