第5話 刑事(デカ)の勘

 今回もチノパン視点です。



 ◇◇◇◇◇◇


「“ケイコ”にはオトコが居るという根拠は? 」

 と、鳥さんに聞かれたが……私は“オトコのニオイ”や“化かし合い”の話をする訳にもいかないので

「オレの勘です」と曖昧に答えた。



「そうか……勘か……」


「理由にはならないかもしれませんが……」

 と言葉を繋ぐと


「いや、お前の勘を否定しているわけじゃない。むしろその逆だ。デカの勘は人間観察と状況判断を踏まえて発現するものだからな。今回の件もそう、オレもオトコの影ありと見ている。まだ確かな証拠はないが」


 オレ達の話を引き取ってボスが指示を出す。


「よし! プリンスは引き続き女の線を……ムリは龍神会。チョーさんは十川組。タニさんは“第三の線”を追ってくれ」


 また名前の呼ばれないオレはボスに捻じ込む。

「オレはケイコの護衛を……」


「そいつは夜だけだ! 日中は泳がせて“オトコ”からの接触を待て! 面の割れているお前と割れていないプリンスとの間でうまく連携するんだ」


「分かりました」



 ◇◇◇◇◇◇


 公衆電話に積み重ねた10円玉を投入しながらオレは署に戻っていた鳥さんに日中調べた事を報告していた。


「……では、オトコとは電話で連絡しているのでしょうか? ……こっちの調べでは……彼女は母一人子一人で……いえ、離婚です。妹が一人、父親の方に引き取られたそうです。 以前は会社勤めで母親が亡くなり一人暮らしに……住まいは……今のアパートはホステスになってからです…… 分かりました! これから店へ行き、外で張ります。ハハ、大丈夫ですよ。昨日一日で蚊への耐性ができました。えっ? 『赤のタオルですか? 』見かけなかったですが……」




 駅の券売機で硬貨を投入して切符を買い、その切符を駅員に構内へ……このアナログ的流れでは、やはりラッシュ時は時間が掛かる。


 ようやく電車に乗り込んでもぎゅうぎゅう詰めだ。


 ただ、オレは完全に頭が抜け出ている背の高さなので、電車の中では少しはマシだ。


 こうして満員電車に揺られていると、車内アナウンスが目的の駅名を告げた。


 もうすぐ着く……ホッとしながら窓の外を見ると……あの“桂さんのアパート”の窓が見えた。


 確かに、窓の外には“赤いタオル”も干してある。


 赤いタオル……

 昨日の夜……部屋では見かけなかった。


 オレはハッ! と気が付いた。


 ファミリーチャンネルケーブルテレビで観た……黄色いハンカチの日本映画の話……


 あれと同じ様に、これが何かの“合図”だとしたら……


 電車の中からその“合図”を見る事ができる!


 そして普通に考えれば“赤”は警戒色! 『今は接触するな』という意味になる。


 つまり……今は“オトコ”からの接触は無く、最重要課題は龍神会や十川組からカノジョを護衛する事。


 銃の使用もあり得るか……

 もちろん今、拳銃は携帯している。

 しかし……

 オレは逡巡していた。


 昨日、押収した拳銃を見た時のカノジョの反応が引っ掛かる。


 悩んだ挙句、オレは弾倉を開いて手のひらに弾を振り落とし、それをジーパンのポケットに捻じ込んだ。



 ◇◇◇◇◇◇


 蚊と闘いながら昨日と同じ場所でと、店の勝手口からタバコに火を点けながらホステスが出て来た。


「タバコを吸わないアンタに差し入れだって! ケイコちゃんから」


 ホステスから渡されたのは昨日と同じ“クラウンチョコ”だった。

 シールは切ってある……


「ケイコちゃん、いい子だからさ! しっかり頼むわ! このお店……龍神会の息が掛かってるし……」


 ホステスはしてオレの腕をポン! と叩き、中へ戻って行った。


 早速チョコの箱を開けてみるとメモが入っていた。


『あと小一時間で龍神会の人が来ます。店長から聞きました。 私が連れ出されたら後を追って下さい。 タクシーお呼びになるなら向こう辻角に公衆電話があります。 タクシー会社の電話番号は346-……』


 オレは公衆電話に飛び付いて署からの応援とタクシーの両方を呼んだ。



 タクシーを向こう辻に待たせて張っていると、黒塗りのクルマが店に横付けされた。窓にはスモークが貼られていて中は見えないが、それ故に察しが付く。

 案の定、店から出て来た桂さんは開けられた後部座席のドアから乗り込んだ。

 オレは物陰を伝いながらタクシーに飛び乗り、クルマの後を追わせた。



 ◇◇◇◇◇◇


 クルマはグランドホテルのエントランスへ滑り込み、オレはその少し後でタクシーを降りた。


 中へ入ると男の背中に連れられて桂さんがエレベーターへ乗り込むのが見えた。


 エレベーターは途中、一度も止まらずかつ、8階のままだったので、オレは地下から上がって来た隣のエレベーターに乗り、7階を押した。


 既に8階が押されている。


 どうやら地下から上がってきた……中折れ帽にサングラスを掛け、恰幅のいいサスペンダーのスーツにアタッシュケースの『いかにも』という恰好の男の仕業だ。


 オレは何食わぬ顔で7階で降り、気配を殺しながら階段まで駆け寄った。


 弾、込めるか……


 弾倉を開き、ジーパンのポケットから出した弾を装填する。


 その時、立て続けに3発の銃声が聞こえ、オレは拳銃を上に向けて階段を駆け上がった。


 と、踊り場に足が掛かった途端、上から数人の男に飛び掛かられた。


 二人は跳ね飛ばしたが首に銃口を突き付けられ、やむなく動きを止めた手に……


 手錠をかけられた。


 まさしく

「なんじゃこりゃぁ!!! 」

 だ!!



「馬鹿野郎!! オレはデカだ!! 」と怒鳴ってもこいつらはまるで聞き耳を持たず、オレのポケットを探ってようやく誤認逮捕が知れた。


 バカな奴らのおかげで8階には既に何の気配も無く……並びの中の一部屋が微かにドアが開いていて……中では血痕が飛び散り、男が一人倒れてていた。


 男の……外傷はまったく無いがどす黒く変色した顔は苦悶に満ち、口からは気味悪い色の泡を吹いていた。


「十川組長だ……」

 オレをとっ捕まえた奴らの中のひとりが口走った。


 桂さんを連れ去ったのは十川組??

 しかし、桂さんも……恰幅のいい“例”の男の姿も……

 搔き消えていた。

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