第十六話 五

  五


 その男は海の上を駆けて大陸南端中央部の港ビギナーズ・ゲートに到着した。

 実際には海面を踏んでいたのではなく何もない空中を踏んでいた。その疾走速度は時速二万キロを超えていたがソニックブームは起こさず、海面にさざ波一つ加えることはなかった。

 港に到着するまでには減速して肉眼で捉えられる程度となっており、男は最後に軽く跳躍して舗装された地面に降り立った。

 のんびり見回すが、港に停泊している船はない。戦争の噂を聞いて大陸への移住希望者は激減しているらしかった。

「『鋼』のおじき、お手数をおかけします」

「ディンゴさん、お久しぶりです」

 男が正面に向き直ると二人の女が立っていた。ヤクザの上役に対するような挨拶をしたのが三白眼痩身のマックギリーで、お気楽な挨拶が常に優しげな微笑を浮かべるリルエスだった。二人共、上陸管理局の職員という立場である。

「おう。ルーンのためだしな。この大陸の条件だと、お前らじゃあきついか」

「きついですね。力押しが出来ない分、師匠との技勝負になったら勝ち目がないっすわ」

 マックギリーが正直に言う。

「ルーンは今休憩中だよな。ルナクスか。両目揃ってるよな。ゼロ・ガンは使ってるか」

「休憩中です。両目揃ってます。ゼロ・ガンは使っていません。我力が足りないせいだと思いますが、いざとなったら使うかも知れません。でも、ディンゴさんなら関係ないですよね」

 ニコニコしてリルエスが答える。

「奴は『気』を使ってるか」

「使っている時も、まあ、ありますね」

「なら俺も使っていいってことだな。条件を合わせとかないとな。奴は休憩中だが契約中だ。ちょっとした引け目も命取りになる」

「ディンゴさんでも先生とは分が悪いですもんね」

 リルエスの指摘に『鋼鉄の男』ディンゴは左の口角を上げて苦笑してみせた。

「そうだな。だが今回は奴のためにも勝たにゃならんからな。そういう正念場だとな、俺の方が勝率は高い……いや、五分五分くらい、かねえ」

 ディンゴの外見年齢は三十代後半であった。背丈は標準的だが筋肉は厚い。Tシャツにカーゴパンツというラフな服装で、腰に木鞘の剣を下げていた。適当に自分で切ったような髪と、前回剃ってから二週間ほど経っていそうな不精髭。粗削りな顔立ちだが不細工ではなく、目は何処か面白がっているような輝きを帯びている。飄々とした雰囲気も合わせ、一見して山賊の頭領といった印象を与えていた。

「大陸のルールに沿って、まずは非戦地帯で疑似的に『器』を縮めてもらわないといけません。おじきだと二ヶ月くらいはかかってしまいそうなんですが……」

「急ぐんだろ。五分で整える」

 ディンゴは二人に両手を差し出した。怪訝な表情は一瞬のことで、二人はディンゴと手を繋ぐ。

 何かが繋いだ手を介してディンゴと二人の間を循環する。ディンゴが大きく息を吸い、少しずつ吐き出していく。吐息と一緒に見えない熱のようなものがディンゴの体から排出されていった。

 予告通り五分ほどで手を離す。ディンゴは「どうだ」と尋ね、マックギリーは頷いた。

「合格ラインです。すぐに出発して問題ありません。サポート要員は必要ですか」

「要らん。運営はなるべく手出ししない方がいいんだろ。適当に現地調達するわ。じゃあ、行ってくる」

 ディンゴは軽く片手を上げてさっさと駆け去っていく。二人は一礼してその背を見送った。

 非戦地帯には普段よりも多くの人が集まっていた。上陸したばかりで体を慣らしているのではなく、戦争を怖れて避難してきたのだ。タラトス王国やユニティーが本格的に侵攻されれば避難民はもっと増えるだろう。

 ディンゴは不安げな顔の人々を横目に北へ駆ける。その速度は海上を移動していた時のような超速ではないが、明らかに人外のものではあった。

 案内の標識が見えると右の道を選ぶ。『共和国』ユニティーに繋がる道だった。

 ディンゴの頭上に黒い球体が浮かんでいる。非戦地帯を出た時はピンポン玉くらいの大きさだったが、次第に大きくなっていき、ユニティーに辿り着く頃にはバスケットボールほどになっていた。塗り潰したように真っ黒で、細かな凹凸もない綺麗な真球だった。

 ユニティー領に入ると最初に見える都市がウェルカムシティーだ。人口三十万、大陸への移住希望者がそのまま住み着くことも多く、平和で活気に溢れた都市だが、やはり戦争が影を落としているようで人々の顔は暗い。

 あちこちに立て札や貼り紙があり、「義勇兵募集中! 帝国の暴虐から大陸を守ろう!」というキャッチフレーズが目立った。

 立て札の示す矢印に沿って駆けていくと、噴水のある広場に大型のタープテントが設営され、そこで義勇兵の受付をやっていた。百人ほどが集まっているが、多くは見ているだけで実際に応募する者は殆どいないようだ。

