肝試し

「なぁ」

「うん?」

「今日は何があるんだ?」

「何って……」


 恵理は周りを見回して、質問してきた柴山を呆れた顔で見た。

「何やるかわからないのに、来たの?」

「いや、俺は来るつもりなんかなかったんだが、あいつに無理矢理連れてこられたんだよ」

 と、柴山はいらついた顔をして、何やら忙しそうに動いている可奈子を指差して言った。

 可奈子はそれに気づいて、にやにやしながら恵理達に近づいてきた。


「だってせっかくクラス合同でするイベントだからさ、みんないないとね~」

「ね~」

 恵理も同調して、笑顔で首を傾げて言う。

「いや、っていうか、何でお前俺の家知ってんだよ。気持ち悪いぞ」

 柴山はひきつった笑みで二人を見ていた。


「それはそうとお二人さん、このくじをひいてくださいな。ペア決めするから」

 可奈子は柴山の問いは無視して、二人の目の前に細長い紙が出ている握り締めた手を出した。

「はいはい~」

「いや、だから何するんだよ」

 恵理がさっそく差し出されたくじをひこうとすると、柴山が慌てて聞いた。


「あ、そういえば言ってなかったね」

 今度は可奈子は無視をせずに答えた。

「夏定番の肝試しだよ!」

 恵理は嬉しそうに両手を握り締めて言った。


「………は?」


 柴山は呆然として聞き返す。

「クラス合同で何をやるかと思えば……肝試し?」

「クラス合同でやるからおもしろいんじゃん!」

 可奈子も恵理につられて、拳を作って力強く言った。

 そこで柴山は納得がいった。


 恵理達のいるB組と、柴山のいるD組には、それぞれ学年では有名なお祭り人間がいる。

 B組は大山可奈子で、D組は菊池俊一(きくち としかず)という男子だ。

 彼らはクラスでも中心的な存在で、常に何かを率先してやっていた。

 またクラスもノリがよく、D組の理系クラスに関しては、女子の多いB組と絡めるというだけでやる気満々だった。

 そして、中心的存在の二人が幼なじみで気が合うというのだから、このような巡り合わせはないだろう。


「……なるほどな」

 柴山はそこまで考えに至り、納得の言葉を渋々ながら口にした。

「というわけで、ひけ」

 可奈子は笑顔で、ぐいと手を差し出した。

 なんだかその笑顔を柴山はそら恐ろしく感じたが、言われるままにくじを一本ひいた。


「……三番」

「恵理もひいて~」

 可奈子は恵理にも差出し、恵理は喜々としてくじを勢いよく引き上げた。

 しかし、その顔が少し曇った。


「…………三番」

 恵理は柴山と同じ番号を引き当てたのだ。

「よし、二人ペアね!」

 可奈子は二人の肩を手でそれぞれ叩く。

 二人の顔は冴えない。


「可奈子……あんた何かした……?」

 恵理は手に持っているくじをひらひらと振りながら、可奈子を疑わしげに目を細めて見た。


「じゃ、始まるまで待っててね~」

 可奈子はそれだけ言って、どこかに去っていった。

 恵理と柴山はどうしようもなく、ただ手にあるくじを見つめていた。


「……まぁ、よろしく、柴山」

 恵理は柴山の肩に軽く手を乗せた。

「……あぁ」

 柴山は小さくため息を吐いて、それだけ答えた。




 そしてついに肝試しが始まり、くじに書かれた番号順に出発した。

 恵理と柴山は三番目なので、すぐに順番が回ってきた。


「さぁ、出発してください!」

 出発口である森の入り口にいる可奈子が、明るい声で二人をうながした。

 二人はじっとりした目で可奈子を見ながら森に入っていった。

 しばらく真っ暗な森の道を進んでいた二人だが、恵理がたまりかねて立ち止まり、口を開いた。


「柴山、さっきから私の服の裾をつかんでるその手は何ですか?」

