第4話 莫逆の友 冬野アルト
走る。
走る。
とにかく走る。
ダンジョン内を爆走中の沖田今日子は、ここではいつもの暢気な姿を見せない。
腕をしっかり振って、足を大きく上げて、美しい走行フォームをEランクモンスターたちに披露して、ダンジョン内を最短距離で直進し続けた。
今まで調査していたことがここに来て役に立つとは、五分前の本人でも思わなかっただろう。
最短距離は、本当の意味での最短距離となっている。
たまに出くわすモンスターには、鉄拳制裁で走りを止める事はない。
「課長が! 課長が!! 課長がああああ」
大変な事になったと、本部に急ぎ移動していた。
◇
三十畳のオフィスは他部署と比べると小さいが、ここには現在七名だけが在籍しているので、思ったよりも狭くない。
彼らは仲良しと言うわけじゃないが、円滑な運営が出来ている職場で、普段ならば淡々と仕事をしている。
でも今は訪問客がいて、少しだけ場の雰囲気が悪くなっていた。
「五味さん。なんすか。夜に呼び出しって、腹立つんすけど。つうかあんたから呼び出されると、余計に腹が立つんすけど」
ふてぶてしい態度を貫くのは、ハンターギルド
中性的な顔立ちに加えて、男女問わずにして美しいと思われる顔を持つが、今は眉間のしわが目立ち不機嫌を全面に押し出していた。
「ちっ。てめえ。相変わらず態度が悪いな」
彼の態度に屈しない男は、
こちらは普段から眉間にしわが寄っていて、怒ってもいないのに怒った顔である。
言葉も態度も悪く、普段から荒々しい声をしているが、本人としては至って普通で、別に怒っていない。勘違いされやすいのが、可哀想な人である。
「五味さん。どうしてこのタイミングで、俺を呼んだんだ」
「は? タイミング? そんな細かいこと考えてねえ。こっちの都合で考えてんだわ。てめえの所で、申請不備があるから呼んだだけ。でも夜中に呼んで悪かったな。しかしだ。俺たちの仕事は夜なんでな。このタイミングしかなかったってわけよ」
細かい事務作業があっても、それは平常時の事務じゃなくて、緊急性のある用件ばかりなので、夜に行われることが多い。
職員は、朝に休んで夜に働いている。
「俺は時間帯の事を言ってんじゃない。そこには不満がねえ」
「は? 今の時間の呼び出しに怒ってねえのかよ。じゃあ、なんで不満がありそうな態度なんだ」
かなりの言い合いになっているが、こちらの
ここで働く者たちの精神は強い。
「なんでいねえんすか」
「は?」
「なんで、ここにハルがいねえんすか」
「春斗目当てかよ」
「そうです。ハルがいない時に俺を呼ばないでください。いる時に呼んでください! だから不機嫌です」
「・・・・・はぁ」
どうでもいいことで怒っていると、五味の頭は爆発寸前となった。
頭を押さえて発言を続ける。
「あのな。てめえはな。今、売り出し中の
「いいえ。俺はガキです! ハルがいないんだったら、こんな場所。来るわけない! あんたの顔なんて、一番見たくないんでね!」
「んだと。このガキ!」
「あんたは俺のハルを取った憎き敵だ」
「てめえ」
二人が睨み合う。
「「んんんんんんん」」
バチバチと火花が鳴る現場。
誰も二人を止める事がない現場。
雰囲気最悪の現場に、一人の騒がしい女性がやって来た。
◇
「部長! 課長。部長が。課長があああ!!!」
役職しか言わない沖田。
意味不明発言に、職場の全員の顔が彼女の方を向いた。
「今日子ちゃん。課長しか言ってないけど」
自分のデスクで爪を研いでいる長嶋朔也は、淡々と同期の彼女に指摘した。
「さっ君!」
「今度は名前しか言ってないけど。用件は」
朔也の返しは至って冷静。
彼女の強めの言葉にも、強めで対抗することはない。
「だって、課長が!」
慌てすぎて用件を言えずにいると、先程まで無意味な喧嘩をしていた五味がやって来た。
