第8話 徐々に徐々にチームとなる
「おい春斗。お前すげえ奴だったんだな」
「何がです?」
二人の初戦勝利後。
アルトから賞賛された春斗は、先頭を歩いている。
前の様子を見て、敵がいない事を確認していた。
「ここに来て、普段通りで冷静なのも凄いんだけどさ。俺に教えてくれた時から、やっぱ変だわ。あのさ。お前、本当にDレベルなのか。もっと凄い奴な気がするんだけど」
アルトの直感は正しい。
何気ない一言だけど春斗をビビらすには十分だ。
「え・・・いやいや自分。Dですよ。D。自分って弱いんですよ」
ここで珍しく春斗は少し焦っている。言葉が詰まりかけた。
「本当か?」
「はい。ダンジョンの経験値があなたたちよりもあるだけでね。自分自身は弱いですから」
と嘘をつくのも難しいものだと春斗は思った。
些細な事で自分が調査員だと分かられてしまうかも。
「そんなことよりさ。春斗」
「はい。なんでしょう」
後ろにいたはずの香凛が、春斗の隣にやって来た。
「春君って呼んでもいい」
可愛らしく体を傾けて言った。
「ん? 別に何でもいいですけど。自分を呼ぶのは、あなたなんですから、なんで自分の許可が必要なんですか?」
一般人ならこれだけでメロメロになるだろうに、春斗は言葉自体をちゃんと聞いている。
「え。だって、あなたが嫌がる事はしたくないから」
「じゃあ自分は嫌じゃないですよ。なんて呼ばれようが構いません」
「そう。じゃあ春君ね。今日から春君。あたしの春君ね」
「ええ。まあいいですよ。あなたの春君かどうかは知りませんが」
別に名前くらいどうってことない。
春斗は、呼び名変更を気にしていなかった。
「んだよ。お前だけズルい。じゃあ俺はハルな。いいか春斗」
「ええ。いいですよ。別に。自分はそのままあなたたちを呼びます」
香凛とアルトの春斗を巡る喧嘩はここから始まったとされる。
呼び名から始まり、どちらの方が彼を好きかで喧嘩が激化して、最後には春斗を絶賛して仲直りする流れが、二人の定番となる。
それは大人になった今でも続く。
年に二、三度ある。不毛な論争だ。
結局二人で永遠と褒め続けるだけになるのだ。やるだけ無駄だろう。
◇
ここで春斗をどう呼ぶかから、二人が仲直りしたとハッキリ分かった。
それは、二人で普通に会話が出来るようになったのだ。
「アルト。さっきの二体。あっさり倒したんだ。凄いね。あたし、一体で精一杯だったよ」
「いや。俺さ。ハルがいなかったら無理だった。力まかせに焦ってさ。それで攻撃して終わっただけだったんだ。工夫して倒すなんて出来なかった。俺。まだまだだわ」
「うん。あたしも一緒。春君いなかったら、怖くて震えて終わってた」
「ああ。だから一緒に頑張ろうぜ。あいつみたいになろうぜ。カッコよく倒して、何事もなかった感じでさ。去っていこう!」
二人は先頭を歩く春斗の頼もしい背を見ていた。
しかし背を見ていたから、頼もしく見えているのだ。
顔を見ればそうは思わないだろう。
なにせ、肝心の春斗は、この現状を楽しんでいるのだ・・・。
ムフフと笑いながら進軍していて、ダンジョンにいる幸せを噛み締めている。
そこにカッコよさなど皆無だ。オタク全開の姿である。
きっと幻滅するだろう。
◇
「おおお。このダンジョンも面白い! なるほどなるほど。ここを遠足の地としているのは、階層が若い段階でも強モンスターが出て来ないんですね。この暗闇ですから、こちらに地の利がないだけで、モンスター自体は生徒レベルでも倒せる設定だ。だから絶妙な難易度ですね。ふむふむ」
春斗は、独り言をぶつぶつ言いながら、ここのダンジョンレベルが優しい事に気付いていた。
自分が入ったことのあるダンジョンとはレベル帯が違うと感じている。
仙台ダンジョンなどはもう少し難しい。
「学校も中々やりますね。これで生徒たちが簡単に引き返すような事はない。少なくとも2層辺りまでは、初めてでも余裕でしょう・・・こちらの二人もようやく慣れてきているので、この人たちならもっと先に行けますね」
二人をどう導くか。
春斗はそんな事を考えていた。
それと、ダンジョンが大好きだから、メモを取って構造を把握しているのも、これも四郎と同じ癖である。
彼も毎回ダンジョンに潜る度に地図を更新していた。
ダンジョンは潜る度に顔を変える。
中の構造が一緒な時もあるが、違う時もある。
罠が増えていたりするのだ。
それに、出現するモンスターが変わる時さえある。
だからダンジョンは調査してから進んでいくべきだ。
調査して、沢山パターンを見つけて、慎重に進むべきなのだ。
四郎の言葉は、ダンジョンに魅せられた者の言葉だった。
「さて。次が来ましたね。この音はゴブリンかな」
春斗は前方から来る敵を音で見つけた。
◇
