魔法少女プリティ・マジカル・サターン ~おっさん、魔法少女化進行中!~

ラフ・フォックス

第1話 浸蝕(インヴェイド)のフリル

薄汚れた雑居ビルの地下。ネオンサインが「スナック 麗華(うららか)」と滲む入口の横で、田中 悟たなか さとる(42歳、独身、中堅商社の中間管理職)は頭を抱え、ひたすら呻いていた。


「……夢だ。これは疲労と飲酒による極度の幻覚だ。目を開けたら、いつものくたびれた俺の部屋に戻っているはずだ……」


彼の眼前には、全身鏡に映る信じがたい光景。光沢のあるサテン生地に大量のレースとリボンがあしらわれた、蛍光ピンクのフリルドレスを着た、どう見ても10歳くらいの少女が立っている。

髪はアッシュブロンドの縦ロールで、頭には大きなハート型のティアラ。

そして、

周囲には、甘ったるいイチゴミルクのような香水の匂いが充満していた。


「地獄かよ。リアルな悪夢を軽く超えるビジュアルだぞ…」

「おじさま! 現実逃避は生産性がありませんよ! フリフリキュアの力を受け入なさい!略してフリキュア!」

「ちょっと黙っててくれないか?」


彼の隣には、手のひらサイズの喋るハムスター、フムフムが宙に浮いている。フムフムは必死に声を張り上げるが、田中は怒りのあまりフリルドレスの裾を強く握りしめた。


「またまた、普段の小汚い姿がこんなに可愛くなったのですよ?少しは喜んでいただけてると確信しているのですが!?ね、プリティ・マジカル・サターン!!」

「うるさい! 誰がフリフリキュアだ! なんで俺は『プリティ・マジカル・サターン』なんて名乗らされてんだ! お前ら、俺の人生をなんだと思ってる!」


事の発端は、一週間前の深夜。

残業で終電を逃し、トボトボと歩いていた田中は、公園の隅で奇妙な光を目撃した。興味本位で近づくと、黒いローブの集団が「アビス・カオス」を名乗り、何やら禍々しいものを召喚している真っ最中だった。


「な、なにしてるんだお前ら?」

「ヌゥ、人間だと!?見られたからには…!!」


とっさに「警察を呼ぶぞ!」と叫んだ田中だったが、集団の放った攻撃を受け、あっさりと瀕死の重傷を負うことになる。

そんな時、強烈なピンクの光と共に、このハムスターもどきが現れて言ったのだ。


「おじさま、死にたくなければ今すぐご契約を!今ならフリルパワー1.3倍無料キャンペーン付きで大変お買い得ですよ!!あ、瀕死みたいなので、沈黙は肯定とみなしますので無理にしゃべらなくても大丈夫ですよ!」



抵抗する間もなく強引な契約を結ばれた田中。

痛みのなくなった身体。あふれる力。そしてフローラルな香りと共にその魔法少女は大地に舞い降りた。

無意識に振り上げた拳は大地を砕き、怪しい集団は蹴りの風圧だけで吹っ飛ばされていた。

敵も無抵抗ではない、銃刀法違反を中指立ててぶっちぎるような装備で、次々と攻撃してくる。

だがそのすべての攻撃を紙一重で見切り、お返しとばかりに攻撃を返す。

『フリル・ブレード!!』

手に巻いたフリルリボンがしゅるしゅると解け、シンプルな剣に変わる。

―――一閃。

敵はだくだくと流れる青い血をまき散らしながらその場に倒れる。


死んではない…と思うが、明らかな過剰攻撃オーバーキルだった。

とはいえ、一度殺されかけた身なのだ。過剰防衛とはいえ法などを考えている余裕はなかった。

敵を一掃し、なぜか無意識に決めポーズをとる。


『プリティ・マジカル・サターン!!この私がいる限り、悪は絶対に許さないわ!!』


そんな言葉がすらすらと出た。

なんだ、これは。



そして冒頭に至る。

戦っているときはわからなかったが、あんまりな姿に驚愕して、このハムスターのようなモノへ問い詰めていた。


「おい、ハムスターモドキ」

「フムフムなのです!」

「なんでもいい。説明をしろ。なんだこの力は」

「えーおじさまは、偶然にも『清濁併せ呑む中年男性の無関心さ』という稀有な心の持ち主だったのです。その無関心さこそが、アビス・カオスの悪意ある熱量を打ち砕く鍵だったわけですね!」

「そういうことじゃねぇよ、まずなんなんだよお前は!あとさっきの契約ってなんだ!?」

「つまりですね、私はあなたの『運命のパートナー』なわけです!!契約ですが、一度結んだ魔法少女の契約は、アビス・カオスを完全に打ち破ってからでないと解除できません! つまり、おじさまは強制的に魔法少女として悪と戦う宿命なのです!」

「は?」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!真顔で握りつぶそうとしちゃだめなのです!!!」


田中はキレていた。



このままハムスターモドキをつぶして全部なかったことにできないか?

