14.痴話喧嘩は他所でやってください!

 ハンスさんにお礼を言って宿屋を出た俺は、市場へと向かっている。明後日に持っていくお昼ご飯と手土産を見るためだ。


 ヴァルクが食べたことないものにしようと思ったけど、ほとんど食べたことないよな?肉ばっか食べてるだろうから魚のほうがいいか。あと野菜もだな。

 近くに海がないので生食はないが、火が通っているものでも十分美味しい。


 昼食の目星はついたので、次に雑貨屋を見て回った。朝から活気のある市場は、見ているだけでも結構楽しい。

 ただ、色んなところを覗いてみたのだが、なにがいいのかさっぱりわからない。やっぱり甘い物でいいか、と来た道を戻ろうとした時、ほのかに甘い香りが漂ってきた。


 わっ、なにこれ、めっちゃいい匂いする!どこから匂ってくるんだろう?

 辺りには食べ物のお店はなく、きょろきょろと見回してみると、透明な液体が入った小さな瓶が並んでいるお店が目に入った。看板には"Perfume shop"と書かれている。香水屋だ。


「いらっしゃい」と若い男の人なのに妙に色気のある店主が人懐っこい笑顔を見せながら話しかけてきた。


「お目が高いね、お兄さん。彼女か彼氏にプレゼント?それとも自分用?」


 えっ...?彼女はわかるけど彼氏って...?....あっ、そうか。そういえば忘れてたけどこのゲームってBL要素もあるんだったっけか。


「残念ながらどっちもいません」


「へぇ?意外だなぁ。モテそうなのに」


 やや大袈裟な動作で驚きながら、表情もくるくると変わる。かなり人当たりの良さそうな人だ。


 そう!俺もモテると思ってたんですよ!


「テイマーってのがどうも不人気みたいで....」


 肩に乗ったブルーをつんつんとつつきながら言うと、「あぁ...なるほどなるほど」と納得したように何度も頷いている。理由わかるの!?


「なんで人気ないんでしょう?」


「女性は守ってもらいたいって思ってる人が多いからだよ。テイマーだと頼りないだろう?」


「うっ....」


 悪気のない笑顔で、意外とはっきりものを言う。回りくどいよりいいけどもうちょっとオブラートに包んでくれても....。


「でも男にはモテるんじゃない?」


「は?」


 いや、モテませんけど?


「あれ?違った?俺の勘、結構当たるんだけどなぁ」


「いやいや、モテませんって。そもそも男にモテても意味ないし」


「なんで?」


「え?」


 あまりにも真剣に聞いてくるもんだからちょっと戸惑った。

 なんでって.....なんでだ?そんなこと考えたこともなかったぞ。


「えーっと....、女の人が好きだから...?」


 なぜか自信がなくなってきて疑問形になってしまった。店主さんはそんな俺を見てくすりと笑い、再び口を開く。


「ふふっ、そうなんだ。なんで?」


 また"なんで"って....。えーっとぉ......


「かわいいから?」


「じゃあ可愛いなら男でもいいんだ?」


 ん?そう言われてみると確かにそうか....?えっ、俺って男もいけたの?や、待って、もうちょっと考えさせて!


「あと....柔らかい、し.....」


 手くらいしか握ったことないけどね!


「ああ、そうだね。あの柔らかさは男にはない」


 俺とは違い、きっといろいろ触ったことがあるのだろう。感触を思い出すかのように、目を閉じて頷いている。


「でも、知ってた?男同士の方が気持ちいらしいよ?」


「何がですか?」


「そりゃあもちろんセックスだよ」


「セッ...!?」


 店主が身を乗り出して、少し声をひそめたと思ったら....朝っぱらからなに言ってんのかな!?その手もやめなさいっ!


 右手の人差し指と親指で輪をつくり、左手の人差し指で輪にずぽずぽと抜き差ししている。

 こんな人通りの多いところでそんなことしないでくださいっ。羞恥心ないのか、この人は。

 それにしても.....


「男同士なんてどうやって——」


 言いながら想像してしまい、まさか、と息を飲む。ちょっと待ってやっぱ知りたくな———


「お尻の穴に入れるんだよ」


 制止する暇もなく、にっこりと笑みを浮かべながら、その良い笑顔とは裏腹に言っていることはかなりエグい。咄嗟に自分のお尻を両手で庇った。

 やっぱりー!知りたくなかった!


