第2話 弁護士のおっさんと勇者

なぜか鞄に入っていた六法全書。

一体これは何を表しているのか。

まさか俺にここで裁判をしろと言うのか? 日本の法律に則って?

「判事様、お迎えに上がりました」

クレアが馬車を用意してきた。異常に早い。これも魔法なのだろうか。

「ところで、勇者アーノルドはなぜ裁判所に来たんだ?」

「アーロンです。記憶が無いのは仕方ないとしても、これくらいは覚えてください。」

クレアがうんざりしたように言った。俺は最近歳のせいか物覚えが悪い。

「すまない。勇者は魔王を滅ぼしたんだろ。裁判所に何の用があるんだ?」

「いつも通り喧嘩ですよ。酔っ払って殴ってしまって……勇者様は力が強いので、殴られた人が少し……怪我をしてしまい、警察に捕まったんです」

この世界の勇者はそんなに乱暴なのか。

関わり合いになる前に早く元の世界に帰りたいものだ。

「これでよろしくとのことです」

クレアの手には袋いっぱいの金貨があった。

は? これは俺の老眼の目が間違っていなければ賄賂じゃないか?

「これは一体どういうことだ?」

「ですから、この金貨の代わりにこの事件を揉み消してほしいとのことです。

勇者アーロン様としても、自分の人気が下がるのはよろしくないらしいので。」

クレアがさも当然の事のように言う。

「ふざけるな! 司法権の独立が阻害されるということじゃないか! 公平もクソもない! もらえるわけ無いだろ!」

「いつものことじゃないですか。そもそも提案し始めたのは判事様でしょう? 判事様の能力があれば、どんな人でも従えることができるのですから」

クレアが不思議そうに言う。

腐っている。この国の司法は腐っている。

俺はもう一度、鞄の中の六法全書を見た。

分かったよ。

俺はこの国の司法を正す。

ごめんな、里奈、真里。

父さんが家に帰るのはもう少し先になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る