第30話 大家さんとのランチ

 今日はいつもより少し早く起きて朝食を済ませ、念入りに身支度を整えた。蒼が大家さんに連絡したら昼食に誘われたからだ。しかも俺だけで。怖いけど理由は分からなくもない。


 蒼は俺の事を吸血鬼だと言う事以外、ほぼ全てを話したらしいから、大家さんは俺の事を部屋を貸しても良い相手か疑ってるんだろう。


 日中だけど、外は曇ってるから日焼け止めとサングラス、それから蒼にuvカットの日傘を借りればどうにかなるだろう。蒼と一緒に少し早く家を出て、ケーキ屋で手土産にプリンを買ってもらった。


 日持ちのする焼き菓子の方がいいかと思ったけど、ここのプリンは大家さんの奥さんの好物だそうだ。店を出て蒼がスマホで時間を確かめる。


「さて、約束の時間の約15分前よ。来る時に大家さんの家は教えたから大丈夫ね?」


「う、うん、ありがと」


「あら、ガチガチじゃない。少しだけ緊張感を持っていつもの貴方でいられれば、きっと大丈夫よ。健闘を祈るわ」


 俺、緊張してたのか。確かに心臓が口から飛び出そうだし、右手と右足を一緒に出して歩いてた。蒼に指摘されるまで、緊張し過ぎて自分がガチガチな事すら気づいてなかった。


 蒼と別れ、5分くらいの大家さんの家への道のりをかなりゆっくり歩く。緊張をほぐすためでもあるが、たぶん大家さんの奥さんは昼食の支度をしている頃だ。あまり早く来られても迷惑かもしれない。約束した時間の5分前になってからコートを脱いで呼び鈴を押した。


 何故ここまで大家さん相手に気を遣ってるかと言えば、この街で賃貸物件を探すのが、かなり大変だと聞いたからだ。


 蒼も部屋探しをしてた当時は苦労したらしいけど、運良く今の大家さん夫妻に気に入られた。そこでシェアメイトが居なくなり丁度トーマスがひとりで住んでたあの1軒家にねじ込んでもらえたらしい。


 トーマスが出て行った現在、蒼があの家に1人で住んでいる事になっている。事情が事情だからと蒼への家賃の請求は当初の半額で済ませてくれてるらしい。


 蒼が新しいシェアメイトとして、大家さんに俺の事を話してくれたけど、まだ俺があの家に住めるとは決まった訳じゃない。この街では大家さん側が住人を選ぶからだ。


 だから大家さんからの誘いを断ると言う選択肢は俺には無い。大家さんへの挨拶と言うと聞こえは軽いが、例えるなら面接だ。俺と言う個人を確かめる場らしい。


 催眠術でゴリ押しって手もあるけど、出来る事ならやりたくない。やはり話し合いで信頼関係を築きたいし、後々面倒くさい事になりそうだからこれは最終手段だ。


 ドアが開き、細身でごま塩の髪を刈り込んだ初老の男性が顔を覗かせた。


「はい、どちら様かな」


 こちらへ向けられた懐疑的な視線と、眉間にうっすらと寄った皺は、いかにも気難しそうな雰囲気を醸し出している。


 蒼から大家さんは生真面目で少し気難しいところがあると聞かされてたからビビらずには済んだけど、やっぱり緊張するな……。小さく深呼吸をして頭を下げた。


「こんにちは。蒼 佐藤さんの紹介で来ました、ジョージ ケリーです。本日は昼食の席にお招きくださり、ありがとうございます」


「ほう君か。……私はショーン ウォルシュだ。まあ外も寒いでしょう。立ち話もなんだ、お上がりなさい」


「お邪魔します。こちら、つまらないものですが」


 プリンは早めに冷やした方がいいだろう。でもショーンさんは俺が差し出した紙袋を見て、明らかに要らない物を見る目をした。


「……つまらないもの?」


 マズイ、つい日本人の気持ちで言っちゃったけど、元の世界の欧米人と同じなら『つまらないもの』は良くなかった、言葉の選択ミスだ。


「い、いえ……プリンです。奥様がお好きだと蒼……さんから聞きましたので選びました」


「ほう、君は妻の好物を『つまらないもの』だと言うのかね? ……まあ良い、これは有り難く頂こう。付いて来なさい」


 ど、どうしよう……。いきなりしくじってしまった。玄関を抜けてショーンさんに付いて行く間、緊張で右手と右足が一緒に出てしまわない様気を付けて歩いた。


 今さっきの冷ややかな視線を見れば、元々良さそうでは無かったショーンさんからの印象が更に悪化したであろう事が簡単に予想出来る。ダイニングへ通され、正面に座ったショーンさんに椅子に座る様促された。


「ジョージ ケリー君だったか、そもそも君は何者だ? まさか君は自分が吸血鬼だとでも言うつもりかね?」


 えっ、嘘っ!? 吸血鬼だってバレてるのか……? どうしよう!!


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