「あ、今挿れられる側で想像した?」


「!?」


 はっきりと想像した訳ではなかったが、お尻を庇ってしまったことは事実だ。自分でも気づいていなかった事実にちょっと打ちのめされる。

 俺、そっちの気があったのか....?


「ふふっ。君、かわいいねぇ。よかったら手取り足取り教えてあげようか?」


 店主の指が喉元から、つーっと滑り顎を持ち上げられる。

 け、結構ですぅ...!

 慌てて身体を引いて店主から離れると、いつの間にいたのか大柄の男の人が店主の隣に立っていた。



「おい、堂々と浮気をするな」


 男の言葉に、俺はピシリと固まる。

 う、浮気!?....ってことは、この2人恋人同士!?

 大柄の男は鋭く睨みつけるが店主はどこ吹く風だ。


「やだなぁ、まだしてないって」


 まだって言っちゃいけないやつー!!してません!してませんよ!?これからもするつもりありませんから!!

 ため息をつきながら、今度は俺に向き直る。怒られると思い、早口で捲し立てた。


「ち、違いますよ!?浮気なんてするつもりないですから!誤解です!」


「悪かったな」


「へぁ!?」


 謝られるとは露ほども思っておらず、声が裏返ってしまった。


「こいつは気に入った奴にすぐ手を出す節操なしなんだ。何もされなかったか?」


「え...はい。大丈夫です....」


 節操なしって.....恋人がいるのに?


「やだなぁ、ちょっと揶揄って遊んでただけじゃないか」


「嘘つけ。あわよくば喰うつもりだっただろ」


「あ、バレた?」


「お前の考えていることなんて大抵わかる」


「だーって、こんなピュアな子久しぶりに会ったからつい。男としては自分色に染めたくなっちゃうでしょ?」


 俺に聞かないでー!

 ってかこの人は悪いことをしたって自覚はないのか?終始にこにこしながら、悪びれた様子が全くない。大柄な男の人も怒るつもりはないんだろうか。そんなに日常茶飯事ってこと?


「とりあえず、お前はお仕置きな」


 どうやら怒るつもりはあったようだ。...でも、お仕置きってちょっとえっちに聞こえるのは俺だけ?

 すると、大柄な男の人が店主の顎に手をかけ、おもむろに唇を寄せた。


 えっ.....?なんでキスしてんの!?


「んっ.....ぁん...ふぁ、ぁ...んんっ」


 くちゅくちゅと響く水音と共に、店主の甘い声も辺りに響く。


 ほんとになんで!?恋人同士ならご褒美にならない!?むしろ見せられてる俺の方がお仕置きされてる気分なんだけど!

 見なければいいのに、店主さんの顔があまりに色っぽくて目が離せない。

 ようやく離れたと思ったら、2人の間に引いた糸を見てしまい、顔が熱くなった。


「ん....、もっと」


「駄目。それじゃお仕置きにならないだろ」


「そんなぁ....、もう、身体熱いよぉ....」


「それ我慢して売り上げ目標達成しろよ」


「えっ、そんなの無理っ...。もうしないからっ...」


「それは聞き飽きた」



「あ、あの~、じゃあ俺もう行くんで.....」


 完全に帰るタイミングを失った俺は、会話が終わりそうになってから勇気を出して声をかけた。そのまま帰ってもよかったのだが、若干俺のせいでもあるような気がして声をかけずに帰る気にはなれなかったのだ。


「まっ、待って!お願いだからどれか買ってって?お詫びに安くするからさぁ」


 目標達成に必死なのか、袖を引っ張られ潤んだ瞳で見つめられた。

 うぐ.....。なぜか罪悪感が.....。

 でも元々いい匂いだと思って寄った場所だ。安くすると言ってくれているし、せっかくだからどれか買っていこう。


「えっと...じゃあ、ちょっと甘い匂いしたやつを...」


「ああ、これかな?」


 瓶の蓋を取り、嗅がせてくれたのはあの時香ったものと同じだ。


「これです!」


 わ~!やっぱりいい匂い!


「これは新作だよ。一滴でも香るから、手首と首筋に塗り込んでね。つけすぎると逆に臭くなるから気をつけて」


「わかりました。ありがとうございます」


「こちらこそありがとう。巻き込んじゃってごめんね?」


 巻き込んだ自覚はあるのね....。

 曖昧に笑ってごまかしながら店を後にした。

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