願いを叶えるポスト
曇空 鈍縒
ある男の話
その郵便ポストに手紙を入れると、書いたことが実現するらしい。
◯◯県と◯◯県の境にある、誰も通らないような細い山道に置かれた郵便ポストには、そんな噂話が存在している。
丸みを帯びた箱型の本体は、塗装が剥がれて錆びつき蔓草に覆われており、郵便が回収されている様子はない。そもそも、こんな誰も通らないような場所に、誰が何のために郵便ポストを設置したのかすら謎だ。
だが、その郵便ポストは確かにそこにあるという。
俺もずっと半信半疑だった。というか、ほとんど信じていなかった。
今、この瞬間までは。
「本当にあったのか」
市街地から車で三時間。アスファルト舗装ではあるもののガードレールもない細い山道を通り抜けて、俺はようやく例の郵便ポストを見つけた。
どうやら、噂のポストは本当に存在していたらしい。山の中にあるポストという違和感のためか、不気味な雰囲気を纏っている。妙な噂が立つのも納得だ。
俺は車を止めた。俺の軽自動車は狭い道を完全に道を塞いでしまっているが、どうせこんな場所を通る人なんていないだろう。
俺は車を降りて、口に咥えていたタバコを地面に投げ捨て靴で火を消し、その郵便ポストへと近づいた。
朽ちかけた郵便ポストは、デザインだけ見れば、街中に置かれているそれと大きな違いはない。片方にはハガキ用の投函口が、もう片方には大型郵便物用の投函口がある。
噂通りの外見で、また、郵便物が回収されている様子もなかった。
少なくとも、願いを叶える様なご利益がある様には見えない。
だが、火のないところに煙は立たないとも言う。
俺はポケットから願いを書いた手紙を取り出す。
願いは、ひとまず二つ書いておいた。まずは競馬に勝つこと。もう一つは、俺をクビにした上司が苦しんで死ぬことだ。
噂が正しければ、この手紙をポストに投函することで、願いが叶う。
やはり非現実的だ。
そんな簡単に願いが叶うとは思えない。この世界がそんなに都合良くできていたら、俺の人生はもっと順風満帆だっただろう。
だが、仕事をクビになってからもう一年。金は競馬やらで底を尽きてしまったし、昔の友人たちからも金を借り尽くしてしまった。
もう、こんな胡散臭いものに縋るしかない。
俺は苛立ちを覚えて、ポケットからタバコを一本取り出し、火をつける。紫煙を肺一杯に吸い込んで、吐き出す。
口にほろ苦い煙の味が広がり、苛立ちが少し和らいだ。
俺は一服して、タバコを地面に投げ捨てる。
早く手紙を投函して、こんな不気味な場所から去ろう。
俺は錆びついたポストの投函口に、手紙を押し込んだ。
手紙が中に入ると、ストンという軽い音が聞こえる。手紙が、積もった紙の上に落ちた音だ。ポストの中には、他にも手紙が入っていたらしい。俺と同じ様なことをした奴が、前にも何人かいたのか。
俺は少し気になって、郵便ポストの投函口から中を覗いた。暗くてよく見えなかったので、ポケットからスマホを取り出してライトで中を照らす。
次の瞬間、俺は恐怖に息を呑んだ。
外見より綺麗な内部の空間は、何かの儀式を行ったみたいに、血の様などす黒い文字で埋め尽くされていた。
底の方には数枚の手紙が入っていたが、そのどれもが不気味に黒ずんでいる。
その中には俺の手紙もあるはずなのに、それらしい手紙は全く見当たらなかった。
急に恐怖が込み上げてくる。
これは明らかに、願いを叶えてくれる魔法のポストではない。
何かの呪詛だ。
それも、かなり悪意に満ちている。郵便ポストの内側に書かれた文字からは、息苦しいほどの憎悪が感じられた。
逃げないと。
俺が後退りながら車へと向かおうとしたその時、ぐしゃりと何かが潰れた音がした。
俺は、ゆっくりと振り返る。
そこに、俺の軽自動車はなかった。その代わりに、どうやら俺の軽自動車であったらしい、潰れた金属の塊があった。
森の斜面を、タイヤが転がっていく。
[贄]
その時、どこからか声が聞こえた。
人の声ではない。
枝葉が風で揺れる音をそのまま声にしたような、掠れた音。
[足りない][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄][贄]
[足りない]
耳障りな声が響く。
俺はもう耐えられなかった。
自分でも訳の分からないことを喚き散らしながら、ひび割れたアスファルト舗装の道を走る。細い山道は、車で通るには狭いが、徒歩で走るには広い。
声と、何かの気配が、俺を追いかけてくるのが分かった。
だが、振り返ってはいけない。
もし振り返ったら……。
[贄][贄][贄][贄][贄][贄]
[足りない]
声が聞こえる。声が近づいてくる。声が耳元で囁く。
声が、
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