第四話 二

  二


 セントラル山の住処を直接襲撃するのは論外だった。山を囲む白いラインが巨大な結界の境界線であることは百数十年前に判明していた。幾ら隠形に優れていても侵入すれば必ず感知される。

 彼らが襲撃場所に選んだのはタラトス王国最北端の町・ビスマーだった。ルナクスが数ヶ月に一度ビスマーに買い出しに来ることは分かっている。セントラル山からビスマーまでの道中で襲うか町中で襲うかについては、住民の気配に紛れやすく障害物も多いことから後者となった。

 『ウェルダン』ロゴモと『クラッカー』ペイト、『グリーン』ウェスパーは二級ハンターとして予め町を出入りしておく。ハンターライセンスカードは巧妙な偽造品で、魔道具を使い顔を変えていた。ただし幻影で誤魔化すようなタイプでは術を感知される恐れがあるため、実際に顔の造りを整形しており、事後に戻してもらうことになっていた。

 三人は周辺地域で適当に獣を狩りながら住民と馴染んでいく。不穏な発言をしそうなウェスパーは無口な男として通させ、他の二人は多少大口叩く陽気な中堅ハンターという印象を住民に植えつけた。

 ミスレックは町の外でずっと待機していた。岩陰に隠れ最上級の隠形魔道具を使い、更に薬物によって代謝を落とし、標的の接近だけに気を配る存在となった。いざという時の指示は通信機で行い、それも取り決めておいた符牒を伝えるのみとしている。

 リーフはハンターズ・ギルドの向かい側の家屋と家屋の隙間に潜んでいた。ギルドの玄関からカウンターまでを覗ける位置だ。自前の隠形術で気配を消し、背景に完全に溶け込んでいる。自己催眠で代謝も思考も凍らせて、指示があるまで三ヶ月はこの状態を維持する余裕があった。

 ビスマーに網を張って三週間後、ルナクスはやってきた。荷車を牽いて歩く様子は凡庸な一村人と変わりなかった。

 三キロ先に標的が見えた時点でミスレックはただ「ここは寒いな」と呟き、通信機を介して仲間達に作戦開始を伝える。

 宿屋で昼飯を食べていたロゴモ達三人はさっさと食事を済ませギルドの建物に入る。

「あまり狩りをしてないようですが、大丈夫ですか。その、金銭的に」

 ギルドの職員に心配され、ペイトが笑って返す。

「そろそろでかい獲物を狩ってみせるさ」

 リーフはまだ身じろぎもせず、目を閉じたまま待っている。

 監視塔の見張り役がルナクスの姿を認め、警鐘を鳴らす。住民達の間に緊張が走り、「アイスマンが来るぞーっ」「外に出るな」と大声が響き渡る。

「おいおい何の騒ぎだ」

「ああ、あなた方は知らなかったのですね。ここは『セントラル山の狩人』が立ち寄る場所なんです」

 ギルド職員が強張った顔で説明し、ロゴモがわざとらしく目を見開いた。

「ほう、あの伝説の。一度はこの目で見たいと思っとった」

「あの、皆さんは、出来れば宿にいた方がいいと思いますよ。あの方は、その……恐い方なので」

 職員の言葉に、ウェスパーはなんとか喋るのをこらえ、歪んだ含み笑いを浮かべるに留めた。

 通りには誰もいなくなる。西門を過ぎ、ルナクスが町に入ってくる。

 ミスレックはただ見守っている。右手にスイッチを握り込んだまま。

 リーフは動かない。その時が来れば瞬時に矢を放てる体勢で三週間耐え続けていた。

 ギルド内の三人はロビーの長椅子に腰掛けてのんびりしている。ヒク、ヒク、とウェスパーの腕の筋肉が痙攣する。

 雑貨屋の親父がルナクスに声をかける。

「帰りに寄るつもりだ」

 ルナクスが答える。抑揚の少ない、感情を窺わせない声音だった。

 荷車を両手で牽いている。襲撃に即時対応出来る状態ではなさそうだ。しかしミスレックは合図を出さない。リーフは目を閉じたまま、車輪の音を聞いている。

 車輪の音が止まる。ギルドの建物の前。リーフがゆっくりと目を開く。

 扉が開いたままの玄関にルナクスが近づくと職員達と三人の偽ハンターの視線が集まる。

 ルナクスが一歩足を踏み入れた瞬間、ミスレックが「腹減った」と戦闘開始の符牒を呟いた。

 リーフが背後から矢を放つ。建物内から『ウェルダン』ロゴモが無詠唱で両掌に火の玉を浮かべ、『グリーン』が毒ナイフを投げつける。『クラッカー』ペイトが指を鳴らし、入り浸っている間にこっそり爆弾でコーティングしていた玄関の床を起爆させる。ロゴモの火炎魔術が僅かに遅れるのは仕方ないものの、前後下の三方向からの奇襲だった。

 自分達が巻き添えを食らわないよう、爆発は真上のみに指向性を限定していた。それでもうまくすれば即死、悪くても両膝から下を吹き飛ばす程度の威力はあった。だが床の破片と衝撃波が叩いたのは天井だけで、ルナクスは既にその一歩先にいた。

 弾かれたナイフが横の壁に突き立ち、それに紛らせて吹いた毒針も叩き落とされていた。外から襲った無音の矢はルナクスの横を過ぎて向こうの壁に刺さった。

「な、なんと、まあ……」

 それは呆れか賞賛か。なんとか言葉を発することが出来たのは『ウェルダン』ロゴモだけだった。『クラッカー』ペイトと『グリーン』ウェスパーの頭部は綺麗に切断され宙を飛んでいた。ロゴモの両手首も火の玉を飛ばす前に切り落とされ、床の上で燃えている。

 ロゴモの喉に赤い横筋が走っている。台詞の続きを言うことが出来ぬまま、その横筋がパックリと開いていき、大量の血が噴き出した。最期の力を振り絞ったか、老人の全身が炎に包まれるが、自分の死体と椅子を焦がすだけに終わった。

 外から矢の追撃は来ない。泣き笑いの表情のまま固まっているギルド職員達を放置して、ルナクスは無表情に玄関へ踵を返す。隠形が解除され姿を現したリーフは、その額から金属の輪が生えていた。ルナクスがギルド内の三人に鉈を振るいながら背後へ投擲した菱形のナイフだった。

 四人が失敗したのを透視能力で見届け、ミスレックが右手の中のスイッチを押した。角度と距離を計算済みの迫撃砲が超高威力の砲弾を町の中へ向けて発射する。打ち合わせでは言わなかったことだが、失敗が見えたら仲間に生き残りがいても町一つ跡形もなく吹き飛ばす予定だった。

 放物線を描いて飛ぶ砲弾が途中で硬い音を立てて軌道を変えた。町の遥か右方に着弾し草原を吹き飛ばすが、ビスマーの被害は塀の一部が僅かに砕けた程度だった。

 立ち上がって逃げようとしたミスレックの目の前に、ルナクスが立っていた。

「誰に頼まれた」

 無感動な声音で問うルナクスの左手は弓を持っていた。高速で飛来する砲弾の側面を叩いて軌道を変えたのは一本の矢の仕業だった。

 ミスレックは答える代わりに左の奥歯に仕込んだ毒入りカプセルを噛み砕こうとした。だが顎の筋肉が収縮を始めた瞬間に、鉈の一閃が左の顎の骨ごと奥歯を削ぎ取っていった。

 幼子のように涙を滲ませながら震え始めるミスレックを、ルナクスは冷たい瞳で観察していた。

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