第30話 体育祭 岐路
お昼の休憩時間。
体育館の脇の水飲み場で顔を洗っていた春斗は、タオルを取って拭いている作業中に話しかけられた。
「春斗さん」
「あれ? その声は・・・」
タオルを外すと、目の前にいたのは桃百だった。
ピンクの髪にピンクの頬が今日も映える。
「はい。私です」
「やっぱり。モモさんでしたね」
「はい!」
今日はいつもよりも元気だ。
体育祭だからかな。
春斗はそんな風に思っていた。
「どうしましたか」
「え。いや、なんでもなくて」
「?」
「はい。春斗さんがここにいたので。つい」
「ついですか?」
「だ。駄目でした? な。何も用は・・・なくてですね。はい・・・」
桃百が話していく内にしょんぼりしていく。
「ああ。そうでしたか」
それが嫌だという言い方じゃなかったのだが、桃百を威圧してしまったのかと春斗が気付いた。
「ごめんなさい。用が無いのに呼んじゃって」
しかし、桃百が頭を下げて謝ってしまう。春斗に迷惑をかけたのかと思ったらしい。
「いえ。別にそんな事で謝る事はないですよ。用が無くても、呼んでもいいんですよ」
「え。いいんですか」
「ええ。友人ってのは、そういうものらしいです」
「らしい?」
「はい。アルトも香凛も、自分に用が無くても話しかけてきますから」
「そうなんですね」
「ええ。ですからいいんですよ。いつでも声を掛けてください」
「はい!」
「それに用が無くても、話す内容って何でもいいらしいですよ。くだらないものでいいみたいです。二人ともどうでもいい話をずっとする時がありますから」
「ふふふ」
アルトと香凛が好きなんだという気持ちが伝わる話し方だと思って、桃百は思わず笑ってしまっていた。
春斗の顔が綻んでいるのが、力を使わずとも分かる。
「まだ休憩ですよね。三組もですよね」
「はい。しばらく休みです」
「じゃあ、話しますか。あそこらへんで」
「はい」
春斗は体育館の隅の傾斜のある土の場所で会話しようと誘った。
持っていたもう一つのタオルを使って、桃百が座る場所に敷いた。
「どうぞ」
「え。でも」
「女性の体が汚れたらいけませんよ。それは駄目です」
「そ。そうなんですか」
「はい。養父が言っていました。埃一つ、女性にあってはいけません。もし自分のせいで汚れたら、罰を与えます。怪我をさせたら殺しますって教わりました」
「なんと」
過激ですねっと続きを言おうと思ったが、養父の事をいつも尊敬しているのが春斗なので、それは可哀想だと思って桃百は自分の気持ちを出さずに黙っていた。
「ですから、どうぞ」
「はい。それじゃあ、失礼します」
「ええ」
二人は並んで座った。
◇
「どうでした。競技は?」
「はい。私はお荷物で。いつも迷惑ばかりを」
「そんなことはないでしょう。モモさん、しっかり仕事をしていましたよ。あの技は、たしか・・・」
春斗は、ギフターズの力に詳しい。
一発で言い当てる。
「以心伝心ですね。彼女。成実さんと直通で意思疎通して、ボールをコントロールしてましたね」
「み。見てたんですか」
「ええ。もちろん」
「そうでしたか・・お恥ずかしい」
桃百は顔を伏せた。
自分の戦う姿がカッコイイなんて一度も思ったことがないから、お恥ずかしい姿を見せたと思っていた。
「恥ずかしい? いえいえ、とても立派な戦い方で、あの戦い方は工夫がありますね。
春斗の視点は、戦う者としての視点だった。
別に彼女だから褒めたとか、彼女を慰めるために褒めたとかじゃない。
真に戦う者としてのアドバイスに近い。
「そ。そうですか・・・へへへ」
だから芯に響く。
体の芯に言葉が入っていって、桃百でも思わず照れ笑いをしていた。
「そうですよ。お二人の信頼が無ければ、あの連携は不可能だ。あの戦い方ならば、Aクラスにも勝てますね。ほとんど無駄がないから、技の効率もいいですね」
