第13話 変わった人
夏休みに突入する前に、春斗は図書室で変わった女性と出会った。
この暑苦しい季節に、香凛とアルトの二人は、くっつき虫になる事が多いので、一人抜け出すことが多くなった春斗。
一人になれたことで図書室で涼んでいたら、窓辺の席に座っている図書室の常連の女性が珍しくキョロキョロしていた。
いつもはジッと動かずに本を読んでいるので、顔を上げているのなんて見た事がなく、大変に珍しい光景だった。
「あの。何かありましたか。お困りですか?」
「あ。はい。私。どこかにサインペンを・・・失くしたみたいでありまして。どこに行ったんだろ」
「サインペン?」
このご時世で、ペンを持つ人間など珍しい。
学習において、学生がノートを取る機会も無くなった昨今。
ノート的作業は、全て指が基本となり、ペンを持つ必要などない。
自分と似たような感覚の持ち主が、この世界にはいたりするんだなと、心の中では少々安堵している春斗は、彼女に興味が湧く。
「自分も探しましょう!」
「いえいえ。それには及びませんよ。一人で探せますから」
「自分なら簡単に・・・」
春斗は反響音を使用。
音の帰ってくる違いで物の判別をした。
ペンの音は、彼女の席の真下から聞こえる。
「そちらにあるようです。あなたの真下です」
「え・・・あ、ありがとうございます。いつの間に・・・まったくこんなところに。アーレン駄目ですよ」
「アーレン?」
「はい。このペンの名前です」
「え???」
ペンって、名前があったのか!?
純粋な春斗だった。
「このほかにも、イシュタル。ウロス。エカテリーナ。オルトバスがあります。どうですか。可愛くありません」
テーブルの上には五本があり、それぞれに名前があった。
中身は、サインペン。シャーペン。ボールペン。万年筆。鉛筆だ。
このご時世で、ペンオールスターである。
「・・・へえ。そうですか。それぞれちゃんとした名前が。大切なんですね」
相手方の意味不明な言動でも、春斗はすぐに受け入れた。
彼はよほどの事じゃない限り驚きはしない。
人の不可思議な行動が珍しいことだとも思いもしない。
なぜなら、宗像四郎が基準だからだ。
あれが、春斗の基準をおかしくしている。
「はい」
彼女が、困り顔から笑顔になった。
今の発言を馬鹿にしない人は初めてだったからだ・・・。
◇
偶然の出会いをきっかけに談笑することになった。
「あのお名前は?」
「成田桃百です」
「成田さんですか」
「はい。あなたは?」
「自分は青井春斗です」
「ん!? 青井・・・」
顔つきが変わった気がした。
人の感情などに疎い春斗でも、直感で理解した。
この人は青井と何かあると。
「青井と何かありましたか?」
「い。いえ。なんでもないです」
良さそうじゃないので、春斗は否定を重ねた。
「そうですか。でも自分。青井が好きじゃないので、春斗と呼んでもらえると嬉しいです」
「青井が好きじゃない?」
「本当は養父の姓が良いのですが。それを名乗るのが許されなくてですね。仕方なく青井を名乗っています」
「へえ。じゃあ。春斗さんはあの青井家とは全く関係がないんですか」
「はい。自分は青井の名がありますが、全く関係ありません。というよりもですよ。絶対に関係したくないんです」
本心だ。
青井が好きじゃない。むしろ嫌いだ。
会った事もないけど、自分の母を苦しめた。
会う機会は早々ないけど、父が好きじゃない。
あの傲慢な態度も、不機嫌そうな顔もだ。
「そ。そうでしたか。よかった」
この会話で彼女の顔が安堵の顔に変化した。
青井家が分家である事を理解して、そして青井家の何かが気に入らない。
そんな女性だろうと、春斗は察していた。
でも暗い話ばかりじゃ、話が続かない。
話題を切り替える。
「成田さんは何の能力なんですか? いつも本を読んでいるので、記憶関係の内政系ですか?」
「いえ。本は、ただ好きなだけで、能力とは関係ないですよ」
