第22話 現世でセラに再会できたことに感謝を

「店主やってるかい?」

「おおっ。ガクのあんちゃんかい――――お前さんにも春が来たんだな。ううっ、涙が出てくるぜ」

「やめてくれよ。俺たちそこまで進展してないって」


 セラと訪れたのは麵料理のおいしい店だ。


「わたし、こんなお店初めてです」

「え……もしかして嫌だったか?」


 しまった。こういう店って独り身の男が通いつめるタイプの店か⁉

 実際周りを観察しても独身っぽいむさくるしい男たちが必死に麺をすすっていた。


 マズい。今からでも店を……でも店主には申し訳ないし、セラを振り回すようでなんか嫌だ。



「全然! むしろ初めての体験ですごくうれしいです!」



 おおっ……喜んでくれてる。

 だ、大丈夫ってことでいいよな……。


 女の子って言ってることと心の中で思ってることがまったく違うことが多いって聞いたことあるからな。


 そのマジックを見破れずに俺は何度も恋愛で玉砕し、そしてとうとう恋というものから逃走したのだが……。



 いや、まさかこの年齢になって春が訪れるとは思ってもいなかった。



「おすすめはなんですか?」

「お嬢ちゃんにおすすめなのはこれだよ。女の子の胃袋でも大丈夫。しかも、味はそこまでしつこくないからきっと気に入るよ」

「じゃあ、それにします」

「あいよ――――ガクのあんちゃんはいつものだよな」

「ああ……ていうかこんなメニューあった?」


 なんか微妙にメニューが変わっているような。


 いつもだと極太麺、チャーシュー山盛り、野菜マシマシ、って感じの野郎どもが好きそうなラインナップだった。

 なのに、今は細麺、上品なチャーシュー、なんかよくわからないきれいな野菜、みたいな前世でいうOLが食べても違和感なさそうなメニューも載っている。


「ふふっ。俺に彼女がいないことは周知の事実だろ」

「ああ……そうだが」

「そこでだ。この店で出会いを作ろうと思ってな」

「はぁ……」

「で、女性受けがよさそうなメニューを載せたってわけだ」

「私情マシマシだな……」



 ________________________________________


「すみません奢ってもらって。おいしかったです。ごちそうさまでした」

「いやいや気にするなって」


 あのあと飯を食べながら店主の失恋エピソードをさんざん聞かされて、デートの雰囲気はなんというかぶち壊しに近い感じになった。


 仕切りなおす必要がある。


 そう思い腹ごしらえを終えた俺たちは街の奥にある静かな花園に向かっていた。





 チュラス東区の裏路地、観光客があまり来ない小さな公園だ。

 昔、街の子どもたちが遊んでいた場所で、今は花咲く庭園として整備されている。


 春の花が一斉に咲き誇り、木陰のベンチにはカップルや老夫婦が腰かけて談笑していた。


 その中に俺たちも並んで座る。


「……静かですね」

「昔はここ、ガキどもが騒いでて、にぎやかだったけどな」

「ガクさんも……ここに?」

「ああ、まだ若手だったころ。よく駄菓子片手に、遊んだもんだ」

「ふふっ、想像できます。ガクさん、小さい子に慕われてそうですから」

「むしろ追いかけまわされてたな……“おっちゃん、これ買ってよ!”って」


 セラは口元を押さえて笑う。

 柔らかな風が彼女の前髪を揺らした。


「ガクさん。わたしあの会社にいたとき、毎日死にそうだったんです」



 前世の話か。



「……そうらしいな。いや、そうだったな」


 生々しい村上岳の記憶がフラッシュバックする。


「でも、ガクさんが隣にいてくれたからわたしは辞めずにいられた。地味で取り柄もなくて、要領も悪くて。でも……」




 彼女は俺の目をまっすぐに見つめた。




「ガクさんだけはわたしの仕事を“ありがとう”って言ってくれた。あの言葉で何度救われたかわかりません」

「……お前のほうこそ、支えてくれてたよ。あの地獄の職場で、唯一、信頼できた」


 俺は本音を吐き出す。

 今なら、言える気がした。


「正直、会社で働いているとき、俺……死ぬかと思ってた。でもセラが……世羅がいたから、踏みとどまった」

「わたしも同じです」


 どちらからともなく、自然と手が重なっていた。


 そっと触れるだけのその手は、けれど、誰よりも温かかった。



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 夕暮れが近づき、花園の空が茜色に染まっていく。


 セラは立ち上がり、小さな花を一輪、摘んで俺に差し出した。


「……あの、これ。ガクさんに、プレゼントです」

「花なんて、もらったの久しぶりだな」

「この花は“再会”と“信頼”の意味があるんです。偶然じゃなくて、必然としてあなたに出会えたことに……感謝を込めて」


 言葉を選びながらも、彼女の声は震えていた。


 俺は花を受け取り、そっと胸元に挿した。


「似合いますよ。すごく、かっこいいです」

「なんだか恥ずかしいな……でも、ありがとな。セラ」


 ふと、セラが一歩近づいてきた。


「……ガクさん。今日、1日……すごく幸せでした。だから……」


 目を伏せ、頬を染めたその顔はまるで陽だまりのように優しかった。


「また……2人で出かけても、いいですか?」

「もちろんだ。またいつでも誘ってくれ。おっさんでよければな」

「おっさんなんて、言わないでください。わたしにとっては……ヒーローなんですから」


 最後に笑ったその顔はもう、あの地味な経理女子ではなかった。


 彼女は今、この異世界で――聖女として、そして一人の女性として、確かに輝いている。


 そして、俺の心の中でも。





 ――――村上岳という男の記憶はこの世界に来て、少しだけ、報われた気がした。

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