第27話 突入

「だから、別に気合だけでやったわけでは無いぞ? だから、君も補給要員として来てくれたのだろう? マッツに頼んでおいた。それにVFがなぜゆえ近接格闘能力を備えているか? 工作機械が襲われた際に手足を使って敵を倒して、それが発展してVFとなったわけでもある。いわば真骨頂を発揮したとでも言おうか? 優勢であったからしたまでだ。勝算なしの戦いではない」


ラヴァリーは、先ほどの戦闘を正当化するようにそう言いつつ、前線で入手した情報の内容を簡潔に伝えた。


「やっぱり腹が立ってきたんで言わせてもらいますけどね」


「わるかった。悪かったと言っているだろう。ハチ。許せ」


二人の言い争いを咎めるかのようにマッツが冷静に割って入る。


「探していた施設の場所がわかった。それとアルヴァたちが集めた情報がコイツだ」


先行偵察に出ていたアルヴァが、敵増援の接近を検知したこと。そして、その施設の民間人が既に避難済みで、残っているのは山上の観測所の僅かな兵のみであること。


マッツからもたらされた強化兵に関する重要施設の情報は、ラヴァリーにとってまさに絶好の獲物だった。


「面倒な紋章騎士共もいない。ちょうどいい」


ラヴァリーは、むしろ好機とばかりに笑う。その無謀とも取れる発言に、ハチは思わず顔をしかめた。


「は?」


ハチの短い返答には、困惑と警戒が色濃く滲んでいた。しかし、その短いやり取りを遮るように、通信に切迫した警告が響く。


「敵の増援! 大規模です!」


「アルヴァだけではキツイな、さっさと動くか!」


マッツからの焦燥感あふれる声が、この場から猶予が失われたことを告げていた。


「味方は何をしているんですか!? 他の戦線にも敵が発生している、ここへは来れまいな」


ラヴァリーの言葉に、ハチは冷や汗をかいた。この状況で増援なし。戦力差は覆りようがない。


「逃げるか?」ハチは思わず口にする。しかし、ラヴァリーの返答は常識から大きく逸脱していた。


「何故俺が来たと思う? 逃げたりするものか」


ラヴァリーはニヤリと笑った。その表情は、ハチの背筋を凍らせる。


「敵の施設に突入するんだ」


「はぁ!?」


ハチの驚愕の叫びが上がるのと、耳をつんざくような爆発音は同時だった。


銃撃に戦車の砲撃が、装甲を叩く至近弾として飛んでくる。


「行け行け行け行け!」


ラヴァリーの荒々しい指示が響く。ハチが搭乗しているVFも、応戦しつつ、山腹の観測所へと向かう。


観測所の入口は、人が出入りするための狭いトンネルになっていた。


「この巨体じゃ入れないじゃないですか!」


ハチは叫んだ。人型巨大兵器であるVFの機体が、どう考えてもあの狭い穴を通り抜けられるはずがない。


「だから好都合なのさ」


ラヴァリーは楽しげに言った。


「そのままトンネルに突っ込め!」


「は? ギリギリですよ! 機体を破損します!」


ハチの冷静な判断も、ラヴァリーには届かない。彼女の思考は既に、この強引な突破の先にある成果に向かっていた。


「かまわん。いけ!」


観念したハチは、ハンドルを握りしめた。


「こうなりゃヤケだ……!」


VFは、砲火を浴びながら、信じられない速度でトンネルへと突入する。トンネルの幅は、VFの肩幅とほぼギリギリ。ハチは集中して機体を制御したが、わずかに操縦をミスる。機体の側面が激しく壁に擦れ、火花が散る。不快な金属の軋みがコックピットに響き渡る中、突入から数10秒後。


ストライドユニットが、トンネルの壁の僅かな凹凸に見事に嵌まってしまった。機体は、まるで楔のようにトンネルの内部に固定され、身動きが取れなくなった。


「さて、ようやく止まったか。出るぞ、ハチ」


マッツは涼しい顔で、停止したことを確認する。


「横がめいっぱいでサイドハッチ開きませんよ!?」


興奮冷めやらぬ苛立ちを露わにした。


壁に密着した状態では、通常の脱出経路は使えない。


「そう怒るなハチ。落ち着け。そういうときのための下部ハッチがある。ついてこい」


マッツは淡々と言った。


ハチは、言われるがままに後部座席のシートを倒し、ずらすと、金属製のハッチが出現した。


そういえばマニュアルに書いてあったな。


ハチは今更に思い出し、自身の整備士としての知識の穴を痛感する。まさか、実戦でこんな脱出法を使うことになるとは予想もしていなかった。


先に下から出たマッツは先を見据えていた。


ラヴァリー達のVFは、既にトンネル内部の隠しエレベーターの前で待機していた。


「こんな所に隠しエレベータがあったのか……!」


ハチが驚きに目を見開く。


よく見ると、エレベーターの扉の前には、瓦礫が散乱していた。巧妙にカモフラージュされていたようだ。しかし、そのあまりの隠蔽工作は、かえってそこに大事なものが隠されていることを雄弁に物語っていた。


「ご丁寧にカモフラージュして、そこに大事なものが隠しているのがバレバレじゃないか。さぁ、ハッキングして。その秘密にご対面しようじゃないか」


マッツはそう言って、エレベーターの操作端末を弄り始めた。技術者としてのマッツは、この手の作業では水を得た魚のように生き生きとしている。数秒でシステムに介入したようだ。


「他愛ないな。もう少し手こずると思ったんだがな」


マッツの言葉を聞き、ラヴァリーは機体の外部スピーカーで話しかける。


「いいじゃないか、さぁ、みんな、行こうか」


地下へと続くエレベーターに乗り込み、彼らは下降してゆく。ハチは、自身のVFがトンネルに突っ込んだままになっているのを見上げ、諦めと不安が混じった表情を浮かべた。


「あの、俺、ついて行く必要あります?」


ハチは、思わず弱音を吐いた。自分の役割は、あくまで整備と補給のはずだ。


「ハチ? 何を言っている? もちろんあるぞ。おそらく長期戦になるから。現場での整備を頼みたい」


ラヴァリーは当然のように答える。


「やれること限られますよ。工具も最低限しか持ってきていません」


ハチは不安を訴えるが、ラヴァリーは意に介さない。


「それでいい。少しでも稼働できるようにしてくれ。あぁ、そうだ。アレは持ってきてくれているな?」


ラヴァリーの問いかけに、ハチはドキリとした。


「アレですか? 言われたようにイジりましたけど。まだテストしてませんよ?」


ハチが開発に関わった試作兵器、それが今、機体の背にある。不安を隠せないハチに、ラヴァリーは笑いかける。


「欠陥品を作ったのではあるまい?」


「もちろんです。しっかり動くように作ってます。仕様通りです」


ハチは技術者としての矜持をもって断言した。


「ならば問題ない」


ラヴァリーはそう言い放ち、エレベーターの下降に合わせて、眼下に広がる地下施設の暗闇を見つめた。

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