第十話 四
四
テルナン王国の王都グリハザールには大型の公開処刑場がある。王国のどの都市にも町や村にも処刑場はあるが、グリハザールの処刑場は最も大きく、豪華な作りだった。
三万人が収容可能な観客席は、皆が中央のステージを見下ろせるようにすり鉢状になっており、入場料は基本的に無料であるが金を払えばステージに近い席に座れる。貴族は最前列で観るか、すり鉢の縁にある個室でオペラグラスを使って観ることが多い。
グリハザールの公開処刑は原則、毎週日曜日に行われる。その日に処刑されるのが一人だけのこともあるが、貴族家の取り潰しや商会の不祥事発覚などが起きれば一日で二十人以上処刑されることもある。
テルナン王国の法律は厳しく、犯罪者は奴隷などにするよりとにかく処刑してしまう。窃盗でも処刑されるので捕まりそうになると開き直って強盗殺人を犯して逃げ、そんな者達が山賊団を形成することも多く、逆に治安が悪化するというおかしなことになっていた。都市の衛兵は小遣い稼ぎに領民から金を脅し取り、逆らった者は犯罪者扱いして処刑する。
そんな重苦しい生活における人々の唯一の気晴らしが、他人の処刑を眺めることだった。テルナン王国が他国から『処刑国』と揶揄される
グリハザールの公開処刑場では庶民を飽きさせないように様々な処刑法がある。絞首刑、磔、火炙り、生きたまま猛獣に食わせる、首から下を土に埋めて観客に石を投げさせる、など。しかし最も人気があり多用されているのはギロチンだ。あっさりし過ぎてつまらないと言う者もいるが、人間の首が一瞬で切断され転がり落ちるところはある種のカタルシスを人々に与えるらしかった。
伝説の『セントラル山の狩人』が処刑されるとのことで、この日の観客席は超満員となっていた。座る席がなく立ち見になっている客も多い。派閥や交友関係のある者を殺されて恨みを抱く貴族達が、宿敵の処刑を見届けるべく最前列を陣取っていた。しかし、大物貴族はルナクスが土壇場で暴れ出すのを怖れて後方上の個室で護衛達と共に見守っていた。
最前列にはハンターズ・ギルドのグリハザール支部長セムダックが、格好つけの豪華な帽子と杖で身を飾り、ニヤニヤと笑っていた。
その隣には鑑定官ギルドのグリハザール支部長がいた。自身も一級真偽鑑定官である中年の男で、ずっとしかめ面をしていた。
「あの『セントラル山の狩人』がこんな簡単に終わる筈がないと思うのですが。セムダック様、これから何が起こるのか、予想がついていらっしゃるのでは」
処刑を期待する人々の騒音の中で、彼はセムダックに尋ねた。
「ああ、分かってるぞ。あんたも真偽鑑定官なら俺の頭から読み取ってみなよ。ほれほれ」
セムダックは鑑定官のこめかみに自分の額を押しつけた。鑑定官は凄く嫌そうな顔をしていた。
時間が正午に近づき、まずは目元に仮面を着けた司会者が登場すると観客はドッと湧いた。司会者は拡声器を使って『セントラル山の狩人』のプロフィールと罪状を読み上げる。
ビギナーズ・ウェルカム大陸成立期から生きていると言われる怪物。セントラル山は彼の領地であり、無許可で麓の白いラインを越えると何処からか飛んできた矢に瞬殺されるというのは有名な話だ。一級ハンターでもあり災害となるレベルの強大な魔獣を数限りなく仕留めているが、それよりも多くの人を殺しているのだ。彼の機嫌を損ねた者達は女子供でも容赦なく殺される。これまでに幾つもの町が、都市が滅ぼされ、過去には国が丸ごと消えた例もあるという。
「我が国も実に簡単に人が処刑されますが、この『セントラル山の狩人』の殺し具合もそれに劣りません」
司会者の冗談っぽい言い回しに人々は大声で笑った。前列の貴族達は冷笑を浮かべていた。余計なことを言ってしまった司会者が来週処刑台に送られると悟ったのだ。
テルナン王国もこの『セントラル山の狩人』によって多くの被害を受けてきた。古くは王族の暗殺から、最近ではヘセルカンドの虐殺、テルヌス公爵家、クレイマン伯爵家、シャリハット男爵家など一族・家臣・使用人ごと皆殺しにした件。全て読み上げると時間がかかるということで、二十件ほど列挙した後は省略された。
「奴のルールは割とはっきりしてるんだがな。容赦がないのは確かだ」
