第15話 真面目と邪な考え

 図書室内。

 周りに迷惑にならないように小声での会話。


 「春斗さん。こちらを見てください」 

 「は。はい」


 二人は隣同士で座っていた。

 前に本を置いて、それをべたっと見開きにして、桃百が指摘したい文章を指で紹介している。


 「これ。ここが変なんです」

 「どれどれ」



 ――――


 本日は挑戦の日。

 最後の最後まで進んでみようと思うんだ。

 私も彼ら同様に攻略をするための準備はしてきたんだぞ!

 今ここで決めにいってもいいはずだ。

 だから、私は朝食にフランスパンを食べてきた。

 昼食にはブロートを用意して、夜にはチーズフォンデュでいこうと思うのだ。

 贅沢をしたというのに、またさらに贅沢をして、欲張っていこうと思う!

 これは気合いの入ったラインナップだ。

 食べたいものを食べるために。

 私は、必ずクリアしてみせるんだ。あの白きダンジョンを!


 ――――

 

 「あの。これのどこが変なんですか?」


 春斗が聞いた。


 「これ、具体的じゃないですか。気持ちの部分も。実際に起きている部分もです。それと凄く楽しそうな文です。この人らしさがあります」

 

 そう言ってる桃百も楽しそうに話していた。

 彼女は、何かについて、推察や考察している時が一番楽しいらしい。


 「あの。パンしか語っていませんが?」

 「そうなんですよ。語っているのは意気込みとパンだけです。でも次のこっちを見てください」


 彼女が再び指を差したページを春斗が見る。

 


 ――――

 

 挑戦しようと思う。

 攻略はここまで順調。

 ここまででいけた階層にも、まだ先があるはず。

 どこまで行けば辿り着くのか。

 知らないがやってみるしかない。

 先はあると信じている。

 行ってみたいと思えば、いけるはず・・・。


 ――――


 「普通では?」

 「いいえ。違うと思うんです。ここにダンジョンや食べ物の思いもないし。文章の勢いも違う気がします」


 春斗と桃百が見つめ合う。

 真剣な表情であるから、周りがここを見ると、どちらかの告白と勘違いしそうだが。

 二人の間では真剣にこの文言を考察しているだけだ。


 「これ、いつのタイミングで書いたんでしょうか」

 「???」

 「この書いたタイミング。入る前じゃなくて。もしかしたら、攻略後なのでは?」

 「まさかモモさん・・・これは後に書いた文章ってことですか」

 「そうだと思ったんです。なんだか、そんな風に思えてしまったんですね。ここ、曖昧に感じるんですよ。それに、この感じだと、辿り着く前の人じゃなくて、辿り着いた人が書いたような気がします。それがこちらの文章と似ている気がする」


 桃百が見せたのは、クライマックスの文章。

 深層についての文章だ。

 どこもかしこも白の世界。

 と同じ表現だと言っていた。 


 「なるほど。ではこちらのだと、ここの最後の文章が似ている感じだという事ですか」


 桃百が置いている指の近くに、春斗も指を合わせた。

 最後の文章に対して、指を出しているから、別に互いの指を合わせるという意識はない。


 「はい。そうです。『ここの知らないが、やってみるしかない』『まだ先があるはず』これもなんか変です。それと『どこまで行けば』もですよ。これは行った経験があるからこそ書いている気がします。こちらの白の世界と同時期に書いている気がします」

 「なるほど。確かに・・・そう考えるとそんな感じに思えなくもない」


 ◇


 こちらの図書室の外から二人を見たら、本を指差している二人の手が違って見える。

 人差し指同士を合わせているように見えるのだ。

 だから香凛が憤慨する。


 「きぃ!!!! 何よあの女。春君とくっついても怒られてない!!!」


 怒ってんのはそっちでかよ。

 と思っているアルトはため息をついていた。


 彼女とほぼ同時で、理人は。


 「クソ。なんだあの男は・・・モモの奴、嬉しそうだな・・・はぁ」


 哀しそうな顔をして、悲しそうな声を出していた。

 その隣で、ニヤニヤと笑う成実である。


 春斗たちは頭を使って思考しているのに。

 彼らを見つめる四人組は、それぞれの想いから、それぞれの感情の中にいた。


 ◇


 「ではやはりですよ。モモさん」

 「はい。なんでしょう」

 

 二人が本から手を放して、見つめ合った。

 真剣な顔は引き続き。

 考察も深まるばかりである・・・だがしかし、それのせいであちらの勘違いも深まるばかりである。


 「達成前の日誌と、達成後の日誌の両方が共存しているのが、ダンジョン攻略記という事ですか」

 「はい。おそらくそうだと思います。そして、書いている本人が、その境を見失っているのだと思われます。夢うつつと言っても過言じゃない状態で、本を世に出したんだと思います」