「そうでしたか」
ただの本好きだから、ほぼ毎日図書室にいるのか。
春斗は中々変わっているなと、自分を棚に上げて思っていた。
「私の能力は・・・内緒にしてください。あんまり活躍するような能力じゃないので恥ずかしいです」
ピンクの頬が、もっとピンク色になる。
恥ずかしそうに下を向きながら話していた。
「ええ。いいですよ」
春斗が優しく言うと、成田は答える。
「はい。それじゃあ・・・ええっと、Bランクの
「
春斗は頭にある情報を引っ張り出した。
その影響力は、人に限らずであり、能力に応じて影響力が拡大していくのだ。
Dでアニマル。
Cで人。
Bでモンスター。
ここまでは対話のみで、これらを説得させやすいという付随の力がある。
Aで使役が可能となる。
人間にも通用するにはするが、滅多には掛からない。
でもアニマルとモンスターは可能となる。
そして、Sで集団コントロールが可能。
団体を一度にコントロールできる凶悪な力だ。
アンドリュー・グレイ。
この男が、世界大地震後のアメリカを再建した男だ。
日本も世界大地震後に永皇六家が建て直したわけだが、その流れと同じで、アメリカも壊滅的被害を受けて、合衆国としての機能を失った。その後に荒れ果てた各州をまとめ上げたのは、ギフターズの中でも異質な力を持つアンドリューだった。
彼の力の源である
会話から全てが始まる力は、敵味方問わずに、彼の理念に共感させる事が可能となる。
その力を持って、アメリカを一つとしたのだ。
それもかつてのカナダ、メキシコなども吸収して、北アメリカを制覇したくらいの大偉業であった。
しかし、その力で最大版図を築いたと言っても、世界大地震によって領土自体は減少している。
カナダは左半分が削り取られていて、アメリカもアラスカ州を失っている。あとはパナマもキューバもマヤ文明があった地域も海の底に沈んでいるのだ。
世界各国はかなりの領土を失っている。
◇
「はい。珍しいですよね」
「そうですね」
「ですから。よく気味が悪いと言われるので、一人でいる事が多いんですよ」
「ん? 気味が悪い?」
「そこを教えるのは、実戦がいいので、試しましょうか・・・ってあれ???」
「ん? どうしました」
「へ。変ですね」
成田は頭に手を置いて悩んだ。
ピンクのほっぺをぷっくりとさせて、じっと黙った。
「・・・・春斗さんは、何か精神系の力をお持ちなんですか?」
「いえ。自分は身体能力系統です」
「・・・だとすると・・・変ですね。もうちょっと試します。具体的にいきます」
今度の成田は、春斗の顔を見て答えていた。
「春斗さんは、お好きなものとかありますか」
「・・・好きなものですか。んんんん」
悩みに悩む。
自分の事でも悩む。
それは、好き嫌いの感情が自分ではわからないからだ。
春斗は特殊な環境で育ったので、こんな風になってしまった。
「ないんでしょうか」
「・・・おそらくは・・・ないかと」
「えええ。本当ですか?」
「たぶん・・・」
話を聞いた後、成田は先程の疑問についての回答をする。
「すみません。やっぱり春斗さんは変ですね」
「え?」
「私は、対話をしていけば、段々とその人の心と会話してしまいます。なので、会話がずれ込んでいくんです。なのに今はそれがない。ちゃんとした会話が出来ています。だから変です」
普通の会話が出来て、変と呼ばれるとは面白い。
春斗は彼女から宣言されずとも変人なので、変と呼ばれても気にしない。
「それって、相手の心の声が聞こえるってことですか」
「はい。その人が、今言おうとする先の会話が聞こえてしまいますから」
「なるほど。その人が話そうと思っている事が先に聞こえるから、そっちに答えてしまうんですね」
「そうです。会話がズレていくんです。大変なんです」
それは、別に。
相手が言いたい事を一つ待って、相手の話した後に会話をすればいいのでは?