セムダックの呟きは観客の立てる騒音に紛れた。
「こんな怪物の駆除を決断なさった陛下の覚悟と勇気に、皆様、どうか万雷の喝采を」
観客は大喜びで拍手喝采しているが、司会者の処刑は確実となった。
すり鉢の縁に設けられた個室から、テルナンの王サークォール・テルヌスは冷たく見下ろしていた。まだ四十六才だが髪は真っ白で、滅多に表情筋を動かさない顔の皮膚は弛んでいた。目の下から頬にかけて青紫の染みのようなものがあり、「無実の人を処刑し過ぎたため呪われた」と陰口を叩かれることもあるが、発言者は大概処刑台に送られる。
テルナンの王は代々処刑好きだ。北にヘルストカイム帝国、南に『陰謀国』とも呼ばれるグローリア王国と接するプレッシャーが王達の性格を歪めるのか。或いは処刑好きの民衆から自分が標的にされないよう、積極的に処刑して民衆の期待に応えているのか。少なくとも「こんな理不尽な処刑はもうやめよう」などとまともな妄言を吐く王はこれまでいなかった。
「それでは、『セントラル山の狩人』『アイスマン』の異名を持つ怪人、その名はルナクス。いよいよ入場ですっ」
人々の歓声を受け、刑吏に引っ張られてルナクスが歩いてくる。手枷足枷を填められ、粗末な囚人服を着せられて、怯えも怒りもなく、いつものように無表情に。
歓声が困惑のざわめきに変わっていく。期待が失望に変わり、ブーイングする者まで現れた。
「普通の兄ちゃんじゃねえか」
「全然強そうじゃねえぞ。偽者だろ」
ルナクスが大人しくステージに上がり処刑台の横まで連れてこられたところで、あまりにブーイングが多いので刑吏達も助けを求めるように司会者を見た。だが最前列から手を挙げる者がいた。
「ああ、はいはい、ちょっとその道具貸してくれや」
ステージに勝手に上ってきたのはセムダックだった。司会者から拡声器を受け取ると二重の歯列を見せてニッと笑う。
「俺はセムダック。ハンターズ・ギルドのグリハザール支部長だ。俺が来てからハンターの処刑が減って、がっかりしてる都民も多いかもなぁ」
観客が笑い声を上げた。
「こいつを偽者と思ってる馬鹿がいるようだから説明してやる。お前らが想像してる強い奴ってのは、体が馬鹿でかかったりやたら筋骨隆々だったり強面で鋭い眼光だったり、奇抜な格好してたり凄そうな武器を持ってたり、なんかオーラをまとって迫力があったりするんだろ。まあそういうのの中にも強い奴ってのはいるが、力を見せびらかさないタイプの強い奴ってのもいるんだ。筋肉普通、顔普通目つき普通、格好普通、武器も普通、オーラも迫力もない、一見そこらの村人みたいな兄ちゃんだろ。この姿に騙される奴が多いんだよ。舐めてかかって要らんちょっかいかけて地獄を見る奴がな。おい、うちのハンター連中にも、ルナクスの暴れっぷりを見たことのある奴が一人か二人はいるんじゃないか」
セムダックに視線を向けられ、観客席の一ヶ所に固まっていた三十人ほどのハンターのうち、ベテランらしい男がひどく渋い顔をした。「ハンターとハンターズ・ギルド職員専用席」という立て札がついてそのエリアは仕切られていた。
「という訳で取り敢えずだ、俺が保証してやる。安心しろ、こいつは本物のルナクスだ。『セントラル山の狩人』『アイスマン』『大陸で最も人を殺した男』だ。バッチリ、本物だよ。……で、今度はお前らはこう思うだろう。そんな化け物なのに、どうやって捕まえたんだろう。どうして逃げないんだろう。どうしてこの場で暴れないんだろう。本物でそんなに強いのなら、刑吏も衛兵も皆殺しにしてついでに貴族共も皆殺しにして逃げちまえばいいじゃないか。ってな。答えを教えよう。それはな、ルナクスが俺様と約束したからだっ」
セムダックが観客を見回しながらまたニカッと笑った。観客は驚きの声と笑い声を上げる。貴族達は顔をしかめている。
「大人しくギロチンで首を落とされること。そういう約束だ。それで、ルナクスがテルナン王国でやらかした色んな罪状についてはチャラにしてもらう。俺から王様にも話を持っていって了承してもらった。サークォール王のご英断に感謝を。いやあ、これでテルナンもスッキリするだろうなぁ」
個室のテルナン王に向かってわざとらしく一礼し、拍手を浴びながらセムダックはステージを下りていった。