 柴山は、恵理の言葉に小さく体を震わせた。

「あ、い、いや、これは……」

 柴山は声を出すものの、言葉が出てこない。

 恵理はそんな柴山を見て、顔を歪めて、何かを察した嫌味な笑みを浮かべた。


「柴山、さては怖い?」

「バ、バカヤロー! そんなわけあるか!」

 柴山はすぐに手を離し、顔を赤くして言い返した。

 だが、逆にそれは恵理の言葉を肯定していた。

 恵理はますます意地の悪い笑みを濃くした。

 柴山は激しく嫌な予感を感じ、失敗したと心の中で嘆いていた。


「まぁ、別にいいんだけどさー」

 恵理は前を向いて歩きだした。

 柴山は恵理のすぐ後ろをついて歩いてきた。

 そして少し歩くと、また恵理の服の裾をつかんできた。

 恵理はそれがおかしくてたまらなく、つい悪戯心が芽生えてきてしまった。


「柴山ー、こういう話知ってる?」

「な、何だ?」

 恵理が急に低い声で話しかけてきて、辺りをうかがいながら歩いていた柴山はまた小さく震えてそう返した。

 恵理は柴山の返事を受けて、とつとつと語りだした。


「ある大名が供を連れて年始まわりに出た途中、茶店に立ち寄りました。

茶店で休んでいるうちに、家来の関内という若党が、喉が乾いたので大きな茶飲み茶椀に茶を一杯くみました。

その茶椀を手に取り、関内が何気なく茶碗の中を見ると、茶の中に自分の顔ではない顔が映っています。

関内は驚いて辺りを見回しましたが、自分の側には誰もおりません。

茶碗の中にある顔は、どうやら若い侍のようです。

その顔はなかなかの美男で、女のように優しい顔をしていました。

怪しいものが現れて関内はほとほと困り、その茶を捨てて、茶碗の中を改めてみました。

しかし茶碗には何の細工もなく、ごくありふれた安茶碗です。

関内は別の茶碗を取って茶をくみかえましたが、やはり先程の顔が現れます。

新しく茶をいれかえてもらっても、その見覚えのない顔は現れ、今度は関内を馬鹿にしたような笑みをうかべていました 。

関内はそれでもじっと心を抑え、顔の映っている茶をそのままごくっと飲み干してそれから出かけました。

同じ日の夕方のこと。

関内が主人の屋敷に詰めていると、ふいに見も知らぬ一人の客が音もたてずに、すっと部屋の中へ入ってきました。

関内はぎょっとして驚きました。

客は立派な身なりの若い侍で、関内の前にぴたりと座ると、軽くお辞儀をしてこう言いました。

『式部平内と申す者でござるが、今日初めてお目にかかり申した。貴殿、某をばお見知りなさらぬようでござるな』

関内はその顔を見てあっと驚きました。

自分の目の前にいるのは、今日茶碗の中に見たあの幽霊だったのです。

かの幽霊がにやにや笑っていたように、この客もにやにや笑っています。

が、笑っている唇の上にある両眼は瞬きもせずにじって関内を見据えています。

それは、関内に戦いを挑んでいるのであり、同時にまた関内を侮っているのでもありました。

関内は心の中では怒りながら、しかし声だけは静かに知らぬと言いました。

そして、屋敷へどう忍び入ったのかうかがいたいとも。

覚えていないのかと、客はいかにも皮肉な調子で言うと、少し関内に詰め寄ります。

『しかし、貴殿は今朝、某をひどいめに合わせたではござらぬか』

関内は素早く腰に差していた小刀に手をかけると、相手の喉笛目がけて激しくついてかかりました。

しかし何の手応えもありません。

途端に相手は音もたてずにさっと壁際に飛びのいたと思うと、壁をすっと抜けて出ていってしまいました。

その壁には、出ていった跡らしいものは何も残っていませんでした。

関内がこのことを報告した時、仲間の者は驚いたり不思議がったりしました。