機嫌は悪くないのに、ここでも顔は怖い。
「どうした。沖田。春斗に何かあったか」
「部長。課長が、うちの代わりに」
「沖田の代わりに?」
「光に包まれてどこかに消えました」
「なに?・・・待てよ。春斗と沖田の今日の仕事は・・・新ダンジョンの件か!」
「はい。調査してました」
「ダンジョン調査で問題が起きたのかよ。あいつでか」
春斗がダンジョンに潜って、問題を起こした事なんて今まで一度もない。
政府屈指のダンジョンマスターのような存在だ。
その実力、現役ハンターも勝てやしないはず。
五味は半信半疑だった。
「いいえ。問題なく10層のボスを倒したんです。そしたら・・・・」
「倒したのに、そんな事態ってか?」
「はい。倒した直後にうちの下に何かが浮かんでですね。その光に包まれる間際で課長がうちの手を引っ張って・・・」
「それで春斗が身代わりになったか。まあ、さすがだな。相変わらず良い判断をしてる」
「え? 部長! 課長を心配しないんですか」
「春斗は大丈夫だ。そんなので簡単に死ぬわけがない。あいつはな。もっとやべえ奴と戦ってきてるわ・・・ってこれ以上は駄目だな」
言おうと思ったことを飲み込む。
五味は余計な事を言わないようにした。
「おい。その話本当か! 君」
紫の細く綺麗な髪が沖田の前で靡いた。
一本一本が繊細に動く。
「え・・・あ、あなたは。ま、まさか。雷鳴?」
紫の髪が一番に目に付くのが特徴。
そして顔の美しさがこの世のものとは思えない。
これらから察するに、雷鳴しかいない。
実際に見た事無くともこの人だと分かる人物だ。
「いいんだ。俺のことはどうでもいい。春斗がいなくなったって本当か!」
「は、はい」
話を聞いてしまったアルトは、五味に迫る。
「おっさん! 出撃許可をくれ。ハルが行ったのが新ダンジョンなら、俺が勝手に入ったら駄目だろ」
「は? てめえに許可なんて出すわけないだろ。あいつなら一人で勝手に帰ってくるわ」
口が悪くとも五味は五味で春斗を信頼している。
「ふざけんな。もしハルが死んだら、今までの事を全部バラスぞ。政府の最大の隠し情報をネットの海に放り投げてやる!」
「ば、馬鹿なことすんな。秘匿事項のレベルカンストしてるんだ。大問題になるわ。それに、もしそんなことしたら、お前。政府の抹殺リストに入っちまうぞ」
「ああ、いいぜ。そのかわり、政府も抹殺だ!!! 俺はガチンコで戦ってやるぞ。ハルのためにならな!!」
売り言葉に買い言葉の応酬。
春斗を巡る駆け引きが続く。
「・・・ちっ。しょうがないか。てめえ、一人で行く気か」
「いいや。とにかく急いで。そんで安全に行くべきだから、あいつに協力を仰ぐ」
「・・・紅姫か」
「ああ。二人でいけば、未知なる場所でも、どこに消えたかを探せるはずだ」
「わかった。S級が二人で行くのなら、許可を出そう。証明書を出す。茂野! 俺からの許可証を作ってくれ」
五味は、デスクワークをしている茂野に指示を出した。
彼女は眼鏡をくいッとあげて、お任せをと言って頭を下げて、許可申請のパソコンに向かう。
「よし。俺もここで、連絡を・・・」
イヤリングに手を当てて、チャンネルを開くと、通話が可能となる。
彼が呼び出したのは、日本の中でもトップクラスの貴重な戦力だ。
「おい。返事してくれ」
「このデバイスに連絡が来るならさ。びっくりするじゃん。珍しいね」
「お前の力が必要になった。協力してくれ。今、どこにいる」
「仙台!」
「は!? クソ。東京にいねえのかよ」
思うようにいかないと思ったアルトは吐き捨てるように言った。
「何かあったの」
「ハルが消えた。新しく出来た真新宿ダンジョンで、失踪したらしい」
「え? 新しいダンジョンって、先日ニュースにあった?」
「ああそうだ。それで調査の時に、何かに巻き込まれちまったんだそうだ。お前の力を借りたかったが、無理だな・・・」