拡声器を取り戻した司会者が言った。
「セムダック様、ありがとうございました。セムダック様のご説明がなければ、そこらの庶民を替え玉処刑するのかと勘違いされるところでした」
また観客が笑った。
「それでは『セントラル山の狩人』には処刑台に横たわってもらいましょう」
刑吏に引っ張られ、ルナクスはギロチンの手前の細長い台に俯せになった。分厚い板の半円状の窪みに首を乗せると、上からもう一枚の板を合わせられ、固定される。板には両手首を固定する穴もあったが、下手に一旦外して抵抗されるとまずいと思ったのだろう、手枷足枷はそのままにされた。
ルナクスの首の上に、エッジが斜めになったギロチンの刃がロープで吊られている。ロープは地面に打ち込んだ杭に結びつけられており、処刑人がロープを切ると刃がレールを滑り落ち、一瞬で首を切り落とす仕組みだ。
素直に従うルナクスを見て、ハンターの一人が呟いた。
「まだ信じられん。あのルナクスが、こんなに大人しく処刑されるなんて」
「ああー、首も嵌まっちまった。だが奴ならぎりぎりで抜け出せるんじゃないか」
「それで暴れ出したらどうするよ」
「そりゃ、逃げるさ」
ハンター同士でそんなことを言い合っていたが、ルナクスは逃げようとはしなかった。
いつもの処刑なら罪人が必死に抵抗しようとしたり泣き喚いたり、既に諦めて悲しげにうなだれていたりするのだが、ルナクスは相変わらず無表情で、内面を全く窺わせなかった。
仕方がないので司会者が声をかけた。
「ルナクスさん、何か言い残すことはありますか」
顔の前に拡声器を近づけられ、ルナクスは答えた。
「特にない」
それを潔さと取ったか、観客の一部は拍手を送った。
「さあ、観客の皆様、カウントダウンをっ」
司会者が大きく右腕を振り上げ、「テンッ」のかけ声と共に振り下ろす。慣れている観客達は同じタイミングで「テンッ」と唱える。
司会者がまた右腕を振り上げ、かけ声と共に振り下ろす。
「ナインッ」
「エイトッ」
「セブンッ」
ルナクスは無表情にカウントダウンを聞いている。
「シックスッ」
セムダックはニヤニヤしながら帽子の位置を直す。
「ファイブッ」
その隣の鑑定官はギロチン台に目を凝らしている。何故ルナクスが素直に処刑を受けようとしているのか、その理由を探すかのように。
「フォウッ」
ハンター達の一部は盛者必衰だと冷めた目で見ていた。最後の最後に何かが起こるのではないかと疑っている者もいた。
「スリーッ」
民衆はただ熱狂している。処刑されるのが自分ではないことに、伝説の強者がなすすべなく殺されることに悦楽を覚えて笑顔で数字を叫ぶ。
「ツーッ」
前列の貴族達は酷薄な薄い微笑を浮かべていた。ルナクスが死ねば彼らは枕を高くして眠れるだろうが、貴族同士の暗闘や陰謀から逃れられる訳ではない。いつかは自分達も処刑台に据えられるかも知れないことを、彼らは自覚しているだろうか。
「ワンッ」
サークォール王は眉一つ動かさず、つまらなそうに見下ろしている。個室前面の強化ガラス越しに。罪人も、観衆も、同じ価値なきものだというように。
「ゼロッ」
口元に笑みを浮かべ司会者は右腕を振り下ろした。処刑人がピンと張ったロープに斧を勢い良く叩きつけ断ち切り、セムダックが強化処理を施した重い刃がレールを滑り落ちた。
ズトンッ、という音が処刑場に響き、あっけなく切断されたルナクスの頭部が転がり落ちた。観客がワッと歓喜の声を上げた。
ルナクスの生首が前に転がる。無表情なままの生首が。ゴロン、ゴロン、と転がって、ステージから落ちるぎりぎりのところで腕が伸びてそれを拾い上げた。
「えっ」という驚きの声が上がる。多くの者は口をポカンと開けるだけで声も出せない。セムダックはニヤニヤ笑っている。
ルナクスの生首を拾い上げたのは、首のないルナクスの体だった。一秒前まで台に俯せに拘束されていたものが、手枷足枷も外れステージに立っている。首の断面からは血が流れ出ているがそれほど多くはなかった。
観客が唖然として見守る中、両手で自分の生首を持ち上げ、元の場所に密着させる。
三秒ほどで眼球が動き出し、視線を最前列のセムダックに向けると、ルナクスは言った。