そんなことを思っていた瞬間、外から地鳴りが響いた。


「なんだ!?」

「あれは怪人『ブラック・クレーマー』!!」

「ブラック…クレーマー…?」


そこには、繁華街のど真ん中に、巨大なコーヒーカップに全身を埋め込んだ男が立っていた。

「ああああ味が薄い!せせせ、接客態度が悪い!ぜ、全員土下座しろ!」

「きゃあああああ!!!!」


男こと、ブラッククレーマーは絶叫し、何やら黒いオーラを展開する。

次の瞬間、男を中心にあらゆるものに重力の力場が発生し、辺りの人や街灯をなぎ倒しはじめた。

「う、うわあああああああ!!!!」

「なんなのこれ!?いやああああ重い…!!!」


「ふははははははは!!!これぞ強制土下座!!!き、気持ちがいいぜえええええ!!!」


「今こそ『プリティ・マジカル・サターン』の出番ですわ!さ、行きましょう!!」

「くそっ、また変な連中か! 俺が退治しなきゃならないのは、ブラック企業の上司か面倒な取引先だけで十分だってのに!」


田中はため息をつき、蛍光ピンクのフリルドレスで足をバタつかせながら、路地裏から飛び出した。



「うるせえ! テメェの我儘で街を壊すな、この大迷惑なモンスターが!」

田中はフリル・ブレードを構えた。


「うわああ! なんだこのピンク!それにその顔……は、 吐き気がするぜ! そんな恰好で町を歩くなんて…クレームだ!!!!」

「俺だって、好きでこんな格好してるんじゃねぇよ!!!!」


ブラック・クレーマーは、手に持った巨大なレシート状の触手を振り回す。

超高速の攻撃だったが、田中はフリルを翻してフリル・ブレードですべて応戦していく。

ブラック・クレーマーはにやりと笑うと、レシートとは別に重力波を展開し、田中に負荷をかけてきた。

ドレスの重さとフリルの邪魔さで動きが鈍い。

戦闘自体は問題ないが、決定打となる攻撃が届かない状態だった。


「おいフムフム! この格好、動きづらすぎる! 42歳の身体にこの生地の摩擦抵抗はヤバい!」

「おじさま! 魔法少女の衣装は、可憐さと防御力を両立しているのです!それに体の方は10歳ですので問題ありません! いざ、必殺技! キュア・フリル・アタック!ですよ!ちなみに音声認識で発動します!!」

「この仕様考えたアホを今すぐここに呼んで来い!!!ぶっ潰してやる!!!!」


田中は渋々、フリルブレードを掲げ、イチゴミルクの匂いを周囲に撒き散らしながら叫んだ。


「プリティ・マジカル・サターン! 必殺! キュア・フリル・アタック!」


フリルブレードの先から、大量のピンクのレースとリボンの束が飛び出し、怪人『ブラック・クレーマー』の体に絡みついた。


「ぐああ! なんだこのフリル! 無理だ、可愛すぎる!!振りほどけない…クレームを入れてやる!!!」

「クレームはその糞ハムスターに言え!!」

田中は叫びながら巨大化したフリルブレードを振り下ろす。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」


怪人は、絶叫と共に爆散した。後に残ったのは、焦げ付いたコーヒーの染みだけだった。


注目を浴びるのを恐れて路地裏へ逃げ込むと、変身が解け、光が収まる。

田中は元のワイシャツとネクタイ姿に戻り、地面に倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……悪夢だ……」

「さすがです、おじさま! 流石見込んだだけはありますね!」

「二度とやらんぞ…」

「あっはっはっは、それは無理です。ほら、腕の方をご覧ください」

「腕?」

田中は右腕に違和感を感じ、ワイシャツの袖をまくり上げる。そこには小さなピンクのラメが輝くリボンが巻かれていた。

「え、ナニコレ?取れない!?」

「契約の証です!これで肌身離さず、どんな時でも変身ができます!もう肉体の一部みたいなものなので、取り外しは絶対にできないですよ」

「42歳を社会的に殺すアイテムを装備させるんじゃないよ」


嘆く田中の心を察したのか、腕に装備されたリボンのラメが、キラリと光った。

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