ダンジョンは階層が一つ違うだけでも姿を変える時がある。
しかしこちらのダンジョンは二階層に到達しても、姿は変わらない。
ほぼ一本道の暗闇の道。
一階層で出てきたモンスターはスライムのみで、他には出て来なかった。
しかしここ2層では、別なモンスターが出現。
Eランクモンスター ゴブリン。
緑の小鬼である。
「ゴブリンが来ましたね。香凛。アルト。戦いましょう。四体です」
「うん」「おう」
二人は素直になっていた。
特に春斗関連においてだと、ここから信じ切る事となる。
「焦りはないようですが。ここは力を合わせるべき。香凛。ストップを」
「わかったわ」
ゴブリン四体の動きを止めるつもりで、香凛が力を行使。
両手を前に出して、念じる。
だが、ゴブリンは動き出した。
一瞬だけ間接が動きにくくなっただけで、ゴブリンはこちらに進んで来る。
彼らの速さは少し足の遅い大人程度である。
例えると運動不足の中年男性程度の素早さ。
だから、こちらの若い二人の動きを超える事はない。
「と。止まらないよ。春君」
「焦らない。ゴブリンの情報を出しますので。少し三人で下がりますよ。自分の後ろに入ってください。後退します」
「うん」「ああ。わかった」
二人が素直に返事をする。
春斗の後ろに入って、バックステップでゴブリンを視野に入れながら、距離を取っていく。
「では説明します。あのゴブリンはノーマルです。強さもE。武器もこん棒型なので、一番下の基本のゴブリンです」
「「う、うん」」
普通に返事を返せたが、春斗は何故ここまで冷静なのだろうと二人は疑問に思っていた。
「それで、こん棒型のゴブリンの攻撃力は、中学生の野球部が振るバットくらいの威力です。まあ、当たれば青痣が出来るくらいの攻撃力ですね。何度ももらうとさすがに死ぬと思います。撲殺です」
「「え・・・あ。うん」」
教えた方が独特。
二人は脅されながら、説明を受ける。
「ですので、攻撃は貰わない方が良い。しかしこれがですね。覚えておいて欲しいのですが。ゴブリンにはダガー型と斧型がいまして。ダガー型だともう少し足が速くてですね。中学生の短距離選手位の足を持っています。斧型はこん棒型と同じ速度ですが、斧の威力が問題で。さすがに刃物なんでね。一撃でこちらの四肢が落とされる可能性がありますので、大変注意してください」
「「・・・・・・・・」」
さすがに、その注意表現は怖い。
二人は黙ってしまった。
「あれ。二人とも聞いてます?」
「う。ううん。聞いてるよ。春君」
「ああ。聞いてる。そうなんだ」
二人の返事は空返事に近い。
「そうですか。聞いているのなら、話の続きをしますね。こういう事を沢山覚えておくと、ダンジョンでは楽になりますよ。モンスターの生態や情報も。ダンジョン攻略の一歩ですからね」
「「う。うん」」
振り向いた春斗の顔がキラキラと輝いていた。
普段の彼は、教室にいても、校舎内でも、授業中の訓練の時でも全くの無表情。
会話をする時も表情の変化なんてほぼないのに、今は輝いている。
特に目なんて星が付いているように煌めいている。よほどダンジョンが好きなのだと。二人はそう思った。
でも春斗がわざわざ教えてくれているので、精一杯話を聞いていた。
目の前にゴブリンがいるという緊張感の中でだ。
「ということで。香凛。動きを止めましょう」
「またあたしが!? 無理じゃないの」
「いいえ。ピタッと止めるイメージは、動きを止めるのではなく、相手の関節を狙うイメージです」
「関節を?」
「そうです。さきほどのスライムを止めるイメージは体全体の動きを止めるイメージでしたよね。時間を停止させるイメージですよね」
「う。うん。まあそうね」
スライムは人間とは違い、全身を使って移動する。
それに対してゴブリンは、人間のように関節の稼働がある。
身体を動かすために膝や肘などが動くのだ。
ゴブリンに力を行使する際、おそらくスライムのような形で動きを止めようとすると、それはただの筋肉の動きを停止しようとする技になる。
そこで春斗は、ゴブリンを止めるために、関節を固めるイメージを掴めと指示を出した。
「今回は相手を羽交い絞めにするイメージです。関節固めを各箇所に仕掛ける感じですね。だからそこはもう格闘技の分野となりますよね」
「ふーん。格闘技ね・・・うん。あたし、見た事ない」
女の子なので、あまりそういう事に興味がなかった。
香凛は能力発現が14歳の頃で、そこまでは普通の中学生で、純真なギャルであった。
それが能力開花と共に、周りと上手くいかなくなって、こちらの学校に入学する形となった。
有り余る能力は、必ずしもその人を幸せにするとは限らない・・・。
「じゃあ、あとで見てみましょう。参考になる技が沢山あると思いますよ」