それがあった時刻には、誰も人の出入りした姿は見なかったし、『式部平内』という名前を知っているものは一人もなかったからです。

あくる晩、関内はちょうど勤務が休みだったので、家にいました。

すると夜のかなり遅い時間に客が来ました。

関内が刀を取って玄関へ出ていくと、刀を差した侍が三人立っていました。

三人は関内に丁寧に頭を下げると、中の一人がそれぞれの名を名乗り、式部平内の家来だといいます。

彼らが言うには、昨晩彼らの主人は関内に小刀でうちかかってこられ、そのために深い傷を負ったので、養生に湯治にいくとのことだった。

『来月十六日にはお帰りになられる。その時はきっとこの恨みを晴らしますぞ』

と、関内は言葉の終わるより先に、いきなり大刀を抜いて飛び掛かると、客目がけて左右に切りつけました。

が、三人の男は隣の家の土塀の脇へさっと飛びのき、そう思う間に土塀を乗り越えてそのまま……」


「……そのまま?」

 柴山が問うと、恵理は急に声の調子を変えて言った。

「あれ、知らない? 茶碗の中。この続きはないのよ。皆さんの想像にお任せしますって」

「そ、そうなのか……」

 柴山は小さな声でそう返すだけで、いまいち反応が良くない。

 いや、恵理にとってはある意味良い反応だった。


「これが私は小学生の時から気になってね~。どうなるのかなって色々考えてたよ」

「へぇ……」

 柴山の返事は虚ろになっていた。

 恵理はさらに続ける。


「私はね、たぶんこの後関内は少し追っ掛けるんだけど、やっぱ逃げられて、十六日に四人が来るのよ。で、この後に恐い感じなるのか、後引きずる感じになるのか、ほのぼのになるのかってことよ。だいたい、何で関内がこんなめにあってるのかって話にもなるし。だいたい、二人の名前にそれぞれ『内』が入ってるのも気になるわ……」

 そこで恵理は立ち止まり、柴山の方を向いた。

 服の裾をつままれているので、完全には振り返れないが。

「一応侍だから、式部平内と関内の一騎打ちになるんじゃないかと思うのよ。あー、でもどういう風に戦うか、私じゃ全然わからないわ。でもね、こういう場面があったらおもしろいと思うのよ。関内が夜道を歩いてて、ふと気配を感じて後ろを振り返るとそこには……!」


「わ!」


「うあぁああぁぁあぁぁぁぁ!」


 辺りに柴山の叫び声が響き渡った。

 そして、限界まで声を出すと、その場に膝をついた。

 恵理の言葉の終わりに両肩を軽く叩き、驚ろかした犯人め驚いて、その場にたたずんでいた。

 恵理だけが笑いを必死にこらえようと口を押さえながら、その犯人に、ナイス!とばかりに親指を立てた。


「……さすが菊池君。ナイスなタイミングだったわ」

 とりあえず笑いをおさめた恵理が口を開いた。

 菊池と呼ばれた、白い布を被った男子は、布を取って顔を出した。


「いや、正直ここまで驚かれるとは思わなかったな。佐藤、何したの?」

 菊池は苦笑いを浮かべ、恵理と柴山を交互に見ていた。

「私はただ楽しくやろうとしただけよ。それより、脅かし役が今出てきたってことは折り返し地点が近いのかな」

「そうそう。そこの神社から並んでる蝋燭を持ってくればいいから。……が、頑張ってね」

 最後に菊池は柴山を気の毒そうに見て、持ち場に戻った。


「さ、柴山行くよ!」

 恵理は柴山を支えて立ち上がらせると、ずんずん歩き、さっさと道を戻っていった。

 柴山は、終始無言で恵理の手首を強くつかんで歩いた。

 二人が戻ってくると、待機していた皆が驚いたような顔をしていたが、恵理と可奈子だけは誇らしげな笑みを浮かべていた。

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