「ふーん。そこそこの奴が何人かいるな」

 居合わせた顔ぶれをざっと見渡すと、ディンゴは空いていた受付に早速歩み寄った。

「義勇兵に参加しようと思うんだが、いつ出陣するんだい」

「それは……ある程度の人数が揃ってからになりますので……」

 受付嬢はディンゴの頭上で支えもなしに浮かんでいる黒い玉を気にしながら答えた。

「どのくらい揃ってるんだい。あんまり集まってなさそうだがなあ」

「そりゃ、帝国軍に『セントラル山の狩人』がついてるんだ。わざわざ死にに行く馬鹿はいねえよ、普通はな」

 見ていた男の一人が説明してくれた。外見的には四十代後半、魔獣の毛皮製の服を着て、全長四メートルほどの薙刀を持っている。頬と顎は濃い髭に覆われ、左目付近に薄い傷痕がある。

「何も知らねえ移住者がうっかり参加しちまわないように、俺は見守ってるって訳だ」

 男の言葉に受付嬢は嫌そうな顔をした。ユニティー政府にとっては妨害行為だが、個々人の自由を尊重する国是としては追い払う訳にもいかないのだろう。

「そっかあ。しゃあないな。一人で行くか」

 頭を掻きながらディンゴが呟くと、薙刀の男は突っ込んだ。

「一人で行ってどうする気だよ。無駄死にするだけだぞ。それと、よ、お前の頭の上のそれは何だい」

「俺はルナクスの奴を殺しに来たんでね。立ち会いにある程度の人数欲しかったが、ないならないでもいいさ。それからこいつはダークボール。ファイヤーボールの超絶進化版みたいなもんで、まあ小さな太陽ってとこだ。今は俺がコントロールしてるからいいが、迂闊に触らん方がいいぞ」

 ディンゴは頭上の黒い球体を指差して言った。

「へえ、剣士っぽく見えたが魔術師だったのか。もしかしてマナシークの生き残りかい」

「いや、俺は戦士だし、今日大陸に着いたばかりさ」

 別の男が聞いてくる。

「小さな太陽か。どのくらいの威力があるんだ」

「そうだなあ。今の育ち具合だったらこの都市丸ごと、欠片も残さず消し飛ぶくらいかな」

「核兵器かよ」

 誰かが突っ込み、皆笑った。ディンゴも面白そうに声に出して笑う。

 その笑顔を見て何を感じたか、薙刀の男は急に真顔になった。

「マジかよ……」

「おーい。おーい、ディンゴ」

 声を上げながら近づいてくる者がいる。人込みを蹴飛ばして現れた老人はローブを着ていた。皺の多い顔だが声と身体の動きは若々しい。

「おう……セムダックか。こっちに来てたのか」

「今、俺の名前すぐに出なかったな」

 セムダックが不機嫌に口を歪めた。めくれた唇の間に覗く歯はみっしりと二列あった。ディンゴは朗らかな誤魔化し笑いを浮かべる。

「ルナクスのやらかしにオアシス会から誰か出てくると思っとったが、やはりお前か」

「ああ、このままだと初心者用大陸なのに初心者が半分くらい死にかねんからな」

 セムダックがディンゴの頭上に浮かぶ球体を見る。

「ふむ。お得意のダークボールか。本来より威力は低いだろうが、これで女帝を殺すか」

「いや、殺すのはルナクスの方だ。女帝は生かそうと思ってる。ルナクスが護衛の契約しちまってるからな。なるべく失敗させたくない」

「だが勝てるのか。同じ我力量だとお前が不利だろ。俺が加勢しようか」

「いや、ありがたいが遠慮しとくわ。有利な条件だと逆に負けそうな気がするんでな。ただ、立ち会いは頼めるかい。勝っても俺がまともに動けるとは限らないんでな」

「いいだろう。今度何か奢れよ」

 やり取りを見ていた男達はざわつき始めていた。ルナクスを殺すとか勝つとか、相手の実力を分かっていて言っているようであるし、テルナン王国崩壊時に王都でハンターズ・ギルドの支部長を務めていたセムダックを知る者も何人かはいたのだ。

「おい、お前さん、何モンだい」

 薙刀の男が改めて尋ねる。

 ディンゴは左の口角を上げてニヤリと笑ってみせた。

「ルナクスの義兄弟で友人で、奴と大体同じくらい強い男だ。お前もやる気ありそうだから立ち会いに来なよ。面白いもんが見られるぞ」

 『不死身のシュテム』の肩に手を置いて、ディンゴはグイと引き寄せるとそのまま引っ張って歩いていく。

「ちょ、ちょい、待て」

 そんなに力を入れている様子はなかったがシュテムはまるで抵抗出来ず、転ばずについていくのがやっとのようだ。

 と、見ていた者達の中から一人の男が声をかけてきた。

「あのさ、俺もついてっていいかな。折角だし、見てみたい」

「あ、俺も」

 何人かが手を上げた。

 ディンゴは立ち止まり、少し考えてから言った。

「じゃあ、覚悟と体力のある奴だけついてきな。のんびりしてたら死人がそれだけ増えるからな」

 ディンゴが駆け出し、それにシュテムとセムダックがついていく。セムダックは年老いた魔術師の外見で足は速かった。更に十人ほどの男達が続き、義勇兵の受付は寂しく放置された。

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