「わかった。でもいいの。一緒に見ても。春君。時間とかいいの?」
「いいですよ。香凛が暇だったら。いつでも」
「じゃあ、お願いします。一人じゃ多分よく分かんない。格闘技なんて見ないから、何から見たらいいかわからないもん」
「はい。いいですよ」
「ありがとう」
一緒に何かできると香凛はしめしめと心の中で思った。
アルトを出し抜いて、独り占めしようとしている。
「まあ、そこはいいんですが。それを知らずとも、香凛はここを止めてみましょう」
「うん」
「関節を動かさないイメージです。はい! 足から始めて」
「わかった」
香凛は力を行使する際に足に注意した。
ゴブリン四体の両足を狙う。
その関節部分に釘を刺すイメージで、テレキネシスを発動。
四体のゴブリンが同時に痛み出した。
膝の神経痛に悩まされるみたいに・・・。
「「「「がああああ」」」」
釘がガチンと刺さったような痛みが来たらしい。
ゴブリンは更に苦しみだして蹲ろうとした。
春斗の指示を出る。
「腕も止めましょう。香凛。同じイメージで、重ねてテレキネシスを発動です」
「う。うん。難しいけどやってみる」
テレキネシスを四体同時に仕掛けるだけでも、すでにB級のテレキネシスを行使していて、更に二重に攻撃を仕掛けるとなるとA級の巧みな技に近い。
春斗は少しずつ力の使い方を学習させていた。
調査員でありながら、彼らの成長を願う指導官でもある。
「いいですね。出来ています。腕も痛がりました。アルト」
「おう。俺の番だな」
「ゴブリンの弱点はどこでしょう」
「え。あるのか。こいつらに。スライムみたいなコアがねえじゃん」
「あります」
春斗は無造作にゴブリンに近づく。
止めているとはいえ、危険ではある。
それでも春斗は余裕の態度のまま。
弱点紹介をする。
「いいですか。こちらのゴブリンは」
ゴブリンの肩に手を置いてから紹介を始めた。
「目。口。これらを焼くとこちらが楽になります。視野を奪うのもいいですし、呼吸を奪うのも効果的なんです。ここらへんは人間と同じですね」
それぞれの箇所を指差して紹介する。
春斗は嬉々としていて、二人は困惑状態だ。
「あとは、ここ。みぞおちです。人間の心臓とほぼ同じ位置にコアがありますから、みぞおちに一撃を与えると弱体化して、ここを破壊すれば終わります。あとは、ここです」
春斗は、みすぼらしいゴブリンのパンツを降ろした。
露わになるのは例のものだ。
「きゃ、きゃあああ」
香凛が目を閉じると、力が若干弱まって、ゴブリンが動き出しそうになった。
「駄目ですよ。香凛。力を維持です」
「ででででも。それ隠してよ」
「なんで動揺してるんですか。これはただのちんこですよ。生物学的にはぺ・・・」
被せるように香凛が叫ぶ。
「えええええええ。だから!! それしまってよ」
春斗は、これが恥ずかしい事だと一切思っていない。
これが、宗像四郎の教えの弊害である。
「なんでもない。普通の事です。人間と一緒で、ここも弱点となります。ダンジョンでうろつくゴブリンって生態系がほぼ男です。女のゴブリンはハーレムを築いて巣の方にいるらしく。こういう風にダンジョンをうろつくゴブリンは全部男なんですよ。女性がハーレムを敷くって珍しいですよね」
淡々と生態系を説明している。
「なんでお前平気なんだよ。モンスターの股間見てもよ」
アルトが当然の質問を返した。
「え。だって生物ですよ。別に普通の事です。馬とか。牛とかだともっと凄いものですよ。あれらは凄い大きいんです。昔見た事がありますから、それらから比べるとこれは租チンの部類でしょう。ゴブリンにも、大きさで勝負事があった場合。今の発言は大変失礼ですけどね。比べるなんて良くありませんよね。別種族でなんて特にね・・・ええ。そうでしょう。人間でも良くないんです。自慢勝負があるかもしれないからですね。うんうん」
これも宗像四郎の弊害である。
あの男は、ちんこ博士とも言える男なのだ。
「お前さ・・・はぁ。で、俺にどうしろってんだ」
「まあ。ここらの箇所に攻撃をしろってことですね。一番効果的なのはみぞおちですかね。一瞬で倒せますから」
「じゃあ、なんでパンツを降ろしたんだよ」
「ここも弱点だって教えたかっただけです」
「・・・・はぁ。俺は今。お前をすげえ奴だと思ってるけど、変人でもあると認識を変える事にした」
「そうですか。それでいいですよ」
「いいのかよ!」
というひと悶着がゴブリン戦にあったらしい。
この後は、目を瞑ってゴブリンを制止させた香凛と、ゴブリンの急所を雷で焼いて活躍したアルトで、ダンジョンを進んでいく事になる。
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