「これで依頼された仕事は果たした」
「ああ。報酬も今渡しとくわ」
セムダックは金貨十枚の入った袋を投げ、ルナクスは受け取った。首を一周する傷口は癒合し始めて薄い線になっていた。
「預けていた持ち物も返してもらうぞ」
ルナクスは歩いてステージを去ろうとする。護送車と一緒に運ばれた武器や荷物の場所は把握していた。
「……インチキだ」
観客の誰かがポツリと零した。
「手品だ。トリックを使ったんだろう」
「俺達はマジックショーを見に来たんじゃない。やり直せっ。ちゃんと処刑しろっ」
堰を切ったように観客達が怒鳴り始めた。司会者はお手上げのポーズで、刑吏達も困った顔で前列の貴族達の方を見ている。
「マジかあ……」
「マジだわ。ハハッ」
ハンター達はあっけに取られた顔で虚ろな笑い声を上げた。
ルナクスが立ち止まった。彼をちゃんと知っている者なら細い悲鳴くらいは上げたことだろう。
無表情に観客席を見回す。処刑を主張する者がどれだけいるか確認するように。
「ちょっと待ったーっ」
セムダックがまた手を挙げた。ステージに上がり、司会者から拡声器を受け取ると、観客の罵声を吹き飛ばすような大声で喋り出す。
「あー、馬鹿なお前らにも分かるように説明してやる。インチキでも手品でもねえ。ちゃんと首落とされた。繋ぎ直した。それだけの話だ」
「そんなこと出来る筈ねえだろうがっ」
観客席からそんな突っ込みが飛んだ。
「出来る奴は出来るんだよ、バーカ。やり方は幾つかある。脳味噌を胴体の方に移しとくとか、予備の脳を作っとくとかな。体を自在に変形させられる奴なら、頭を胴体に格納してダミーの頭を飾っとく方法もある。首を切られることを覚悟しとけば、予め体に動きを覚え込ませておいて、自分の首を拾ってくっつけることだって出来るんだぜ。普通の人間にゃ無理だが、この大陸の人間は『恩恵』を使えるんだから、鍛えれば可能性はゼロじゃねえぞ。ルナクスはそれに加えて高等技術も使ってるんだがな。……それで、だ」
セムダックはギョロリと目を見開いて観衆を睨みつけた。
「俺は言ったぜ。大人しく首を落とされれば、ルナクスがテルナン王国でやらかした罪はチャラにしてもらうってよ。王様にも話をつけたんだ。だからもうルナクスの罪はチャラだ。お前らはよう、一体何の罪でルナクスを処刑しろって言ってんだ。それともまた貴族様や王様の特権で法律をねじ曲げて、無実の奴を無理矢理処刑させようってか。さあどうする。俺はギルドの奴らだけ守れりゃそれでいいから所詮他人事だ。お前らはどうする。ちゃんと覚悟してから口にしろよ」
観客席を巡らせるセムダックの視線は、魔術師にしては妙に威圧感があった。貴族達は黙り込む。民衆達も勢いが弱まったが、まだブツブツと文句を言っている者も多かった。
「いや、だって、処刑なんだから、ちゃんと処刑しないと……」
「でも死刑じゃなくても『刑に処す』のが処刑なんだろ。だからギロチン刑はちゃんと終わったんだから、これで終いだろ」
「俺はこんな誤魔化しを見に来た訳じゃねえ。もっとちゃんと……」
「こんなんじゃ、スッキリ出来ねえよ……」
文句に反論している者もいたが、不満を持つ者の方が圧倒的に多いようだ。大声で怒鳴るまではないが観客席はざわめき続け、やがて観衆の目はすり鉢の縁に設けられた個室に集まっていく。
個室で強化ガラスと近衛達に守られ、サークォール王は動かない。冷酷な、或いは全てに飽き飽きしたような熱のない瞳。輝く王冠が少しだけずれてきたが、王はそれを直さずにいる。いや、直せない。動けないのだ。
人々の無責任で残虐な視線を浴び、王の胸に蠢くものは何であったか。民に失望され自分が処刑台に寝かされるのではないかという恐怖か。それとも、民への、更にはテルナン王国そのものへの憎しみか。或いはあり得ない手段で死をくぐり抜けてみせた化け物への非難であったかも知れない。
王の目が観客からステージへ移り、その横に立っている化け物で止まる。
ルナクスの無感情な瞳に見据えられていることを自覚し、衝動的に王の口が動いた。
「奴を殺せ」
ビキュッ、という奇妙な音がした。ロストフェイスから輸入しマナシークの魔術師にコーティングさせた強化ガラスを何かが貫く音。