B同士の連携で、Aを倒すことが可能となる。
それが、ナルモモコンビの実力。
春斗は練度をもっとあげれば、更に活躍しそうだと、またまた戦闘からの視点でものを言っている。
「はい・・そ。そうでしょうか」
か細い声で、声が聞き取りずらい。
春斗は彼女の方を見た。
「あれ。どうかしましたか。顔が真っ赤に。自分。失礼な発言を?」
「いえ。そんな事はないです。絶対に」
「え」
じゃあどうして、いつものピンクじゃなくて、顔が真っ赤なんだろう。
春斗は彼女の変化に鈍感だった。
「だ。大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
「はい。春斗さんが悪いんです」
か細い声が更に細い。
さすがの春斗でも聞き取れなかった。
「え。聞こえなくて・・・どうかしましたか。本当に大丈夫ですか?」
「は、はい。だ。だ。大丈夫です」
春斗からの真剣な眼差しは、胸を刺した。
恥ずかしさが限度を超える。
顔どころか頭まで真っ赤になって、熱もあるかもしれない。
湯気が出てるかもと桃百は頭の上を仰ぐ。
「本当ですか。保健室にでもいきます? 連れて行きますよ。おんぶします」
「だ。駄目です。そんなことしたら・・・」
急に大声になり、春斗はビクつく。
「え」
「ご。ごめんなさい。とにかく駄目です。私、そんな事されたら死んじゃいます」
「えええ。おんぶでですか」
「はい。おんぶでです」
「そうでしたか・・・覚えておきます」
春斗は勘違いをした。
自分がおんぶをしたら、桃百が死ぬんだと、頭の中に記憶したのである。
ここから、無言が続く。
普通ならば、先程の切り返しから無言状態が続くなんて気まずいだろうが、春斗は別に気にしない。
これは養父四郎がそういう人だからだ。
春斗と四郎の二人が同じ時間を過ごす際、仲良く会話をする時もあれば、一緒にいても一言も発しない時間があったりして、同じ空間に一緒にいたとしても、そこにいる感覚が無い状態が当たり前だったのだ。
だから、知り合いの人がそばにいて、一言も発してなくても気にしない。
今の相手のリズムが、話す状態じゃないんだと、頭の中で勝手に相手の気持ちを展開させている。
「・・・・」
お互いに黙る事五分。
勇気を振り絞った桃百が話し出した。
「あ。あの春斗さん」
久しぶりの一言。それだけでも緊張していた桃百に。
「はい。なんでしょう」
全然いつも通りの春斗は答える。
「は、春斗さんは、なつ・・・か」
「なつ・・・か?」
止まった言語に心当たりがない。
暫し止まっているので、春斗は心配になり、彼女を見つめる。
「勝って下さい・・・頑張って」
「ええ。そうですね。頑張ります」
自分の出番はもうないけど、とは言わなかった。
春斗はせっかく応援してくれた桃百を傷つけまいとして笑顔で答えたのだった。
「そ。それじゃあ。私は・・・これありがとうございます。でも洗ってお返ししたいので・・・持っていっても良いですか?」
急いで立ち上がった桃百は春斗が貸してくれたタオルを持った。
「え。そんな。別にそんなことしなくても」
たいしたことしてないから、洗ってもらわなくても。
春斗は本音通りの言葉を出している。
「いいえ。こ。これは私がちゃんとお返しします。それでは」
「え・・・あ。はい。じゃあ・・・あの! モモさん」
そそくさと行ってしまいそうなので、春斗は最後に声を掛けた。
振り向いた彼女の顔はまだ真っ赤だったけど、春斗は心配の声は出さなかった。
「モモさんも、頑張ってください!」
「は、はい!」
春斗の応援があっただけで、心が温かくなった気がした。
桃百に少しずつ何かの気持ちが芽生えていく。
そのきっかけが、体育祭だった。
◇
春斗がそこから一年一組の元に帰る間際。
「春斗さん」