「アルト。いくよ!」
「は? どうやって」
「絶対いく!!」
「お前、仙台なんだろ。物理的に無理だぞ」
「テレポートでいく」
「馬鹿。あれは、運賃が糞高いんだぞ」
「お金ならあるもん。春君のためなら、どんな出費をしても構わない。春君のお家だって買ってあげるもん。私も今すぐに真新宿にいく。アルトも向かってて」
「ああ、わかった」
彼女の言葉を信じたアルトは、彼女との連絡を切って、今いる五味の方に向かった。
「おっさん。許可は」
「今出る。それよりも紅姫は、いけるのか?」
「仙台にいるらしいけど。こっちに向かうってさ」
「・・・なに。まさかテレポートで来るのか」
「らしい」
「馬鹿高いぞ。A級の魔晶石が、最低でも十以上はないと、運賃を支払えんぞ」
「ああ。俺も同じ事を言ったけど、ハルの為なら惜しくないんだそうだ」
「・・・はぁ。愛されてるな。春斗は相変わらずな」
「当り前だ。ハルだから当然だ。俺たちの事は、おっさんには分からないんだよ」
アルトは自信満々に言った。
春斗のためならば、どんな事もあっても、苦を惜しまない。
親友の矜持である。
「課長捜索の為の許可が出ました。部長。どうぞ」
茂野から許可証を貰った五味は、そのままアルトに渡す。
手渡されたアルトは、この許可証を発行してくれた茂野を見た。
「茂野・・・お前さ。ここで働いていたのかよ……くそ。政府め。また難儀な。おっさんも配慮しろよな」
少しの間があった後の最後の言葉たちが弱かった。
聞き取れなかったので、茂野は当たり障りのない挨拶をした。
「・・・アルト君。お久しぶりです」
茂野とアルトは、同級生である。
「ハルは・・・ああいいか」
「ハル? あ。課長の事ですか?」
「そうだよな・・・そうなるよな」
アルトは、悲しそうな顔になって一瞬顔を伏せた。
「まあ今の俺の発言。気にしないでいいや。またな茂野」
「はい。アルト君」
挨拶を終えたアルトが宣言する。
「真新宿に向かう! 五味のおっさん。こっちは任せてくれ」
「わかった。頼んだ」
アルトが飛び出していった後。
「・・・あのぉ。部長?」
沖田が部長に聞く。
「課長って何者なんです? あの人。雷鳴ですよね。お友達なんですか?」
「雷鳴だな」
「それってあの冬野アルトですよね」
「そうだぞ」
「なぜあんなに一生懸命なんです?」
「それは春斗の為だからな」
「部長。さっきからうちの質問に答えてない」
質問に答えない部長に不満を覚える沖田であった。
◇
真新宿ダンジョンに向かう途中、雷鳴は紅姫と合流した。
「アルト」
紅姫が雷鳴の隣で、足を動かさずに雷鳴の速度に対応している。
この空を飛ぶ移動は、彼女の能力で自分を運んでいる。
「ん。おお! 本当に来たのか。カリン」
「うん」
「金は・・・結構かかっただろ」
「うん。まあね」
右手の親指と人差し指で丸を作って、その丸に目を合わせる。
紅姫は、そこでニカッと笑った。
お金なんか惜しくないと、その笑顔が言っていた。
「そうか。まあお財布に痛い所に悪いがさ。このまま、一気にあのダンジョンに突っ込むぞ」
「おっけ。二人で春君を救うんだね」
「おう。いつぞやのお返しだわ。お前、忘れてないよな」
「もちろん。春君がしてくれたことは一生忘れないもん。些細な事から、大切な事まで。なんでも、たくさん私たちにしてくれたもんね・・・春君はさ」
「ああ。そうだわ。今の俺たち。全部あいつのおかげだ」
アルトが宣言する。
「あいつは俺たちの親友だ。絶対助けるぞ」
「うん」
「よし。いくぜ」
「うん!」
日本最高戦力であるこの二人が、真新宿ダンジョンに挑むのである。
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