春斗は当然の疑問を心の内にしまった。
「春斗さんは図書室に何しに来たんですか」
「ええ。自分は、友人たちがいつも自分にくっついてくるので、離れようと思い。こちらに逃げこんできました」
「春斗さんって逃げてるんですか!」
「ええ。そのついでに、本を読もうかと」
「ふふふ」
変わった理由ですねと思って、成田は少しだけ笑った。
「春斗さんは、こちらに来て、どんな本をお読みに?」
「ダンジョン関連の本です」
春斗の目が輝いたのを成田は見逃していなかった。
「ダンジョンですか。それでは、こちらの本を読んでいたりしますか」
ダンジョンの本なら自分も少し読んだ。
話題提供の為に彼女は一冊の本を持ち上げた。
「それは!? バリトンさんの手記ですね!?」
彼女の手にあるのは、『ダンジョン攻略記』だ。
何度も読んだ春斗が見間違えることはない。
「その表情、すでに読んでいるんですね」
「はい。成田さんも?」
「はい。読んでいます」
本を見せたら春斗の顔が一気に明るくなった。
わかりやすい人だなと、成田は微笑む。
ギフターズの力を使わずにして、ここまで相手の感情が分かる。
それが無性に嬉しかった。
「それは、大変に素晴らしい事で。自分の友人たちは興味がなかったみたいで、読んでなかったですね」
ダンジョンに入る前の人間。
又はダンジョンに興味のない普通の人間が、その本に興味を持つこと自体が難しい。
香凛とアルトの方が通常の感性をしている。
「これ、本としての感想は出て来ませんが。この人の記録日誌として考えると、大変面白いんですよ。だから読まないのは損かと思います」
記録日誌として見ると、変化があって面白いとは言っても、成田はダンジョンの話が面白いとは言っていないのである。
「そうなんですよ。わかります」
でも春斗はその事に気付いていない。
ダンジョン好きなのかと喜びの感情が真っ先に出ていて、正直相手の思考まで読む冷静状態じゃなかった。
「春斗さんも同じことを?」
「ええ。日誌として謎が残る部分もまた面白いです。深層に到達しているのに、そこの説明が少ない。曖昧な表現で留まっているんですよ」
「はい。私も思っていました。だから、勝手に推察や考察をしてみたんです。本の醍醐味ですね」
自分なりの予想をするのが本を読むときの楽しみ。
答えのない本を読むのが、成田の趣味だった。
「え。推察や考察?」
「はい。推察だと。バリトンさんって、深層にいた時の記憶がないんじゃないんですか。またはぼんやりなのかもしれないです」
「・・・ん!? まさか。到達して億万長者なのに?」
記憶のない億万長者になった?
よく分からない予想だとしても、春斗は相手の話を聞いていた。
「ええ。この人の別の話。ここの最初の方に書いてある。ジュネーブダンジョンの挑戦の時だと、話に具体性があるんですよ。でも、この深層の時のバーゼルダンジョンの時にだけ記録が曖昧ですし。内容も少し抽象的です。だから、記憶がないか。又は覚えていても、到達時の詳細をあまり覚えていない。と推察したんですよね」
「・・・・・たしかに。なるほど」
自分とは違う視点であるなと、春斗は唸った。
良い考えだ。
新たな観点で本をまた読めるかもと、ダンジョン攻略記をもう一度読もうと思う春斗であった。
「でもこれも私の推察なだけでして・・・それこそ真相は本人にしかわかりませんからね」
「ええ。そうですね。でも面白い意見でした。またお話を伺ってもいいですか!」
「え。私のですか?」
「はい。楽しかったんです。なので、また図書室で一緒にでもいいですか」
「はい。わかりました。また一緒に」
「この時間なんで、そろそろ授業になるので、教室に戻りましょう」
「そうですね。私も戻ります」
二人で席を立ち、図書室を後にする。
「そう言えば、成田さんは何年生なんですか?」
「私は一年生です」
「あ。自分と同じでしたか」
桃のような艶の頬に、ピンクのツインテの髪が可愛らしい。
彼女は、愛くるしい姿であるが、それとは裏腹にグラマラスな肉体を持っているので、てっきり春斗は自分よりお姉さんなのかと思っていた。
「ええ。一年三組。第二班の成田桃百です」
丁寧にお辞儀まであったので、春斗は、こちらも丁寧に挨拶しようと頭を下げる。
「自分は一年一組の第七班で、青井春斗です」
「え。じゃあ。あの班の人ですね。私たちと同じでボスを倒した班の人だったんですか!」
自分たち以外で、ボス戦突破した班の噂は聞いていた。
成田は目を丸くして驚いた。
「・・ん!? 成田さんの所も?」
「はい。同じ班の人が倒してくれました」
「へえ。素晴らしいですね」
「はい。とてもユニークな方々で、二人の力でなんとか倒してくれましたよ」
「そうでしたか。そちらの方にも会える日があれば楽しみですね」
「はい。ではここで、私こっちなので」
「はい。それじゃまた」
二人は、T字路の廊下で左右に別れる。
大人しい性格の変人たちの出会いであった。
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