第15話 SSDの発表

 年が明けた、昭和36年(1961年)。


 前年、二輪レースの最高峰、WMGP全クラスに於いて、日本のメーカーがタイトルを独占。特に女子選手権では、重量級クラスに出場していたSSDが全戦表彰台独占という快挙を成し遂げたことに、日本はおろか、世界中が沸いた。


 そんな中、勢いに乗るSSDから、仁八によって、ある発表が行われた。それは、三輪車によるルマン参戦である。

 所謂記者会見が、帝国ホテルで行われていた。


「皆様、この度我がSSDは、WMGP及びマン島制覇の栄光に甘んじることなく、次なる目標として、ルマン24時間を筆頭に、耐久レースへ挑むことを決めました」

 背後には、今やSSDのトレードマークとも言える、紅に青と白のアクセントラインも輝かしいシルエット。仁八は、自信あり気であった。

 

 しかし、そのシルエットは、何処かおかしい。それもその筈。そのマシンは何と、三輪車だったのである。そう、去年のマン島にて、デモンストレーションで度肝を抜いた、あのマシンであった。

 そして、記者の一人が仁八に詰問する。

「も、もしかして、三輪車で!?しかし、レギュレーションに引っ掛かる可能性は……」

「耐久、WMEに於いて、四輪でなければならないという規定はなかった筈です。尤も、これまでの伝統から言って、正式な参戦とならない可能性は当然想定内です。その場合、ワイルドカードでも構わない」


 仁八の言うワイルドカードとは、平たく言えばリザルトには反映されないが、特別にエントリーを認めてもらうことである。尚、ワイルドカードは、一般的には正式に参戦は認められていないものの、特別枠で出場するレーサーを指すことが多い。後者に関しては、見込みある新人に走らせるチャンスを与えようという趣旨だ。

 仁八が狙っていたのは、寧ろワイルドカードであった。実は、宍戸重工の技術アピールが最大の狙いだったのである。


 仁八の回答に、猛然とフラッシュが浴びせられ、周囲は一時光で真っ白に見えた程であった。


 その様子を、テレビで見ていた者がいた。そう、耕平と、技術陣の皆さんである。因みにこの時代、カラーテレビは既に二年前には発売が開始されていたものの、カラー放送はまだ二年後の予定であった。日米間の衛星放送開始日に合わせることにしていたのである。その開始日は、アメリカ時間1963年11月22日であった。

 史実では日本に於けるカラー放送開始は、これより三年後、東京五輪開催の時だ。


 それを見た耕平。一瞬やられた!!という顔になったが、すぐに思い直す。

「さすがに行動の速さは学生時代から変わってねえな。もう次の目標に向かってるのかよ。となると、こっちも動くべきかもな」

 その一言に、技術陣の一人が反応した。

「やはり、参戦を急ぐべきだと?」

「いいや、それについてはまだだ。問題の洗い出しが完全には済んでいない。それより、開発とは動くだけが能じゃない」

 そう聞いて、誰もが、あることを思った。

「まさかと思ってるだろう。そのまさか、我々もルマンを観戦にフランスへ行く準備を今から始めるぞ!!」

「というより、そのアテってあるんですか?」

 技術陣が心配したのは、当時の日本の海外旅行事情からすれば当然であろう。当時、日本の旅券は事実上アメリカが握っており、渡航は簡単ではなかった。そもそも留学すら、カネがあっても容易ではなかった時代だ。


 尚、この頃、日本人がアメリカへ留学する場合、高校卒業が最低条件であった。寧ろ欧州の方が比較的容易だったのだが、アメリカンホームドラマ見てコーラ飲んでツイスト踊って……というのはさすがに衰退しつつあったとはいえ、当時最先端、クールと言えば、何と言ってもアメリカだったのだ。

 今のように、それこそ幼少期から留学なんて自由に出来る時代ではなかった。だからこそ、余計に憧憬の念を煽ったとも言える。

 因みにハリウッド映画も、歴史に残るヒューマンドラマの傑作の多くが、この頃に集中しているという意見は少なくない。


 技術陣に心配をよそに、耕平は泰然自若としたものである。

「なあに、オレに任せておけ。大船に乗ったつもりでいろ」

 と、そこへ、渦海と風也の二人も。

『是非とも、私たちにも御協力させてください』

 その申し出に、耕平も一瞬キョトンとなった。

「そ、それは構わないが、何かツテがあるのか!?」

『ええ。我々巫女のネットワークを侮らないでくださいませ。寧ろ、社長こそ、宝船に乗った気分でいてくださいませ。無論、お金や渡航許可についても一切心配しなくて構いませんので』

 と、ハモる二人は胸を張って自信満々であった。


 こうして、ルマンプロジェクトは今年の6月、61年ルマン24時間観戦が急遽決まると共に、急展開を迎える……

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