少し季節外れの麦わら帽子を被ったサングラスの女性が手招いていた。
「え? どなたで」
聞くと。
「
サングラスを外す。
「な!? れ・・・」
四葉麗華だった。
「し~。駄目ですよ。お忍びです」
人差し指を口元に。
「なぜあなたが!?」
「ちょっとこちらに。それと防音お願いできます?」
「あ。はい」
二人は、校舎の脇にいって、話し合う事となった。
春斗の防音の技で、二人の声は外に漏れない。
「春斗さん。今度ですね」
「はい」
「私が当主となる事が決まるようでして」
「麗華さんがですか!? お。おめでとうございます」
「いえいえ。まあ。私ね、まだ若輩者なんですがね。お爺様がぜひ早くに渡したいと」
「なるほど。修司さんがですか」
「はい」
四葉修司。
麗華の祖父で、四葉の当主。
厳格な人物と知られていて、法律を司るのに適任であった。
この度、麗華が20歳となったので、当主としての座を渡すとしたらしい。
「でも、その事だけで自分の元に?」
「いいえ。その用事ではありません。これはついでの話です」
「そうですか。前置きでも十分重い話ですね」
「そうなんですよね。当主なんて、無理じゃありませんか。私ですよ。自由人の」
「いや、麗華さんは大丈夫では?」
「あら、春斗さんはお優しいですね。他の殿方とは違います」
「いえ。全然ですよ」
「いいえ。まったく違いますよ。青井、宗像、美羽、相葉、太未、愛華。この六つの中で春斗さんが一番です。おススメの殿方ですね」
「はぁ」
なんの?
とは聞かなかった。
「それで本題がですね。私の当主決定の永皇会議が、来年の一月に行われるのですが。そこでもう一つが決まるようでして」
「もう一つ?」
「はい。もう一個の議題。これがあなたに関することの様でして、裏からその議題を入手しました」
「麗華さん、待ってください。それを自分に教えてもいいんですか?」
六皇会議の議題内容を教えるなんて。
重要機密事項の流失では。
麗華の方を心配した春斗である。
「ええ。大丈夫です。これもまだ噂話なんですが。もし決定となれば大変です。私の当主就任前に通る議題となるので、私が止められません。そこを申し訳なく思いながらも、ここはお伝えした方が良いかと思いまして」
「麗華さんのせいではない。わかりました」
麗華の申し訳なさそうの顔で、春斗もわかった。
麗華自身が介入できない問題の中に、自分が関与している問題が出てきたので、そのお知らせに来てくれたという事をだ。
「それが、春斗さんの・・・」
それは春斗でも、麗華でも止められない。
S級でも止められない。政府の非情な判断だった。
これだから、政府がしっかりしていれば、日本が救われるんだとは思えない。
手放しで褒められない。
アルトが信用していない。
そう言い切っていた事と直結する大事件である。
噂話の終わり。
「え!? そ。それが決まったんですか」
「決まるらしいです。春斗さん。申し訳ありません。私は決まったらやらねばなりません」
「・・・そうですね。麗華さんはそうなるでしょう」
「はい」
麗華が軽く頭を下げた。
不本意と分かっても、やりたくないとしても、四葉麗華は四葉の当主である。
前当主が決めたとしても、実行しなければ、次期当主としての器を疑われる。
四葉麗華は覚悟を持ってやると決めていたのだ。
「・・・そうですね。はい。仕方ないと考えた方がいいでしょう」
「ええ。そうしてください。春斗さん。また」
「・・・はい」
春斗の顔に影が生まれている事に、麗華は気付いていた。
気付いていても、それを指摘せずに立ち去っていった。
なぜなら、どんな声を掛けても慰めにもならない事を知っているからだ。
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