第13話 この世界は……?

 アオイはひと呼吸置いて話を続けた。


「今日の昼休みにICカードを取りに、そちらの研究室へ入りました。それからトーマスと研究助手を交代した件なのですが、実は彼の話に多少の違和感を感じていまして……。はい、至急向かいます」


 電話を切りスマホをテーブルに置いて、アオイは大きく息を吐いた。


「あー緊張した。研究室内の監視カメラは、録画がされていなかったらしいの。それで1週間以内にあの研究室へ出入りした人に話を聞くらしいわ。どうする、貴方も行く? なーんてね」


 固まった俺を見てアオイは小さく笑いながら立ち上がり、テキパキと外出の準備を整えた。


「それじゃあ行ってくるから、留守番をお願い」


 バタン!


 ドアが閉まる音で我に返った。


 ……『留守番をお願い』って、ここにいても良いって事だよな? よっしゃ! やった、やった!


 よし、アオイの役に立つ為にも家事を頑張ろう。働かざる者食うべからずだ! そして、あわよくば俺は使える奴だよって売り込む作戦だ。


 料理はアオイの好みが分からないし、洗濯は俺が触らない方が良いものもあるだろう。それに通されてない部屋は勝手に入らない方が良いよな。


 それなら……入れてもらえてるここ、リビングなら勝手に掃除しても問題ないだろう。さっき脱衣所の近くにハンディー掃除機が立て掛けてあるのが見えたから、それを借りてっと。


 まずは換気扇をつけよう。本当は窓を開けた方が良いんだけど、まだ日が沈んでないから俺には無理だ。


 だけどこの部屋、思ったより綺麗に掃除されてんな。そうだ、良い事考えたぞ! 普段動かさない家具って中身が入ってるから重いけど、出せば思いの外軽くなるんだよな。まあそれが億劫だから家具の下とか後ろの掃除はあまりやらなくなる。


 その点、吸血鬼の俺は怪力だ。クローゼットや本棚の中身を入れたまま、中の物を動かさない様にそっと移動させることも出来る。うんやっぱり思った通り埃が積もってるな。


 ……お? これは1ユーロ硬貨か? やった〜、もしかして俺へのチップ? いやいや、ネコババは良くない。後でアオイに知らせなきゃな。


 ってそれより、これは俺が知ってる通貨ユーロだ。ここってユーロ導入国だったんだな。……という事は、やっぱりこの世界は俺が居た世界と同じなんだ!


 いやいや、今は片付けが先決だ。こんなごちゃごちゃの状態じゃ、アオイに怒られて追い出されるかもしれない。移動させた家具を全部戻してっと。うんうん、これでアオイも喜んでくれるかな?


 でも考えてみれば、俺が掃除した箇所って目に見えにくくないか? もしかしてアピール失敗……?


 しょんぼりしながらハンディー掃除機に溜まった埃をゴミ箱に捨てる。こんなに埃で腹をパンパンに膨らませて、その細長い体でよく頑張った。同志よ。


 そっとハンディー掃除機を元の場所に戻してると、玄関ドアが開く音が聞こえた。リビングの影から声をかける。


「おかえり〜」


「ただいま」


「……で、どうだった?」


「あなたが生きている事は、警察や大学関係者は知らないわ」


 全身の緊張感が抜けて、思わずその場にへたり込み、カーペットの毛を撫でる。そうだ、忘れないうちに1ユーロ見つけたってアオイに報告しなきゃ。後々怪しまれたりしたら嫌だからな。


「クローゼットの下に1ユーロ落ちてたのを見つけんだ」


「クローゼット?」


 アオイが怪訝な表情で俺を見る。もしかして家探しをしたとか思われてるのか? うぅ、自分の口下手加減が恨めしい。ポケットに仕舞っておいた1ユーロ硬貨を取り出し説明した。


「うん、アオイが出かけてる間に掃除しといたんだ」


「そうなの? ありがとう、でも私は落とした記憶が無いからそれは貴方の物よ。それにしても貴方、500年前のミイラなのに1ーロなんて通貨の単位をよく知っていたわね」


 アオイは感心したように頷いてる。でも俺はアオイの言葉に引っかかる点を感じた。


「え、ーロ? ユーロじゃなくって?」


「ええヨーロよ。ここに1ヨーロって書いてあるでしょ? もしかして貴方の時代はユーロって通貨だったの?」


 確かに掌の上のコインには1ヨーロって浮き彫りされてた。だけど俺が知ってるユーロのデザインに似てるし、ヨーロって通貨なんて聞いた事が無い。


「なあ、ここってなんて言う国?」


「アイランドだけど」


「……ア、アイランド? アイルランドじゃなくて?」


「そう、アルイランドよ。変わった間違い方をするのね」


 アルイランドにヨーロ……アオイが嘘ついてる感じはしないし、そうなるとこの世界はパラレルワールドってやつなのか? 元の世界と似た部分がかなり多いし、もう少し情報収集を続けてみよう。


 ……でも、だとするとこの世界に人間だった俺はいるのか? 俺が死ぬのを阻止出来れば吸血鬼にならないで済むかもしれないなんて考えてたんだけど。


 まあ、なる様になるしかないか。人工血液なら飲んでられる訳だし、かなり丈夫なこの体は人間でいるよりむしろ良いんだろう。普通に生きて友達とかを作って、恋なんかしちゃったりして寿命が来たら死ぬ、そんな事を望んだら贅沢なんだよな……。


 くそっ、なんだか虚しくなってきた。フィンリーに見つからないようにしぶとく生きて、俺だっていつか幸せを見つけてやる! ひとりで頷いてると、アオイがクスクス笑ってた。なんだよ、笑う事ないだろ?


「いえ、ごめんなさい。大学で博物館の館長、フィンリー オニールさんに会ったの。美人だけど何というか……苛烈な人ね。あなたに物凄くご執心な様子だった。あれは確かに異常よ」


「え…………」


 アオイの話を聞いただけで体が灰になって崩れ落ちそうな気分になった。そんな俺にアオイは追い討ちをかける。


「彼女は貴方が吸血鬼で、生きていると確信した様子に見えた。でも、それにしては頬を上気させて目をギラギラ輝かせていて……なんだか喜んでいる様な気がしたんだけど。彼女に怯えるあなたの気持ちが少し分かったわ」


 フィンリーに吸血鬼だってバレた? あまりの恐怖に俺の意識が遠のく。これ……が自己防衛本能……って奴なの……か…………?


「ちょっと。ねえ、大丈夫? …………嘘、気絶しているわ。吸血鬼ってイメージと違って、少し間が抜けたところがあるのね……」

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