それはルナクスが報酬として貰った帝国金貨の一枚だった。ガラスを貫通した金貨は王の右眼球を割りながら頭蓋骨内に侵入し、メチャクチャにバウンドして脳を完膚なきまでに破壊した。左目と鼻孔からも脳漿混じりの血が溢れ出す。
一拍遅れて王の様子に近衛が気づき、「うおっ」と怯えた声を上げた。
ルナクスはステージに戻っていた。処刑人の斧をいつの間にか手に取っていた。処刑人は首を裂かれて倒れていた。
「いやはや、これで我が国も……」
お手上げのポーズで何か言いかけた司会者の首が斧の一閃で転がり落ちた。
またもや呆然と見ていた観客達は、漸く我に返る。
「やっちまえ、衛兵、早く殺せよっ」
「何ボサッとしてんだ、早くそいつを処刑しろっ」
「衛兵っ、衛兵っ、騎士団っ、何してやがるっ」
「王は早く命令しろっ、処刑だ処刑だろがっ」
我に返った後は、狂乱。人々はルナクスを指差し顔を歪めて喚き散らす。王が死んだことに気づいていない者も多かった。
ステージ脇にいた兵士達が慌ててルナクスに駆け寄ってそのまま兜と鎧の隙間を切られて倒れた。斧の軌跡をその目で捉えた者はどれだけいただろうか。投げ捨てられた斧が最前列の貴族数人の首を切り落としていった。ルナクスの手には新たに長剣と槍が握られていた。
「こっ、降参だ、降参するっ」
両手を上げて叫んだ貴族は喉を貫かれて死んだ。降参は王の宣言の前にすべきであった。
セムダックが鑑定官ギルドの支部長の首根っこを掴んで引きずっていく。
「なあマッケン、お前はテルナンの国民じゃねえよな。とっととずらかろうぜ」
「あれは……本当に首が落ちた。幻術でも、手品でもなく。人間は本当に、あそこまでの高みに……」
ルナクスの首繋ぎが衝撃だったようで、一級真偽鑑定官でもあるマッケン・モネスは頭を抱えて呟いていた。
「おーい、お前らまだそこで待ってろ。俺が先導してやるからよ」
セムダックが固まっているハンターズ・ギルド関係者に声をかける。
その頃にはステージ周辺の兵士達は皆死体となっており、ルナクスは観客席に乗り込んで剣と槍を振るっていた。無表情に、軽快な足取りで、両腕の動きは霞んで見えるほどに速く。シュババン、ズビュンッ、と人々の首が飛び血飛沫が撥ねる。
「よし、退場するぞ。取り敢えずはギルドの建物に避難な」
ギルド関係者達に合流したセムダックは悪魔のような笑顔になっていた。帽子と杖は投げ捨て、マッケンの首根っこは掴んだままだ。
「えー、もしかしてこれってよ、王がルナクスに敵対宣言したってことは、テルナン王国滅亡ってことか」
ベテランのハンターがくたびれた顔で言う。彼の耳は王の言葉を聞き取っていた。
「何だい、お前、こんな国に愛国心なんか持ってたのか」
セムダックが突っ込んで、ギルド関係者達は苦い苦い笑みを浮かべた。
ルナクスが殺し回っている。観客は逃げ惑うが定員以上に集まっていたため身動きが取れない。出口は詰まり過ぎて圧死する者も出ている。その横でセムダックの一行が空中を歩いて処刑場を出ていった。
「なんで俺らがっ」
「助けてくれっ、俺達は関係ないだろうがっ、助けろっ」
「なんで、なんでっ。私は見ていただけなのにっ」
そんな叫びがあちこちで上がるが聞いてくれる者はいない。ルナクスはただ作業のように武器を振るって、一秒当たり十人から二十人のペースで観客を殺し続ける。背中から数人まとめて槍で刺し貫き、長剣の一閃で数人の首を刎ねる。無表情に、容赦なく、老若男女の区別なく。急所のみを狙い最小限の労力で、数万人の観客を殺し尽くそうとしていた。
出口に近い者達が先に殺戮され、積み上がった死体のため人々は逃げられなくなった。恐怖の叫びを、救いを求める叫びを発するばかりだった人々の顔が、やがて、奇妙な悦楽にねじれていく。
この国で暮らしながら、ずっと重くのしかかっていた破滅の予感。誤魔化し続けていた、いつかは自分が処刑台に送られるのではないかという不安。それがいよいよ現実となることに、被虐的なある種の達成感を覚えていたのだろうか。
一時間ほどで処刑場にいた五万八千人を殺し終え、ルナクスは次の段階に移った。
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