第5話 試練のステージ:Looks1


 第三のステージの当日、アリアは楽屋で小暮と向かい合っていた。

 鏡台の前にはまだライトが点いたままで、化粧道具がきれいに整列している。

 淡い花の香りと、メイク道具から立ち上る匂いが混ざっていた。


『黒澤アリア冷たすぎ』

『倒れてる相手によく言えるな』

『カレンちゃん煽って転ばせてたよね』


 アリアは小暮が泣きそうな顔で渡してきた書類に目を通す。

 ページをめくるたびに紙の音が静かな部屋に響く。

 アイドルバトル中に寄せられたコメントはまとめて候補者に渡される形になっていた。予想通りの言葉たちに、アリアは目を細める。


(結果は上々ってとこね)


 自分への罵詈雑言が並ぶ紙をペラペラとめくる。

 その唇はかすかに笑っているが、誰にも気づかれることは無かった。

 動揺しないアリアとは対照的に小暮はわかりやすく肩を落としてため息を吐いた。


「アリアさん、まずいですよ。いくら実力が飛び抜けてても、アイドルは人気商売なんですからね」

「わかっているわよ。でも、ほら、反対の意見もあるじゃない」


 アリアは指先で紙をトントンと叩く。その爪先にはライトの反射が走り、どこか鋭い。アイドルらしい控えめなマニュキュアはアリアのお気に入りだ。

 紙束のほんの少しだが、良いコメントも載っていた。

 きっちりと紙面までわけてあったので悪いコメントを省き、 良い方だけ見せる陣営もあるのだろう。


『黒澤さま、あんなに踊ったのに最初と最後の映像並べても違いが分からん』

『アイドルサイボーグ、流石すぎて』

『勝負するまでもなく、黒澤アリアの優勝じゃん』

『黒澤アリア以外が勝ったらヤラセレベルの違い』


 その通りのコメントにアリアは一人深く頷いた。

 そう、黒澤アリアのステータスが飛び抜けすぎていて、普通に考えればそうなる。

 見る目がある人もいたものだ。

 アリアが見せたコメントに小暮は眉を上げた後、まるで少女のように目を潤ませて頬を膨らませた。アイドル顔負けの表情だ。


「そっちが正しい意見だとしても、時には流されるのが人間です」


 そりゃそうだ、とアリアは書類を机の上に置いた。


「まぁ、いいじゃない。白銀カレンにも怪我一つなかったのだし」

「自分がそう指示したくせに」


 自分のスタッフを派遣しただけだ。カレンの腕を引いたときは、本当にドキドキした。

 ステータス差が大きすぎて、どれくらいの力で引っ張ればよいかもわからなかったのだから。

 小暮の指摘にアリアは肩を竦めながら返す。


「わたしのスタッフは皆優秀でありがたいわ」


 あの後、ダンスバトルは仕切り直しになったが、結果は変わらなかった。

 最初に振りを飛ばした青山が再び同じ個所を飛ばし、そのまま失格に。

 その次に仕切り直しとはいえ体力の限界が来ていたのだろう赤瀬が膝をついた。

 だが、青山よりは余程持ったし、イベントを発生させたカレンも問題はなかった。

 今、この会場にいるのは黒澤アリア、白銀カレン、赤瀬ホナミ、黄川サクナの4人だ。


「次は純粋なルックス勝負ですよっ」

「わざわざガルコレを借りるとか、手が込んでるわよね」


 ガルコレ――日本ガールズコレクション。その時、旬の女の子たちがこぞって集められるイベントだ。

 アリアは頬杖をつき、鏡越しに自分の姿を眺める。アイドルとはまた違う、モデル用のメイクをされた自分がいた。にっこりと作り笑いをすれば、鏡の中の自分が冷たい笑みを帰してくれる。


「アリアさんは日本人として平均的な身長ですし、モデルとして映えやすいわけでは……」

「まぁ、何度か出てるし、大丈夫でしょ」


 第三のステージはルックス、見た目だ。

 可愛い衣装を着て一番称賛を浴びたら勝ち。

 今までと違うのはファンだけじゃなく、純粋にガールズコレクションを見に来ているお客さんも多いこと。

 黒澤アリアが一番苦手とする分野だったが、負けることは無い。


「ここで落ちたら恨みます」

「落ちないわよ」


 軽く返すアリアに小暮が苦笑いを浮かべる。少しだけ空気が緩んだ。

 机の上でスマホが一度震えるが、アリアは見もしなかった。


(カレンちゃんも大丈夫よね? このステージだけは安心して見てられるはず)


 カレンのステータスも残った三人の中では一番上だ。

 次には確実に進める。

 やっと気を抜けると思ったアリアは、せっせと推し活に精を出していた。


「あ、またウタで手紙を書いたから、差し入れと一緒に持ってって」

「はぁ……わかりました」


 小暮が書類を抱えて部屋を出ていく。

 閉まったドアの向こうに残るのは、蛍光灯の白い光と、アリアの微かな笑みだけだった。

 その瞳の奥では、もう次の舞台の照明が灯っている。

 安心して見れる。そう思った時ほど、躓きはあるものだ。

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