 「・・・なるほど。面白いですね。モモさんの仮説・・・物の考え方は・・・・」

 

 相手の意見の全てが正しいとは思わない。

 でも新たな視点は、新たな発見へと繋がる。

 それはダンジョン攻略と同じで、新モンスターなどの出現の時と同じ感覚を春斗は得ていた。

 だから、桃百との会話が楽しかった。

 春斗から自然と笑みがこぼれている。


 「私も今が楽しいですし、面白いです。春斗さんは、私なんかの話をしっかり聞いてくれます」

 「え? モモさんなんか?」

 「はい。私の話って聞いてくれる人が少ないんです。こんなに真剣に話を聞いてくれる人はもっと少ないですね。だから面白いし楽しいです」

 「そうですか。なるほど」


 対話者トーカー独自の悩みだろう。

 春斗はそう思って頷いた。


 「春斗さん」

 「はい。なんでしょう」

 「また一緒に読めたりします? もしよかったら、別の本も一緒に読んでみたいなって思ってまして」

 「どんな本ですか」

 「ダンジョン攻略記の方じゃなくてですね。別な彼を記している話があります」

 「別な彼?」

 「アロウ・フォールドです」

 「な。でもその人はなにも残していな・・・」


 春斗が言い切ろうとすると、桃百が人差し指を立てた。

 

 「いいえ。妻『イルーナ』の日記があるんです」

 「・・・え!?」

 「何でもない日誌なんですが。ちょっとした変化がありまして、そこの文章を考察したいなって思ってて」

 「まさか。家族が!?」

 「はい。これは絶版で。電子でも残ってないんです。でもここにあるんですけどね」

 「な、なに!?」


 桃百のたわわに実った胸のポケットから、苦しそうに小さな手帳が出てきた。


 「このメモ帳に写しの写しがあるんです」

 「な。なぜ?」


 あなたがそれを持っている? 

 という言葉を聞かずに、桃百はそのまま質問に答えている。


 「アメリカ旅行に行っていた父が書いてたんです。友人の家に彼女の日誌があったらしくて、発行部数も少なく絶版になる前に電子書籍から書き写したらしいですね。なんか噂があったみたいで」

 「噂とはなんです?」

 「絶版になるかもしれないって話がです」

 「なるほど。それで手書きですか・・・」

 

 電子で絶版になるなんて、別に残してもいいんじゃないのか。

 と思う春斗の意見は普通の人間の意見だった。


 「だから春斗さん。夏休み空いてますか」

 「ええ。空いてます」

 「じゃあ。一緒に見てもいいですか?」

 「ええ。いいですよ。また何か新たな発見があるかもしれませんからね」

 「本当ですか。じゃあ。連絡先を交換してもいいですか?」

 「はい!」


 二人は個人用のデバイスを寄せあって、連絡先を交換し始めた。

 その行為は、あちら側から見ると、手紙を渡すような秘密の行為に見えて仕方ない。

 ただ二人がデバイスを持ち寄っているだけなのに、隠し事をしているみたいに見えるのだ。



 ◇


 「な!? あの女。春君に何かしてる!」

 「おいおい。下向いているだけだろ」


 アルトが正解を言っていたのだが、香凛の勘違いは止まらない。

 鼻息荒くなっていく。フガフガ状態だ。


 「違う。あれは、何か隠してるんだ! やましいんだよ!!」

 「いいから。うるせえわ」


 そしてこちらも。


 「ああ・・・あんなに楽しそうだ・・・モモが・・・僕のモモが・・・」

 「いつから、リっちゃんのモモになったんだぞ?」


 成実が、ベシッと理人の頭を叩いた。


 四人組のこんな楽しそうなやり取りがどこで行われていたかというと、図書室の前である。

 ということは。

 これに気付くのは当然・・・。


 「ちょっとあなたたち。なんですか。こんな所で! さっきからうるさいですよ」 


 図書委員となるのだ。

 彼女は、図書室の入り口付近にいるために、彼らの騒がしい声が聞こえていた。

 二年一組第三班の熱田佐江が怒り出した。


 「入るの。入らないの。どっちなの!」


 凄まじい剣幕に答えたのは成実。


 「は、入ります」 

 「駄目です!」


 間髪入れずに断りを入れる。


 「「「「え!?」」」」


 断られて驚くのは成実を含めて全員だ。


 「ここでうるさいあなたたちは、お断りです! こっちに入ってきたらもっとうるさいでしょ。ここは図書室です。自習もしている子だっているんです!!! 入ってもいない状態から、こちらの邪魔する人たちなんてお断り! さっさと帰ってください」

 「「「「は、はい」」」」


 ごもっともな意見に怯えて、四人はとぼとぼと教室に戻っていった。

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