第34話 おっさんを罠に嵌めようとした黒幕に鉄槌を!

「お、お前……この契約は……!」

「騒ぎの黒幕はお前か、市長」



 俺はゆっくりと前へ出た。



「俺をこの街から追い出したかったのか? あんたにとって都合が悪いからな」


 俺はセラと目を合わせ、うなずく。


「市長は教会の不正契約を隠蔽していた。そして、その裏で多くの人々の契約を搾取していた。俺がそれを暴くと困る……だから先手を打ったんだろう」

「う、嘘だ! 証拠はあるのか!」

「……証拠? それがどうした。俺には女神がついている」



 俺の言葉に合わせて、セラが後方から祈りの光を放つ。



 まばゆい光が空に広がり、まるで夜が明けたかのように街中を照らす。



「……これは女神の啓示だ……!」

「ガクさまは女神に選ばれし者だ!」


 民衆が一斉にひざまずく。

 俺は彼らを見下ろしてつぶやいた。


「この世界に蔓延る偽りの契約……そのすべてを俺が終わらせてやる」

「市長が……あんなことを……」

「信じてたのに……」

「騙されてたのは……俺たちの方だったのか……」


 市長が扇動契約を結んでいた事実が暴かれた瞬間、群衆の空気が変わった。

 熱狂から静寂へ。

 疑念から確信へ。



「お前たちには、罪はない」



 俺はそう言って、騒動に巻き込まれていた冒険者たちへ視線を向けた。


 戸惑う者、泣き崩れる者、うなだれる者。


「……でもな。こういうことがまた起きないように契約という呪いの鎖を俺は断ち切る」


 パチン――と、指を鳴らす。


 街中に漂っていた契約の残滓が、音もなく霧のように消えていった。


 

 ________________________________________

 


 それから数時間後、俺は街の中央広場にいた。

 セラが教会に働きかけ、アリシアが逮捕の手続きを行い、市長は正式に失脚。


 代わりに新たに暫定市政を担う者が選ばれ、市民への謝罪と説明が行われた。


「街を騒がせてしまって、すみませんでした」


 俺は頭を下げる。

 被害者ヅラをするつもりはない。

 俺が原因で起こった騒動だ。謝罪する必要はあると思う。

 だからこその行動だったのだが……。




 その瞬間、どこからか拍手が沸き起こった。




「ガクさまー!」

「ガクさま、ありがとう!」

「ガクさまは本物の救世主だ!」


 子どもたちが駆け寄り、俺の足元に抱きつく。

 彼らの瞳は真っ直ぐだった。

 疑いも、恐れも、ない。


「……ああ、そうだ。これが、俺がやりたかったことなんだ」


 誰かを救うこと。理不尽から、契約という搾取から。

 それは前世でなにもできなかった俺への――せめてもの贖罪かもしれない。


「ありがとう、ガクさん」


 セラが隣で静かに言う。


「ガクさんと一緒にいられて……よかったです」


 

 ________________________________________

 


 夜になり、街の空は静かに染まっていた。

 宿の屋上。風に吹かれながら、俺は1人、空を見上げていた。



 ふと、後ろから誰かの気配がした。



「……やっぱり、ここにいたわね」


 アリシアだった。

 騎士団の制服の上にケープを羽織り、静かに俺の隣に腰掛ける。


「……すごかったわ、ガクさん。あなたはもう、ただの商人じゃない」

「いや、俺は……ただの“おっさん”だよ。お前らが勝手に持ち上げてるだけだ」

「そんなことないわ!」


 アリシアは少し強い口調で言い返した。


「昔から……私は知ってた。ガクさんが、誰よりも優しくて、強くて、誠実な人だって」

「…………」


 風が吹く。


 アリシアの金髪が月明かりに照らされて揺れる。


「私ね……昔、ガクさんに拾われて、いろんなことを教えてもらって、ずっと思ってたの」

「なにをだ?」

「――この人とずっと一緒にいたい、って」

「またお前……そんなことを――――」

「何千回、何万回だって言うわ。あたしの気持ちを知ってほしいから」


 俺はなにも言えなかった。



 そのとき。



「おーい、なに勝手にふたりでいちゃついてんのー!」


 屋上の階段から、リリーナがずかずかとやってきた。


 裸足、寝巻き、しかもなぜか頬をふくらませている。


「ガクー! あたしも一緒に月見るー!」

「ちょ、お前は寝てろって言っただろ!」

「むりー! だってさみしいんだもん!」


 リリーナが俺に抱きついてきた。


「ちょ、やめ――」

「ガクさん……」


 今度は後ろからセラが現れる。

 完全に修羅場である。


「……今日は風が気持ちいいですね、ガクさん」

「えっと……あの……」



 さらにグレイまで登場だ。



「お兄ちゃん、あたしもここ座っていい?」


 ……うん。もう好きにしてくれ。


 こうして、月明かりの下で繰り広げられるおっさんと美少女4人の異常空間。


 俺の心にあるのは安堵でも、困惑でもなく――――。


「……まあ、悪くないか」


 そう。これは異世界転生したおっさんがようやく手にした“幸せな夜”だった。


 

 ________________________________________

 


 翌朝。


 宿の前に、また一台の馬車が停まっていた。


 王都からの正式な使者が乗っていたのだ。


「ガク・グレンフォード殿。王都からの招聘状でございます」


 その言葉に俺は目を細める。

 正式な使者か……罠ではないと願いたい。


「来たか……ついに」

「あたしも行くわ!」


 アリシアが一番乗りで手を挙げた。


「セラも一緒です」

「はーい、リリーナも!」

「お兄ちゃん、あたしもだよ!」


 気づけば俺の周りには全員揃っていた。


「……はぁ」


 俺は深くため息をついた。

 だが、それは決して、嫌なため息ではなかった。


「じゃあ、行くか。王都へ――次の舞台へ!」


 このメンバーなら仮にどんな罠が仕掛けられていても乗り越えられる。

 そう確信している。

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